高速での〈あおり運転〉に暴行罪が適用される理由
高速道路での〈あおり運転〉に対して、暴行罪が適用されました。
高速道路での〈あおり運転〉が極めて危険な行為であることは言うまでもないことです。警察庁は1月に、危険な〈あおり運転〉をするドライバーに対しては、刑法の暴行罪を積極的に適用するよう全国の警察に通達していたということですが、暴行罪のこのような積極適用について以下の3点から解説しました。
- 「暴行」の意味は?
- 〈あおり運転〉は暴行に当たるのか
- 本件はどうだったのか
■「暴行」の意味は?
まずは刑法の条文を確認しましょう。
刑法208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
これが暴行罪です。暴行を加えて相手がケガをすれば、傷害罪として重く処罰されます(死亡すれば、傷害致死罪)。
「暴行」とは、人の身体に対して直接、不法に物理的な力を加えることを言います(専門的には「不法な有形力の行使」と定義されています)。〈殴る〉〈蹴る〉〈押す〉など、有形力が相手の身体に直接接触する場合が普通ですが、以前から判例や学説の多くは、有形力が必ずしも相手の身体に接触することは必要ではないと解釈してきました(接触不要説)。
これに対して、少数の学説は、接触不要説に立てば、身体の安全を保護するための暴行罪が精神的な安全感の保護にまで拡張されることになり、暴行の意味があいまいになってしまうと批判してきました(接触必要説)。
これは、たとえば石を投げて、相手の頭のすぐ上を飛んでいったような場合を「暴行」とするのかどうかで、結論に影響が出てきますが、判例や多くの学説は、石を相手に向かって投げるというのはもともとケガをさせるような危険な行為だから、相手が上手く避ければ暴行に当たらないというのは不合理だと批判してきました。このような多数説の考え方は妥当だと思います。
■〈あおり運転〉は暴行に当たるのか
〈あおり運転〉とは、前方の車に激しく接近したり、幅寄せしたりする行為などのことですが、これらの行為が極めて危険であることは明白です。不法な有形力は必ずしも相手の身体に直接接触する必要はないとの暴行についての上のような解釈から、実は裁判所は、以前から危険な〈あおり運転〉が傷害(致死)の結果につながる重大な危険性を有していたとして、暴行罪の適用を認めてきました。1月に出された警察庁の通達は、このことを改めて確認する意味があります。裁判では、すでに以下のような行為に暴行罪が適用されています。
- 自動車で高速道路を走行中、並進している右隣の自動車に対していやがらせ等のために自車をその至近距離にまで接近させる行為(東京地方裁判所昭和49年11月7日判決)
- 大型貨物自動車を運転して高速道路上を走行中、他の車両の運転者に対するいやがらせのため、いわゆる幅寄せをする行為(東京高等裁判所昭50年4月15日判決)
なお、道交法は、著しく交通の危険を生じさせる恐れがある「危険性帯有者」には最大180日間の免許停止の行政処分を課すことができると規定しています(道交法103条1項8号)。現在では〈あおり運転〉を行った者もこの「危険性帯有者」に該当するとされていて、行政法上の取り締まりも強化されています。
■本件はどうだったのか
本件では、前方を走る乗用車を後方から急接近したりパッシングをしたりしてあおった上、前方に割り込んで急減速して、その乗用車を追い越し車線(!)で停止させた行為が問題になっています(急停車については、本人は否認)。
本件は、昨年6月、同じく東名高速で〈あおり運転〉に絡んだ事故で夫婦が死亡した事件を思い出させますが、本件ではケガ人が出なかったということで、危険運転致死傷罪の適用はありません。そこで暴行罪の成否が問題となったわけですが、容疑者の行為は乗用車を運転していた会社員に対して強い不安ないし精神的動揺を与えていたと思われること、また、急激に乗用車に近接させるという行為は、人の死傷を伴う事故を引き起こしかねない重大な危険性を有した行為といえることから、車両をぶつけたりはしていなくとも、容疑者の当該行為は暴行に当たることになるだろうと思います。(了)
【追記】
「急減速し後続車が横転、危険運転致傷容疑で逮捕へ 横浜」と題して、次のような事件が報道されています。
*次の拙稿も合わせてお読みいただければと思います。