自給用農作物よりも換金農作物の栽培を優先する農業の行く末
売っても『安い』=『儲からない』農作物を栽培する意味は…
米、麦、大豆、そしてタマネギ、ニンジン、ジャガイモなどなど。。
主食・常食する農作物は販売単価が安いから、稼ぐならば広い面積で沢山作らないといけない。
農地が限られているならば、単価の高い作物(換金作物)を栽培して出荷・販売する方が儲かる。
自分たちが食べる食料は稼いだお金で買えばいい。
一見、合理的にも思えます。
これを一個人、一農家という単位ではなく、『国家』という単位で考えてみると、
日本は海外に比べて農地が細かく、アメリカやカナダほどの大規模化はしにくいので、付加価値(換金性)の高いイチゴとか、ブドウとか桃とか栽培して海外に輸出して外貨を稼いで、そのお金で国民の食料を海外から輸入するのが合理的…なのか?
…と考えてみたけど、いや待てよ…。
それの行き着く先って、開発途上国が辿ったような、
飢餓と貧困に苦しむ多くの人の犠牲の上に一部の人が多くの富を手にする現代の格差社会じゃないか?
と思いました。
もちろん、途上国と日本では状況は違うのだけれど、自分たちが食べるものを自給せずにお金を追い求めて行く先に、果たしてほんとうの豊かさはあるのか?
単純な換金性だけでなく、自分たちの食べるものを自給する意味と価値を経済発展を遂げて、食べるものに困らなくなった現代の日本だからこそ、今一度考え直すべき時に来ているんじゃないか?
もちろん、分業することで現代社会は発展してきたのだから、全員が食糧生産しなくても良い。
その代わり、ただ安い物を求めるのではなく、その商品を買うことで自分や子どもたち、社会や環境にどういう影響を与えるのかも、少しだけ考えてみて買い物をする人が増えると、少しずつだけど社会全体が良くなっていくんじゃないのかなって思っています。
現代だからこそ生まれた『食糧生産』以外の農業の価値
農薬や化学肥料、それに様々な機械や農業資材の登場によって、現代の農業の生産能力はこの100年、いや50年で以前とは比べものにならないほど飛躍的に向上しました。
食糧の安定生産のお陰で世界中で人口は急増していき、逆に機械化によって先進国では農業者人口はどんどん減っていきました。
それによって、確かに経済的な発展は遂げましたが、土や自然から離れた生活を送る人が増えた事での弊害が起きてきているようにも感じます。
そう感じる理由に、昨今の『貸し農園』や『体験農園』など農業をレジャーとして楽しむ人々の増加です。
私自身、農業体験に関わる仕事を10年やってきて特に実感するのが、都市部に住む子育て世代の女性たちの関心の高さです。
彼女たちは自分自身が体験したいという気持ちもありますが、それよりも
『子どもを土を触れさせたい、オーガニックな野菜を食べさせたい』という気持ちが強いように感じます。
はっきりとした根拠や学術論文は無くとも、多くの人が感覚的に『自然や土に触れることの重要性』
を知っているからだと思います。
以前は家で農業をやるのが当たり前過ぎて、むしろそれがイヤで農業をやらずに都市に出て行ったのに、
今ではお金を払ってでも、都市から農作業をしに来る人もいる。
あるいは、農作業でなくても、釣りやキャンプなどのアウトドアレジャーもそうです。
私も釣りやキャンプをするのでわかりますが、はっきり言って不便だし効率は悪いです。
しかしこういったレジャーはその不便さを楽しむものでもありますし、やはり自然に触れること自体での精神衛生への貢献が大きいのだと思います。
人類の長い歴史において『農業』の唯一にして最大の目的は『食糧生産』でしたが、科学技術の発展により、近代ではあまり有るほどの食糧生産が可能となりました。しかし、その代償として環境破壊という問題も生じ、私たち自身も土や自然から離れることが心身の不調を来す原因にもなり始めました。
そんな現代だからこそ、昔の農業から『持続的』と心身の健康に繋がる農業のやり方を学ぶ必要があるのではないかと考えています。
今日も一見すると非効率極まりないやり方で畑作業をやっていましたが、見方を変えるとこのやり方には様々な多面的価値が盛りだくさんだったりするんです。
その話はまた別の記事にて書こうと思います。
今回もお読みくださりありがとうございました。
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