常磐道あおり運転 強要罪の適用は無理かもしれない
■はじめに
茨城県の常磐道で、あおり運転ののち被害者を殴って傷害を負わせたM容疑者は、すでに傷害容疑で逮捕されています。勾留期限は8日ですが、警察は被害者を高速道路上に無理やり停止させたとして強要罪の容疑で再逮捕する方針を固めたということです。
そこで、今回の事件を前提に、高速道路上での強制停車に強要罪が適用可能なのかどうかについて検討してみました。
- 常磐道あおり運転、強要容疑で再逮捕へ 暴行より重い罪(朝日新聞)
- 異例の強要容疑で再逮捕へ=常磐道「あおり運転」-茨城県警(時事ドットコム)
- 常磐道“あおり殴打”強要容疑で再逮捕へ 全国初の適用か(FNN PRIME)
- 常磐道あおり殴打、強要容疑で再逮捕の方針(共同通信)
■強要罪とはどんな罪か
(強要)
刑法第223条1項 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
強要罪とは、暴行・脅迫によって、相手方に〈義務のないこと〉を行わせたり、〈権利の行使〉を妨害する罪です。暴行や脅迫を行って、相手を無理に土下座させて謝らせたり、犯罪を告訴するのを思いとどまらせたりする場合が、強要罪の典型的なケースです。
相手方の意思決定に強い影響を与えて、その行動の自由を制約する犯罪ですから、意思にもとづく行動の自由を保護するための条文だといえます。
したがって、暴行や脅迫の程度が強くなって、被害者の反抗が抑圧されたといえる程度に達した場合には、被害者がみずからの意思で一定の行為に出たとはいえません。その場合、被害者は、暴行や脅迫を行う者の意のままに単純に器械的に行動させられたわけで、被害者の意思にもとづく行動を強制したとはいえないことになり、強要罪は成立しないことになります。
過去の裁判例では、被害女性の両腕を背後からつかんで引っ張り、10メートルあまり移動させたという事案で、被害女性は「被告人の右暴力のままに器械的に右行動に出たに過ぎないのであるから、同女の右行動はこれを目して刑法第223条第1項にいわゆる義務なき行為にでたものというを得ない」としたものがあり(東京高裁昭和34年12月8日判決)、この事件ではより重い罪である逮捕罪(刑法220条、法定刑は3月以上7年以下の懲役)が成立するとしています。
同様に、被害者の抵抗を排除するほどの強い暴行・脅迫を行って、被害者に自殺を強要した事案では殺人(未遂)罪が認められていますし(最高裁昭和59年3月27日決定)、12歳の子どもに暴行を加えて窃盗を強要した事案では、強要した者を窃盗で処罰した判例もあります(最高裁昭和58年9月21日決定)。強制の度合いが強くなればなるほど強要罪の範囲が狭くなるのは疑問だとする学説もありますが、強要罪は意思決定を侵害する犯罪であり、被害者みずからの意思にもとづく行動が不当に強要される点に犯罪としての特徴があるのです。
■常磐道のあおり運転はどうだったのか?
上記のYouTubeの画像や、先日行われた警察の実況見分の様子などを見ますと、M容疑者は、高速道路の第一通行帯と第二通行帯の境目をまたぐように、斜めに自車を停車させ、被害者の進行を強く妨げている様子が分かります。どれくらいの速度が出ていたのか、また、直前の様子がどのようなものであったのかの詳細はよく分かりませんが、被害者としてはそのような状況でブレーキを踏んで停車する以外には方法がなかったのであれば、その停車は器械的になされていた可能性があり、強要罪の成立は微妙な問題になってきます。警察の実況見分でも、おそらくその点の確認が慎重に行われたものと思いますが、かりに裁判になったとすれば、その点が重大な争点の一つになるだろうと思います。
なお、かりに強要行為だという評価が難しいとなると、一定の場所に被害者を釘付けにし、行動の自由を奪ったとして、より重い監禁罪(刑法220条、3月以上7年以下の懲役)の成立が考えられると思います。あえていえば、高速道路上に強制的に停車させるという、生命・身体に対する非常に危険な行為をしておきながら、強要罪ではその点がまったく評価されないのは問題でしょう。私は本件ではむしろ監禁罪の可能性を検討すべきだと思いますが、この点については、次の拙稿を参照していただければと思います。(了)
- 東名高速一家死傷事件で〈危険運転致死傷罪〉を認めた判決の疑問点
- 〈東名高速あおり運転死傷事件〉法律問題を改めて考えてみる
- 高速での〈あおり運転〉に暴行罪が適用される理由
- 〈東名高速一家死傷事故〉どのような犯罪が成立するのか