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【松浦民恵×倉重公太朗】 第1回「イノベーションを生む働き方改革」

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重 :今回は法政大学教授の松浦民恵さんにお越しいただいています。簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

松浦:ありがとうございます。法政大学キャリアデザイン学部の松浦と申します。法政大学に来たのが2017年の4月で、その前は生保系のシンクタンクで研究員をしていました。法政大学に来てから、ちょうど丸2年ぐらいたったかなという辺りです。働き方改革や個人のキャリアなどを研究しています。

倉重:そうですね。諸々政府系の委員をやられていますね。初めてお会いしたのは、人事系の勉強会やイベントだと思いますが。

松浦:そうですね。お会いして、ちょうど2年ぐらいですか。

倉重:それぐらいになりますかね。

松浦:初めてお会いしたときに、赤いベルトをされていて、心の中で、仮面ライダーかと思いました。

倉重:そんなことがありましたか(笑)

松浦:ありました。赤いベルトが非常に印象に残っております。

倉重:なるほど。びっくりした(笑)。そう来ますか。

 さて、今日の趣旨ですが、私は弁護士なので、いつも法律的な話をすることもありますけれども、松浦さんの場合はキャリアデザイン学部だし、研究テーマからしても、人事・経営の立場から見て今回の働き方改革のところがどう見えるか、法律論ではなくて、現実に即して、というところをお伺いしたいのです。

 最初に、働き方改革に関して、4月から一部施行になり、そして来年からは、また中小企業にも適用され、さらに同一労働同一賃金も大企業で施行になりますけれども、いろいろ改正がある中で、何が重要だろうと捉えていらっしゃいますか。

松浦:どれも重要な改正ですが、時間外労働時間の上限規制と、いわゆる同一労働同一賃金の2つは、特に影響が大きいのではないかとみています。

倉重:この2本柱ですね。

松浦:そうですね。

倉重:まずは労働時間のほうからお伺いしたいのですが、実際4月から大企業は施行になっていますが、企業対応という意味では、先生の目から見て、変わりというのはありますか?

松浦:時間外労働時間の上限規制、あと、5日間の年次有給休暇の取得については、大企業を中心として、対応のための体制整備が相当進んだのではないでしょうか。

 ただ、上限規制が入る前からそうでしたが、毎日の退社時間を一律的・硬直的に設定して、全体の労働時間を短くしようという取り組みが目立ち、中には時間通り退社することが目的化しているようなケースもあるようです。上限規制はもちろん守らなければなりませんが、大事なのは、上限規制の範囲内で、メリハリある働き方、労働時間の自己管理ができるようになることだと思っていて、そういう意味ではまだ発展途上だと考えています。

倉重:午後8時に帰るのが目的では、本末転倒ですものね。

松浦:そうですね。

倉重:その中で、単純に労働時間を減らすだけだと、仕事の成果、生産性も下がってしまうというか、絶対数値が下がってしまう。これだと意味がないわけですから、やはりどうしても生産性を上げないといけないということは、よく言いますよね。その中での取り組みや、いい事例はありますか。

松浦:生産性をもっと上げなければいけないということが、規制の背景にある考え方の一つだと思います。生産性の分母となる労働時間を短くするのも、もちろん生産性を上げる一つの手段ではありますが、やはりそれだけでは限界があるので、生産性の分子である付加価値をどうやって上げていくかが、これから大切になってくると思います。

 先進的な企業はすでにそのような問題意識を持っていて、付加価値を上げるための試行錯誤が行われていると思います。例えば、イノベーションを起こしましょうという掛け声だけではイノベーションは起きないので、就業時間中の一部の時間を、自分の仕事の範疇(はんちゅう)を超えた、これからどういう事業創造をやっていけばいいのかということを考える時間に割り当てる。あるいは社員が思考に集中できるように、メールも見なくていいし、電話も取らなくていいという時間帯を設けている企業も実際にあります。

倉重:前も、この対談で、株式会社JINSの井上さん※と対談したのですが、やはり日本のオフィスはコミュニケーションを中心につくっているので、1人が深く集中するようなことがどうやっても疎外される訳ですね。やはり生産性を考えるときに、コミュニケーションと、深い集中によるアウトプット、その2つを分けて考えなければ駄目だと仰っていました。

 ※「JINS MEME」という「集中力測定メガネ型デバイス」の製作責任者で、本対談にもご登場頂きました。

 井上さんと倉重の対談

松浦:それは非常に重要なご指摘だと思います。

倉重:自分一人で深く考えて集中する時間も、すごく大事ですものね。

松浦:そうですね。

倉重:あとは雑談や全然違う部署の人と話しているときにイノベーションが生まれることもありますよね。

松浦:あります。また、別の観点ですが、2年前ぐらいだったか、早稲田大学の黒田祥子先生が、論文(黒田祥子(2017)「長時間労働と健康、労働生産性との関係」)※の中で生産性に関する先行研究を紹介されていました。

 その中で「なるほど」と思ったのは、

「成果の評価の仕方によって、イノベーションの生まれやすさが変わってくる」

という研究結果です。

イノベーションというのは、やはりトライアンドエラーの中で生まれくる面もあるので、失敗が許容されるだけのタームを設けてあげないと難しいというようなご指摘だったと記憶しておりますが、すごく示唆に富んでいると思いました。

※『日本労働研究雑誌』No.679

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/special/pdf/018-028.pdf

倉重:やはり毎月の数字や、今の目の前の成果だけを求めていたのではイノベーションは起きないということですね。成果という意味では、今までの延長線のことをやって目先のものを追っかけた方が早いですものね。

松浦:そうなのです。

倉重:それでは新しいことをやる気がしないですよね。

松浦:リスクも取れなくなってしまいますよね。リスクを取ることとイノベーションというのは表裏だと思います。そういう意味では、リスクを取れるような、失敗が許容されるような職場風土も重要ですよね。

倉重:なるほど。でも今おっしゃられた長期的な評価というのは、評価する側からしても、すごく難しいですよね。

松浦:そうなのです。テクニカルにはなかなか難しいのですが、それをやる工夫のようなものが人事管理の中で生まれてこないと、イノベーションの創出も難しいのではないかと思っています。

倉重:実際に新しいことにチャレンジしない人は評価を下げるような会社もあるぐらいですから、それをどうやるか、今は試行錯誤しているところですかね。

松浦:そうですね。

倉重:多くの日本企業にとっても、今後、新しい産業構造の転換、イノベーションをどうやって人事評価制度の中でもフォローアップしていくかというのは、すごく大事な課題になりますね。

(第2回へ続く)

【対談協力】

松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏

法政大学キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。著書、論文、講演など多数。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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