なぜ人は西麻布の夜に「エントツ屋」へ向かってしまうのか
西麻布に35年建ち続ける「不夜城」
クラブやカフェバーをはじめ、多くの洒脱な飲食店が集まる都内有数のエリア「西麻布」。一世を風靡したアイスクリーム店「ホブソンズ」や、小泉=ブッシュの居酒屋首脳会談が行われた「権八」などがある西麻布交差点から、青山墓地の東側を青山一丁目へ向かう途中、ちょうど青山墓地の先端あたりに、一際異彩を放つ建物が突如として現れる。
スタイリッシュな街のイメージとは合致しない、バラックのような手作り感溢れるその建物の上には、無造作に何本も突き出す「煙突」が。この店の名前は「かおたんラーメン エントツ屋」(東京都港区南青山2-34-30)。その創業は1983(昭和58)年と、35年ものあいだこの場所で西麻布を見つめ続けてきた老舗ラーメン店だ。
深夜ともなれば、西麻布交差点界隈には締めのラーメンを求めて彷徨う酔客が溢れ出る。そんな客たちを受け入れるべく、博多豚骨ラーメンの「赤のれん」や東京豚骨ラーメンの「麻布ラーメン」など、このエリアでは明け方まで営業しているラーメン店が少なくない。エントツ屋も11時30分のオープンから中休みなしで、平日は翌朝5時、週末は翌朝6時まで営業している。明け方近くなっても店の中は常に満席で、入れずに諦めて帰る客も少なくない。人はみな吸い込まれるようにこの店へとやって来る。
試行錯誤を繰り返したスープの奥深い味
店名にもある「かおたん」は漢字で書くと「高湯」となり、看板には「中国福建省の高級スープ」とある。豚のゲンコツ、背ガラ、鶏ガラをじっくり取ったスープは、中国のスープをベースにしつつも中国人シェフやマレーシア人シェフなどの協力も得て、店主の落合一元さんが創業時より試行錯誤を続けてきたオリジナル。スッキリとした味わいの中に深みを感じるスープを特徴づけているのは、台湾産赤ネギを使った揚げネギとその油。揚げネギの香ばしい香りと時々口で弾ける食感が食欲をさらにかきたてるのだ。しなやかな細麺は繊細なスープとの相性を考えて製麺所にオーダーした特注のものを使う。
営業時間が長いエントツ屋では昼と夜では客層が違う。しっかりとランチを食べたい人が来る昼と、飲んだ締めにサラっと食べたい人が来る夜。だからエントツ屋では昼はややこってりと、夜はややあっさりとスープの濃度を変えている。客の欲する味に寄り添っているのがエントツ屋のスープなのだ。「スープはね、ずいぶん苦労していますよ。最初の三年間はまったく美味く出来なかった。今でもまだこれでいいとは思っていません。もっと美味しくなると思っています」(店主の落合一元さん)
料理もラーメンに負けない美味しさ
エントツ屋の魅力はラーメンだけにとどまらない。中華料理専門店顔負けのサイドメニューも充実している。常連客が必ず頼むという「仔袋」はプリプリとした食感が軽やかで楽しく、毎朝スタッフが包む手作りの「ギョーザ」は肉汁があふれるジューシーなもの。深夜の常連客はこれらの一品料理でビールなどを楽しみ、締めにラーメンを食べるという人が多いという。
ラーメン店なのになぜ一品料理も本格的で美味しいのか。実はエントツ屋は赤坂に「中国料理 かおたん」(東京都港区赤坂6-3-15)という中国料理店も経営しており、サラリーマンなどを中心に人気を集めている。もちろん西麻布と同じラーメンもあるが、赤坂は一品料理がメインのメニュー構成。エントツ屋の料理が美味しいのは当然のことなのだ。
「一人一人のお客さんに満足して貰える店でありたい」
西麻布の夜、なぜ人はこのエントツ屋に足を運んでしまうのか。店主の落合さんはお客さんとのコミュニケーションが何より楽しいと語る。「何十年も通って下さる方とか、遠方からわざわざ車を飛ばして来て下さる方とか、初めて来られた方も含めてたくさんのお客さんとお話するのが楽しいんですよね。隣同士の知らないお客さん同士が仲良くなったりするのって楽しいじゃないですか」
もちろん味や接客に関しても常に上を目指している。「味の濃さや麺の固さなどは出来るだけそのお客さんの好みに合わせたいですし、ラーメンなどを提供するタイミングや接客などももっと良いものがあるはずなんです。味の好みは人それぞれ違いますが、その人たちをすべて満足させるのはとても難しいことだと思うんです。そんな一人一人のお客さんすべてに満足して貰える味と店を追求していくことが私の永遠のテーマなんです」(店主の落合一元さん)
ラーメンも料理も美味しく、そして人と人との交流がある「かおたんラーメン エントツ屋」。西麻布の不夜城は今夜も眠ることがない。
※写真は筆者の撮影によるものです。