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「最強のふたり」ハリウッドリメイクに8年がかかった事情

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「THE UPSIDE/最強のふたり」はリメイク権獲得から公開まで8年がかかった

「THE UPSIDE/最強のふたり」が、20日、日本公開となる。日本でも大ヒットしたフランス映画「最強のふたり」がハリウッドでリメイクされることに決まったのは、2011年7月のこと。その時から北米公開された今年1月まで、この映画の道のりは、紆余曲折だった。だが、映画同様、結末はハッピーエンドだったのである。

 このリメイク権を取得したのは、ハーベイ・ワインスタインのザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)。彼らは、オリジナルの北米配給権とセットでこれを手にしている。TWCは、その年、「英国王のスピーチ」でオスカーを受賞したばかりで、裕福な白人男性の主人公フィリップ役には、すぐに「英国王〜」のコリン・ファースが決まった。黒人の介護士デルの候補に挙がったのは、クリス・ロック、ジェイミー・フォックス、イドリス・エルバら。フィリップの元で忠実に働く女性イヴォンヌの役にはジェシカ・チャステイン、ミシェル・ウィリアムズなどが興味をもち、監督はポール・フェイグ(『ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン』)に決まった。

 フェイグは脚本を完成させるも、2013年、今作を降板。代わりの監督として「ブルース・オールマイティ」のトム・シャドヤックがやってくる。2014年、デル役にケビン・ハートに決まり、主役コンビが固まるのだが、それでもなかなか進まず、2016年には、ファースも、シャドヤックも降板してしまった。次に、白人の主役としてブライアン・クランストン、監督には「マリリン 7日間の恋」でTWCと組んだサイモン・カーティスが決まるが、やがてカーティスも降板する。

ニコール・キッドマンが出演を決めたのには、「彼女自身が、家族の介護をした経験があることもあったと思う」と、ニール・バーガー監督は語っている
ニコール・キッドマンが出演を決めたのには、「彼女自身が、家族の介護をした経験があることもあったと思う」と、ニール・バーガー監督は語っている

 次にやってきたニール・バーガー監督は、その時点まで生きていたフェイグの脚本をボツにし、新たなアプローチで挑むことにした。2017年1月にはニコール・キッドマンの出演も決定。翌月、映画はフィラデルフィアにてついにクランクインとなった。

ワインスタインのセクハラ騒動で公開が宙ぶらりんに

 オスカーに対する気合いでは右に出る者がいないワインスタインは、この作品も、アワードシーズンにプッシュする気満々でいた。映画のプレミアを、オスカー戦線で影響力をもつトロント映画祭に定めたのも、戦略の一貫である。実際、映画は、2017年のトロントで上映され、観客から良い反響を得た。しかし、その翌月、映画の運命は真っ暗になる。「The New York Times」と「The New Yorker」が、ワインスタインの、長年によるセクハラやレイプを、立て続けに暴露したのだ。

 そうでなくても、TWCは、そこまでの数年、資金繰りに苦労し、レイオフを重ねてきていた。そんなところへこのスキャンダルが起こって数々の訴訟が持ち込まれ、監督、プロデューサー、俳優らからも手を切られたのである。倒産を回避すべく、トップは、「パディントン2」などを他社に売却するも、2018年初めに北米公開される予定だった「THE UPSIDE〜」は、宙に浮いてしまった。この映画にSTXエンタテインメントという新たな配給がついたのは、TWCが倒産し、残りの資産をランタン・キャピタルが引き継いだ同年夏のこと。そして彼らは、あらためて、北米公開日を2019年1月11日にすえる。デル役を得て5年、撮影開始からおよそ2年を経て、ついに公開されることに感激したハートは、この映画について数々のツイートをし、見にきてくれと積極的にファンに呼びかけた。

 その効果もあってか、映画は業界の予測を上回る数字で、首位デビューを果たす。北米興収トータルは、ヒットの目安となる1億ドル以上で、製作予算3,700万ドルの映画としては、上出来だ。オリジナルのフランス映画の北米興収は1,000万ドルだったので、より多くの人がこのリメイク版を見たことになる。

 さらに感心なのは、この映画が公開された時、「グリーンブック」がアワード戦線で大健闘していたことだ。「グリーンブック」も、白人男性と黒人男性が友情を築いていく過程をコミカルに描く実話映画。そちらが先に出て、人々の話題にのぼっていたとなると、後に出るほうは不利になりがちだが、今作の場合、そうではなかったのである。それどころか、「グリーンブック」は、オスカー受賞の勢いを得た後も、北米興収では「THE UPSIDE〜」を抜くことができなかった。

 そう考えると、”良い面”、“上昇傾向”という意味をもつこのタイトルは、実に今作にふさわしかったと言えるだろう。ワインスタインが下降する中でも、この映画は浮かび続け、すばらしいゴールを達成してみせたのだ。ハートがたっぷりあるこの映画はまた、観客の心をも上昇させてくれる。このお正月休み、温かい気持ちになり、ついでに幸運のおこぼれを授かるべく、映画館に足を運ばれてみてはいかがだろうか。

場面写真:2019 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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