引退試合で伝説のオウンゴール再現した南雄太が訴えた「GKの地位向上」
GKの地位向上に貢献したい。その思いから「5年くらいは、とてつもない後悔だった」と長く苦しんだ伝説のオウンゴールをネタにして会場を沸かせた。元日本代表GK南雄太が12月21日、NACK5スタジアム大宮でJリーグ史上初となるGKの引退試合に臨んだ。
現役時代にともにプレーした選手で構成する「YUTA FRIENDS」と、南がワールドユース(現U-20ワールドカップ)や2000年のシドニー五輪を目指す中で切磋琢磨した同世代の「BLUE LEGENDS」が対戦し、南は両チームでプレー。試合終盤、南は1点勝ち越した「YUTA FRIENDS」のGKを務めていたが、手にしたボールを味方へパスする素振りから、自陣ゴールへ投げ込んでしまい、失点。家本政明主審がVARによる映像検証を要求すると、会場のモニターに映し出されたのは、2004年に柏レイソルに所属していた南が、公式戦で同様のプレーをしてしまった伝説のオウンゴールの映像が流された。映像を見た選手たちは、笑顔で称え合い、かつての大失態をネタにした演出で場内は笑いに包まれた。
この失点により10-10の同点となり、PK戦へ突入。最後のキッカーは、J1の史上最高齢プレー記録を持つ日本サッカー界の生きるレジェンド「カズ」こと三浦知良(鈴鹿)。ゴール右上に力強く蹴り込んだシュートを弾いてセーブした南は、ガッツポーズ。ファインセーブで引退試合を締めくくり、試合は「YUTA FRIENDS」がPK戦4-2で勝利した。
引退試合のテーマは「なるべくGKに特化したものを」
南は、1999年のワールドユースで準優勝したメンバーで、引退試合には当時のチームメートである小野伸二や高原直泰、稲本潤一、遠藤保仁、中田浩二ら、A代表でも活躍した豪華な顔ぶれが参加。「BLUE LEGENDS」では、加地亮が鋭角からの豪快なシュート、松井大輔が華麗なトラップを決めるなど元日本代表がキラリと光るプレーを見せた。現役選手の多い「YUTA FRIENDS」では、南が最後に所属した大宮でプレーした柴山昌也(C大阪)がキレ味鋭いドリブルを披露した。一方、オウンゴールに限らず、FKの壁を集合写真と勘違いさせて相手GKまで壁に並んだ状況から南が直接FKを決めたり、フィールドプレーヤーとして出場した南が思い切りハンドをしてそのままプレーしたりと、遊び心のある演出も多く、観衆を楽しませた。主役の南は、同じくGKの菅野孝憲(札幌)とツートップを組むなど、フィールドでも活躍。3得点のハットトリックを達成した。
今回の引退試合で見えた演出の背景には、南の思いが込められていた。主役である自身が脚光を浴びるだけでなく、PK戦を実施することで、GKに注目してもらいたいと思っていたという。PK戦のキッカーは、全員、南がセレクト。相手チームのキッカーは、5人のうち3人をGKに任せた。自身がキッカーを務める際には、日本代表で長く活躍していた楢崎正剛、川口能活が2人でゴールマウスを守るという演出を行った。
南は、試合後に「引退試合が決まった時点で、僕はPK戦をやりたいと思いました。(自分は)今日蹴ってもらったメンバーのPKを真面目に受けて止めたかった。キッカー10人は、全部、僕が決めました。やっぱり、なるべくGKに特化したものをやりたいというのが、今回の一番の主旨。GKが引退試合をしたことがなかったから、そういうものが残せたらいいなと思って。GKは(得点を奪うことに関わることがほとんどないため)日の当たることが少ないポジションだと思う。今日はGKが目立つ(イベント)というのが、僕の中では一つあったので、PKもGKに蹴ってもらう流れにしました」と思いを明かした。
引退後のテーマ「GKの地位向上」は、GKのプレーや環境に対する理解の普及
南は、試合後の場内あいさつで、引退後の活動状況を報告し「とにかくGKの地位向上を目指してやっていきたいと思っています」と宣言した。柏、熊本、横浜FC、大宮と26年もの間、現役生活を続けてきたが、2023年シーズンでピリオドを打った。今季からは、千葉県2部の社会人チームであるGRASION東葛や流経大柏高校、横浜FCのスクールでGKコーチを務めながら、解説者の仕事にも挑戦している。GKの地位向上とは、具体的に何を指すのか。試合後の記者会見で質問をすると、南は次のように答えた。
「GKを目指す子どもがもっと増えてほしい。GKの環境は、まだまだ良くないと感じる部分がある。もっと日本の中でも認められたポジションになって、みんなの憧れであってほしいと現役の時から思っていました。解説をやりたいと思ったのも、GK出身の人がほとんどいなくて、例えばニアに(蹴られたシュートが)入ったら(無条件に)GKが悪いという風潮が世の中にあったりする。全部が全部、そうではないんだよというのは、解説をやる上で使命。GKは専門的なポジションで、やったことがないと絶対に分からない部分がたくさんある。視聴者の方は分からないので、説明できる人がやっぱりいないといけない。だから、解説はすごくやりたいと思った仕事。まだ1年目で、伝えきれているかどうかは難しいけど、今後もそういうものはきちんと喋れるようにしたいなとは思っています」
少し前、南に現役高校生の選手をどう見るかと聞くと、以前とは異なり、幼少期からGKコーチがいて専門的な指導を受けられる環境になり、全体的にはレベルアップが進んでいると話していた。一方、ユース世代のトップカテゴリーでは身体サイズが重視され、大型化が進んでいることのメリットと、大柄ではない選手の活躍の場が減りかねないことや、サイズ以外の特長を持った選手が減っていないかという懸念を持っていた。多様なGKを育てていくために、まず、GKのプレーや育成環境に対する理解が必要だと南は感じている。
選手の環境面については、欧州に比べて日本には天然芝グラウンドが少ないことを挙げた。「固い人工芝の上でやっていたセービングが(欧州の天然芝育ちの選手と)同じになるかと言ったら、恐怖心があると100パーセント(の思い切り)では飛べない。欧州にいるGKと比べてセービングが少し小さい。欧州はダイナミック。ああいうものを目指すには、環境が変わっていかないと(いけない)。日本で、世界一になるようなGKが出てくるかと言ったら、難しい部分もある。時間はすごくかかると思うけど、自分が発信していきたい」(南)
世界トップレベルで活躍する日本人GKの出現が基準を変える
南たちの世代は、前述のワールドユース準優勝という快挙を果たして「黄金世代」と呼ばれた。当時はまだ少なかった、海外進出の機会を増やしていったのも彼らだった。その中から中盤の選手が欧州で活躍する場面が増え、今では前線や最終ラインで活躍する選手も増えている。それならば、当然GKも――というのが、日本のGK育成の目指すところだ。南は「鈴木彩艶君(パルマ)がもうワンステップして(とか)、スペインリーグやプレミアリーグで1シーズン、レギュラーで(試合に)出るようなGKが出たときに、日本は、基準が見えると思う。早く、そういうGKが出てきてほしい」とも話した。
伝説のオウンゴールをネタにしてまで、盛り上げたかったJリーグで初のGKの引退試合。その場でGKが目立つ演出を多く採り入れた裏側には、GKをもっともっと見てほしいという南の思いが詰まっていた。
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(Yahoo!エキスパート、2024.12.09掲載)