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秋映画のオススメはこれ。トム・フォードの監督第2作「ノクターナル・アニマルズ」の鑑賞法

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 イタリアの家内工業的服飾産業の代表的ブランドだったグッチを、パンキーでエッジィなストリートファッションへと変身させたトム・フォードが、グッチのクリエイティブ・ディレクターを辞任したのは2004年4月のこと。すでにその時、フォードが映画界に転身するという噂は流れていた。

撮影現場での映画監督、トム・フォード
撮影現場での映画監督、トム・フォード

グッチから自社ブランド設立、そして監督デビューへ

 翌年、自らの名前を掲げた服飾メーカー、トム・フォード社を設立した彼は、噂通り、映画製作会社、Fade to Blackの設立も発表。4年後の2009年、「シングルマン」で悲願の映画監督デビューを果てしてしまう。その前段として、「007 慰めの報酬」(08)でボンドを演じたダニエル・クレイグのために、前作とは打って変わってクレイグの鍛え上げられた肉体にフィットするファンシーなスーツを設え、衣装デザイナーとして映画製作に参加したのは、来る監督デビューを視野に入れてのことだったに違いない。

 L.A.を舞台に、恋人を交通事故で失ったゲイの大学教授が過ごす孤独で甘美な日々を、新人とは思えない繊細な人間観察と洗練された色彩感覚を駆使して描いた「シングルマン」は、「自分のセクシュアリティについては重要視しない」と公言するフォードが、主人公のセクシュアリティを問題視しないフラットなストーリー(クリストファー・イシャーウッドの原作をフォード自ら脚色)に共感し、監督デビュー作に選んだ渾身の1作。大学教授を演じたコリン・ファースにヴェネチア国際映画祭の男優賞をもたらすなど、各方面で高い評価を獲得する。

第1作「シングルマン」から第2作「ノクターナル・アニマルズ」ヘ

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 だから、フォードの監督第2作「ノクターナル・アニマルズ」の立ち上がりは早かった。2015年、オースティン・ライトによる原作の映画化権を獲得したフォードは、再びFade to Blackの製作で、監督と脚本を兼任すると発表。するとその翌日、ジェイク・ギレンホールが主人公のエドワードとトニーの2役を演じることが決定し(物語は現実と小説の間を往き来する)、エイミー・アダムスにヒロインのスーザン役が打診される。結局、アダムスのスーザン役と、アーロン・テイラー=ジョンソンとマイケル・シャノンが共演に加わることが決まると、フォーカス・フィーチャーズが全米配給を、ユニバーサルが世界配給を各々受け持つことが発表される。フランチャイズ映画が主流のハリウッドで、まだ監督2作目の新人の作品に、これだけのビッグネームとカンパニーが速攻で名乗りを上げるのは希有なこと。それだけ、映画監督、トム・フォードに対する期待値は高いのだ。

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 さて、その「ノクターナル・アニマルズ」。ジャンクアート界に身を置くギャラリーのオーナー、スーザンの、現実感のない煌びやかで不眠症に悩むリアルライフと、彼女がかつて棄てた小説家志望の元夫、エドワードがスーザンに送りつけてくる小説に綴られた架空の物語が、同時進行で描かれる。時間軸は現実と小説の間だけでなく、現実の現在と過去との間も頻繁に移動して、いつしか、観客もスーザンと同じく、不眠症独特の意識が混濁するような感覚に襲われていく。その中から、やがて、エドワードが小説の主人公、トニーを介してスーザンに訴えかける愛憎の実体が露わになるという巧みな構成は、前作「シングルマン」にはなかった複雑で深い味わい。そこに、映画監督としてのフォードの成熟ぶりがうかがえるのだ。

衣装はトム・フォード・ブランドを封印

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 映画の世界観を大切にしたかったというフォードは、あえて、衣装としてのトム・フォード・ブランドを封印。長年、マドンナの衣装担当としても知られるアリアンヌ・フィリップスにコーディネイトを一任し、彼女とスタッフのために自分のアトリエを提供するという大人対応を見せる。そうして作られたスーザンのワードローブは、彼女がキュレートするアートを切り取ったような鋭い色彩とカラーで統一されている。劇中で唯一の既存ブランドは、スーザンの母親を演じるローラ・リニーが着るシャネルのツイードスーツくらいだ。

監督の生まれ故郷への捻れた思いも

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 また、小説に登場するマイケル・シャノン演じる警部補が愛用するウエスタンシャツとブーツカットのスラックス、カウボーイハットなどは、小説の舞台であり、フォードの故郷でもある南部テキサスを代表するアイテム。そこには、少年時代、男らしさを義務付けられ、窮屈な思いをしたというフォード自身の、生まれ故郷に対する愛憎が込められていそうだ。やはり、デザイナー、トム・フォードはコスチュームの創作現場に少なからず影響を与えているのだ。

 天才デザイナーの研ぎ澄まされた美意識と、映画監督として成長を続ける演出技術が、観客の知性を刺激し、難解な物語に最後まで寄り添う勇気を促す。そんな貴重な体験ができる近頃数少ないハリウッド映画「ノクターナル・アニマルズ」。気温差に苦しんだ夏が過ぎ去ったこの秋、恋人、または夫婦で鑑賞し、その後、じっくり語り合うには最適の1本だ。

ノクターナル・アニマルズ

公式サイト http://www.nocturnalanimals.jp/

11月3日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

(C) Universal Pictures

 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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