肉体実験を繰り返すケダゴロが横浜で新作を上演 題材は転覆した韓国の大型客船・セウォル号
若手のダンス・カンパニーのうち、今後の活躍がもっとも期待できる集団、それがケダゴロである(筆者調べ)。
主宰で振付の下島礼紗(しもじま・れいさ)を中心に2013年に結成。以来、オウム真理教や連合赤軍などの事件を題材にしたダンス作品を発表してきた。そんなケダゴロが、今月末、KAAT 神奈川芸術劇場<大スタジオ>にて新作を上演する。
そして今回、題材となるのはセウォル号である。2014年、韓国で転覆事故を起こした大型旅客船の、あのセウォル号だ。
なお、ケダゴロがこれまで扱ってきた題材は、下島が生まれる前に起きた事件ばかり。しかも、国内限定だった。だが、セウォル号が沈んだ当時、下島は21歳で大学生だったと振り返る。
船内の閉ざされた環境で、どんな体験を共有したか?
下島 リアルタイムでは知らなかったんです。その時は海外のことに関心が薄くて、日本のことを知ろうとするだけで精一杯でした。でも、数年前からこの事件に対してある種のシンパシーのようなものが自分の中で生まれてきました。
オウムにしても連合赤軍にしてもそうですが、特定の集団が閉鎖的、密室的な空間で新しいコミュニティを築いていく状況に関心があります。セウォル号のニュース映像を見て思ったのは、船内の閉ざされた環境でそこにいた方々がどのような体験を共有していたのかということ。到底想像も及ばないその「体験」のことを考えてみると、単に悲痛さや苦しみだけでは言い表せないもののような気がしたんです。
新作のタイトルは「세월」。カタカナで「セウォル」と書かず、題名の表記はハングルのまま。「多くの日本人はこのタイトルを見ても記号にしか見えないと思う」と下島は言う。逆に日本人が「セウォル」と発音したところで、韓国人はあの船のことだと通じない。「ウォ」も「ル」も日本語の発音にはないためだ。大昔から深い交流がある隣の国どうしなのに、この二つの国には隔たりがあるとあらためて思う。
舞台上で肉体そのものが思考する
なお、事件や事故を扱うのなら、文章によってルポルタージュ仕立てにするのが、一般的には常套手段とされる。ではなぜ、あえて下島はダンスで描こうとするのか?
下島 言葉の力はもちろんあると思う。ただ、肉体にしか考えられないことがある。セウォル号で起きたことの客観的な事実は、映像や資料を通じて知ることができます。でも、肉体が思考することを通じて現実の別の側面が見えてくることもあります。たとえば、連合赤軍の事件は雪山に囲まれた山荘で起きた。「sky」という作品ではそこに着想を得て、氷の塊を手で抱える振付が生まれました。その振付をやったことで、舞台上で肉体そのものが思考するということ、そして人間そのものを考えるということの感覚が少しわかったような気がしたんです。
私は友だちに誘われて7歳の頃からジャズダンスを始めました。それなのに、町を盛り上げるイベントとかに駆り出されて、さまざまな大人たちと触れるようになった。そんな時に気づいたのは、私は踊りたいんじゃなくて、ダンスというツールを使って人間を見たいんだ、ということ。
身体ではなく肉体、そして肉体実験
この公演に先がけ、ケダゴロは『「세월」クリエーション・ドキュメンタリー』と題してリハーサルを公開した(5月7日、KAATにて)。
大階段を手押し車で下ったりするほか、スポ根系しごきも同然のトレーニングをした後、フロアで踊るという場面をえんえん繰り返すといった内容である。
ダンサーたちから、はあはあぜーぜー、激しい吐息が漏れる。リハーサルが進むにつれて疲労が半端なく、ダンサーたちの動きは次第に揃わなくなる。
そこには、洗練された身体などというものはない。生々しい肉体が存在するのみで、下島のいう肉体実験が繰り広げられた。
下島 一般的に言ってダンスを見るときには「美しさ」についての固定観念が働きがちです。でも、「なぜ、ダンサーの振りが揃っていると美しいと感じるの?」と思うし、私は肉体表現をやっているのであって、それをダンスと言う必要もないのかもしれません。
だけど、「これはダンスです」と見る人に投げかけたときに、「これはダンスか、そうじゃないのか?」という思考と議論の糸口が生まれます。そして、そのようなダンスについての違和感が様々な問いに派生していく。それが重要だと思っていて、だから私は「ダンスです」と言い続けています。
私だって振付家としては、ダンサーの振りは揃ってくれよと願ってるし、ダンサーたちだって揃えたいと思ってやってる。でも、そんなこと考えてるうちは、まだまだ理性の範疇で生み出される出来事でしかない。
ある限界を越えようとするとき、リミッターを外すことは意識的にできるものではない。ではどうやって無意識のところにまで到達できるのか? そんなことをいつも考えています。
ハプニングやエラーを拾い集めて作品をつくりあげる
では、ケダゴロの作品はどんなプロセスでつくられていくのか?
下島 最初は計画を立てるんだけど、まあ見事にうまくいかない。そしてリハーサルの最中に起きるハプニングやエラーを拾い集めて、最終的に舞台に載せるわけです。ただ、1000のアイデアが出たら、実際に使えるのは3つくらい。その際、もともと自分の発想になかったものを選ぶことが多い。「うん、これに出合いたかったんだ」と思えるところを確かにつかんでいく。
だから、どうすればダンサーの体にエラーを起こすことができるのかをつねに考えている。膨大なお題を与えてダンサーにやってもらう。そして、そこで生じたエラーを拾い集め、繋ぎ合わせて作品に仕上げていくんです。
横浜で見たこともないダンス(あるいは非ダンス)が目撃できそうだ。
日時:2022年5月26日(木) 19時30分
27日(金) 14時、19時30分
28日(土) 14時、18時
29日(日) 15時
※開場はいずれも開演の30分前
会場:KAAT 神奈川芸術劇場<大スタジオ>
料金:一般4000円、学生3500円(当日要身分証明証)
※当日券はいずれも500円増し
振付・構成・演出:下島礼紗
出演:伊藤勇太、木頃あかね、小泉沙織、中澤亜紀、下島礼紗(以上、ケダゴロ)、内堀愛菜、小野涼平、鹿野祥平(劇団東京乾電池)、菊永沙紀、岸本茉夕、白倉絵蓮、田村真帆、沼田駿也、水澤茜嶺