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塗り潰された中村医師の肖像画、タリバンが指示? 幹部が語る真相

山田敏弘国際情勢アナリスト/国際ジャーナリスト
中村哲医師(写真:ロイター/アフロ)

2021年9月7日、アフガニスタンを支配したイスラム原理主義組織タリバンが暫定ではあるが、新政権の閣僚を発表した。

政権トップとなる首相にはアフンド師が任命され、第一副首相にはタリバンの政治部門トップで外首脳らとの交渉を担ってきたバラダル師が就任する。

タリバン創設者の故オマル師の息子であるヤクーブ師は国防相に決まり、タリバン内でも武闘派集団として知られる「ハッカニ・ネットワーク」のハッカニ師は内相に就任する。

アフガニスタンの新政権として動き出したタリバンだが、国内外で、前回アフガニスタンを支配した1996年~2001年の時のような市民生活を厳しく管理した統治を復活させるのではないかとの疑念が噴出している。世界がその点を非常に注目しており、欧米メディアでもタリバンの「実態」をつかもうとする記事が多く見られる。

そんななか、2021年9月6日に読売新聞でこんな記事が報じられた。

アフガニスタンで人道支援に取り組み、2019年に武装集団の銃撃で死亡した民間活動団体(NGO)「ペシャワール会」の中村哲医師(当時73歳)を描いた首都カブールの肖像画が、5日、イスラム主義勢力タリバンの指示で塗り潰された。

さらに共同通信はこう報じている。

イスラム主義組織タリバンの抵抗勢力だった英雄の名を冠した交差点にあったため、支配を誇示したいタリバンが指示したとみられる。

中村医師は、対テロ戦争で国内が戦闘状態にあったアフガニスタンで、ボランティアで医療活動や用水路の建設などを行なっていた人物だ。活動中の2019年に武装集団に殺害され、日本でも大きなニュースになった。

筆者はタリバンが首都カブールを制圧した8月15日以前から、タリバンの幹部らに接触して取材を行ってきた。タリバンがアフガニスタンを完全に支配しそうなタイミングには、タリバン政治部門の幹部であるスハイル・シャヒーン氏にインタビューを行なった。

そこで、シャヒーン氏は中村哲医師について言及していた。

「ドクターナカムラ(中村哲医師)はタリバンとはいい関係だった。われわれなら、彼に安全を提供し、彼の仕事を後援しただろう。だが残念ながら、彼はガニ政権(前政権)の支配下の地域にいた。私たちの支配地域にいたなら、彼ももっと安心でき、とても幸せだった。

 だからこそ、日本政府と日本人には、ドクターナカムラの行なったような素晴らしい取り組みを続けてもらい、アフガニスタン国民の復興と繁栄のために助けて欲しい」

筆者の知る限り、タリバンの幹部が日本人ジャーナリストとの取材で中村医師について言及したことはおそらくこれまで一度もなかったのではないだろうか。このコメントから、タリバン側は中村氏の活動に感謝している印象を筆者は持っていた。

そんな認識をもっていただけに、カブール市内の中村医師の肖像画が塗りつぶされたとのニュースには正直驚いた。しかも日本メディアでは、タリバン上層部の関与があったようにも示唆されている。

筆者の取材に応じたシャヒーン氏
筆者の取材に応じたシャヒーン氏写真:ロイター/アフロ

そこで筆者はこの報道などを受けて、シャヒーン氏に再び連絡してこの事実を知っているのかを尋ねた。

暫定の政府が発表されたばかりの多忙のなか、9月8日にシャヒーン氏は私の質問にこうメッセージを送ってきた。

「タリバンの上層部は、彼の肖像画が塗り潰された事実は承知していない」

つまり、現場にいるタリバンのメンバーが勝手に行ったことであり、上層部や幹部らによって指示されたものではないと明らかにした。そしてこう述べている。

「ドクターナカムラは、アフガニスタンの人たちの生活向上のために偉大な仕事をしてくれた。われわれは非常に感謝している。タリバンは、私たちの支配下にある地域では安全を提供することで彼の活動がしやすくなるよう助けてきた。不幸なことに、前政権が支配していた(東部ナンガルハル州の)ジャララバードで殺害されてしまった。われわれは決してドクターナカムラがアフガンの人たちのために行なった仕事を忘れることはない」

これまでのシャヒーン氏とのやりとりなどから、でまかせを言うような人でないと筆者は判断しており、本当に幹部らは知らなかったのだろう。

ただこのケースは、世界がタリバンの「残忍性」「人権蹂躙」が復活するのかどうかを注視しているなかで理解すべき、タリバン内部の現在の「混乱」を示していると言えそうだ。

例えば、8月27日にアフガニスタン北部バグラン州で、地元出身の歌手ファワド・アンダラビさんがタリバンに銃殺されたことが報じられている。これを報じた米CNNは、「1996~2001年の旧タリバン政権下では、音楽が宗教的な意味を持つ場合を除き、『非イスラム的』だとして禁止されていた」ために殺害されたと報じている。

このニュースはこれまでのタリバンの残酷さを示すイメージ通りの事件だと言える。事実、国連や欧米メディアを中心にこのニュースにも批判の声が上がった。

ただこの事件を受け、タリバン側は、もしタリバン兵がアンダラビさんを殺害したのなら、それに関与した人物を処罰すると主張した。これまでになかった反応だ。

またこれ以外にも、タリバン兵らは、嬉しいことがあると銃弾を空中に放つ祝砲を行うことがこれまで多かったが、流れ弾で負傷する人が続出した。

これについても、暫定政権で国防相になることが決まったヤクーブ師が、その銃弾で巻き添えを出さないために禁止令を出し、すべての知事や警察署長に通達した。人に無闇に危害を加えないように、と。

これらの例からわかるのは、タリバン上層部の意思がまだ現場に行き届いていないということだ。

国際社会から認められたいと考えているタリバンは、新政権の運営に向けて対外的なイメージに目を向けている。アフガニスタンのこれまでの国家予算の半分が国際的な支援である現実を考えれば当然だろう。しかしその前に、内部の統制ができなければ、ここで挙げたような現場の「暴走」が続くことになる。まだ20年前の「タリバン1.0」を引きずっているタリバン兵らも地方などには多いからだ。

今後、タリバンが強行路線に進む可能性はもちろんあるが、現在幹部が言うように国際的に認められたいのなら、「敵は内にあり」という側面もありそうだ。タリバン内部の管理を重視することが国際社会へのアピールの一つになるだろう。

国際情勢アナリスト/国際ジャーナリスト

国際情勢アナリスト、国際ジャーナリスト、日本大学客員研究員。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版、MIT(マサチューセッツ工科大学)フルブライトフェローを経てフリーに。最新刊は『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』、『CIAスパイ養成官』、『サイバー戦争の今』、『世界のスパイから喰いモノにされる日本』、『死体格差 異状死17万人の衝撃』。 *連絡先:official.yamada@protonmail.com

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