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中国で大ヒット中のドラマ『繁花』 人気の背景には習近平政権への不満も?

中島恵ジャーナリスト
中国で大ヒット中のドラマ『繁花』(中国メディアより筆者引用)

いま中国全土で大ヒットしているテレビドラマがある。タイトルは『繁花』(ファンホア、Blossoms Shanghai)だ。2013年に出版された同名小説が原作で、2020年から香港の映画監督、王家衛(ウォン・カーウァイ)が撮影を開始、約3年の歳月をかけて完成させた。予算は日本円にして約60億円という超大作。

2023年12月末からネットの動画配信サービスと中国中央テレビ(CCTV)で放送が開始されたが、放送開始直後から高視聴率をキープし、現在も異例の大ヒット中。中国人のSNSはこの話題で持ち切りだ。

経済成長した時代が懐かしい?

ドラマ『繁花』の舞台は主に80年代後半から90年代の上海。上海に住むある青年(阿宝=アーバオ、俳優は胡歌)が、一攫千金を夢見てある老人の指南を受け、借金をして、初めて株を買うところからストーリーが始まる。その後、成功や失敗を繰り返し、ときには陰謀などに巻き込まれながら経済界でのし上がっていく――という内容だ。

フィクション(小説)ではあるが、描いている時代はリアル。中国が経済発展し始める90年代が中心だ。実際、90年に上海証券取引所、深圳証券取引所が設立され、株を買って大儲けした人や、不動産を購入し、それを転売することで富豪になった人が出現し始めた頃だった。

そんな時代の記憶が生々しい40代後半~70代の中国人が、同ドラマに夢中になり、登場人物の誰かに自分を重ね合わせたり、当時の自分自身の生活や人生を振り返り、深い感慨にふけったり、ノスタルジーに浸ったりしている。

また、「90年代」に生まれたばかりのZ世代の若者の中にも「今こんなに経済が低迷している中国にも、輝いていた時代があったのか」「当時のファッションがおしゃれ。自分の父母が若かった時代、中国人はこんなふうに生きていたのか」と夢中になる人が増えている。標準語(中国語)バージョンと上海語バージョンの2パターンあり、他省の出身者の中には「上海語の勉強になる」と上海語バージョンを見ている人もいる。

「あの時代はよかった」

上海在住の50代の男性は、ドラマがヒットしている理由を次のように語る。

「90年代は自分の20代とイコールなんです。中国はまだ貧しくて、自分も貧しかったけれど、周囲の人も皆貧しく平等だった。いつか成功したいという夢や希望に満ち溢れていた時代でした。まさに主人公の阿宝のように。

自分は阿宝のような貪欲でリスキーな生き方はできなかったけれど、あのとき、ああいう人がいた、株で儲けた人がいた、という記憶は残っていて、その後、自分の身近なところにも、大金持ちとなって今は海外に住んでいる人や、貧乏になってどん底に落ちた人がいる。栄枯盛衰といった感じ。そういう中国を象徴するひとつの時代がドラマの中で再現されていたことが、大きな感銘を受けた理由ですね」

別の上海出身の50代の女性はこういう。

「確かに懐かしい風景が再現されていて、ノスタルジーに浸るにはもってこいです。今も上海に現存するクラシックな建物やホテル(和平飯店)、レストラン、繁華街(黄河路)などもドラマのワンシーンとして登場するので、ロケ地巡りや90年代にヒットした香港の歌も再び大流行しているくらいです。

でも、それだけでは、中国でここまでの大ヒットにはつながらないのでは……。やはり、あの華々しく躍進した中国と、今の中国があまりにも違い過ぎるという点。その対比で、『あの時代はよかった。それに比べて今の中国は夢や希望が持てる国なのか』という気持ちになっている人が多く、考えさせられることを多く含んでいる秀逸なドラマだからではないでしょうか。編集もすばらしく、さすが香港の著名な監督の作品だと思います」

主演は上海出身の人気俳優の胡歌(フーゴ―)(中国メディアより筆者引用)
主演は上海出身の人気俳優の胡歌(フーゴ―)(中国メディアより筆者引用)

過去の指導者の時代との違い

ドラマで描かれているのは80年代後半から2000年初めまでで、鄧小平時代と江沢民の時代だ。

鄧小平は78年末から89年まで最高指導者として中国の改革開放を行い、経済成長への礎を築いた。92年には上海や深圳を視察(南巡講話)し、経済発展の重要性を説いたことで知られる。江沢民はそれを引き継ぎ、90年代は経済的に躍進した。2001年、中国はWTO(世界貿易機関)への加盟を実現し、外資の導入も本格化した。そこから中国は「世界の工場」となって、GDP成長率も年率10%以上、高度経済成長を実現していく。

しかし、コロナ禍を経て、中国経済の悪化は想像以上に著しい。1月中旬、中国国家統計局が発表した2023年のGDPは前年比5.2%で、政府目標の5%をかろうじて上回った。だが、多くの中国人の実感はこの数字とは程遠いと言われている。

コロナ後、北京や上海でも事業が悪化した人が多く、不動産不況もあって、景気は悪化の一途を辿っている。貧富の格差は拡大、若者の失業も多く、多くの人が夢を持てない時代となっている。それに加えて政治的な圧力、情報統制も以前より厳しくなっていて、中国社会は自由にモノが言えない空気に包まれている。

そんな中、コロナ禍の22年に江沢民が亡くなった際は、江氏を「カエルの王」とたたえ、「カエルの時代はまだ自由な空気があって、よかった」と彼を悼む投稿がSNSに相次いだ。昨年7月、李克強元首相が急死した際も「人民のよき総理、安らかに」という投稿が多く、李氏の故郷には大量の花束が供えられ、警官が出動する事態となったことは記憶に新しい。

そうしたことは、裏を返せば、現在の習近平政権への不満や批判の表れだと受け取ることができる。

「皆、表立って政権を批判することはできませんが、長かったゼロコロナで精神的に疲弊し、経済的にも落ち込んでいることは事実。90年代はわずか30年前のことなのですが、今我々がこんなに苦しんでいるのはなぜなのかと、考えている人が多いのだと思います。だからこそ、このドラマ『繁花』があまりにもリアルすぎて、夢中になって観てしまう人が多いのではないでしょうか」(前出の男性)

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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