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世界最強だった男 マイク・タイソンを葬った男 #7 ブラックvs. ホワイト

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
ソウル五輪の銅メダリストとしてプロに転向したゴロタだが、ルイスに粉砕された(写真:ロイター/アフロ)

 ヘビー級が冬の時代となった今日、最後の実力派チャンピオン、レノックス・ルイスの軌跡を追うシリーズ、第7回。

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 レノックス・ルイスのトレーナーであるエマニュエル・スチュワードは、アンドリュー・ゴロタ戦に向けたトレーニングキャンプで、「レノックスのように頭のいい選手は珍しい。ちょっとアドバイスを与えれば、直ぐに課題をクリアできる。ビッグネームとの対戦が少ないため、それほどの名声は得ていないが、1~2年後にはレノックスの時代が訪れるだろう」と絶賛した。

 私がキャンプを取材した2日目は、5ラウンドのスパーリングを行ったが、前日と同様、パートナーにパンチを掠らせもしなかった。いずれヘビー級のメインキャラクターとなるのはこの男かもれない。彼のようなタイプが中心となれば、噛み付き事件でダークなイメージが付いたボクシング界の未来も明るい、という期待を持たせた。

 ビックベアーキャンプから5週間後、アキワンデ戦とは異なり、1万3889人の観客が詰めかけたアトランティックシティ・ボードワーク・コンベンションセンターには、無数のポーランド国旗が振られ、紙吹雪が舞った。メインイベント開始前から、会場内には割れんばかりのゴロタコールが木霊する。

 ゴロタが王座に就く様をリポートすべく、ポーランドからは70名を超す取材陣が訪れ、記者席を埋めた。客席も8割以上がゴロタのファンで、リングに登場したルイスには激しいブーイングが浴びせられた。

 プレスルームのあちらこちらでは、「BLACK vs. WHITE」なる声が囁かれ、大衆はホワイトヘビーが新王者になることを祈っていた。そんな状況下に置かれたルイスは、仇役でしかなかった。

 しかし、試合は僅か95秒でケリが付いた。ゴングと同時に勢いよくコーナーを飛び出したルイスは、まずボディにジャブを放つ。左フックを空振りし、若干バランスを崩した後も、再びジャブでゴロタを牽制する。50秒、コーナーに詰めたチャンピオンはダブルのワンツーをヒットさせ、早くもダウンを奪った。

鬼のような形相で立ち上がったゴロタだったが、193センチ、110キロの巨体を支える足はガタガタと揺れている。

 カウント・エイトでレフェリーが再開を告げると、ルイスは畳み掛けるようにラッシュする。再度、ゴロタが腰を落としたところで、試合は終了した。ゴロタは救急車で病院に運ばれていく。ルイスがゴロタを「粉砕した」というのが、この一戦を語るに最も適した表現であろう。

 試合前の予告通りにノックアウト勝ちを収めたルイスは、自身の存在をアピールしながらも、「ゴロタが深刻な状態でないことを祈る。ボクシングはハードなビジネスで危険がつきものだから」と、敗者を慮った。

 客席1500の閑散とした会場からキャンプでのスパーリング風景、インタビュー、そして95秒でのKO勝ちと、3ヵ月の間ルイスを見続けた私の頭には、タイソン、ホリフィールド以上に、レノックス・ルイスの名が刻まれた。

 分裂したヘビー級の3大タイトルを束ね統一王者になるのは、この男に違いない。アトランティックシティにおけるルイスの闘いぶりは、それほど圧倒的なものだった。

 ルイスvs.ゴロタ戦の1ヵ月後、ホリフィールドがマイケル・モーラーを下してWBA/IBF2冠王者となる。ホリフィールドは「次のターゲットはWBCのベルトだ」とルイス戦を熱望し、頂上対決は半年以内に実現と囁かれた。

 ところが金銭面の縺れから交渉は難航し、両者の統一戦は開催までに1年4ヵ月を要する。その間、ホリフィールドもルイスも共に2度ずつ防衛戦をこなすのだが、世界ヘビー級タイトルマッチとしてはお寒い試合でしかなかった。35歳のホリフィールドには衰えが目立ち、ルイスには覇気が感じられなかった。

 私はルイスが試合前の調整に入る度にトレーニングキャンプに足を運んだが、ゴロタ戦前とはまったくの別人になってしまっていた。あるいは、ゴロタ戦のルイスは幻だったのかとも感じ、ファイターであるルイスに懐疑的な視線を向けるようになった。

 サンドバッグを打っても、ミット打ちをしても、3分間集中力を持続させることなく、ダラダラとラウンドを重ねた。スパーリングでは、パートナーのパンチを頻繁に喰らうようになった。好きなだけ打たせた後、重いボディブロー1発で相手の動きを止めるといった、横着な戦いぶりが目に付いた。テーマを持ったトレーニングとはとても言えなかった。

 高いディフェンス力を持ちながら打たれてしまうのは、手抜き以外の何ものでもない。朝のロードワークを見たこともあったが、ジョギングと変わらないスピードで、4キロも走らなかった。

 

 思い余って、「ホリフィールド戦がなかなか決まらずに、モチベーションが落ちているのですか?」と訊ねたこともある。返って来た言葉は、「そんな事はないさ。俺は遊びでピンポンをやったって、勝たなければ気が済まない人間なんだ」というものだったが、頷けはしなかった。

 2人切りで話し込むと、スチュワードはルイスの欠落した闘志を嘆いた。

 「もしレノックスに、トミー・ハーンズのようなハートがあれば、モハメド・アリに匹敵する、いや、それ以上のファイターになれるだろうに…。彼は才能をフルに活かせない男なんだ」

(つづく)

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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