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英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」の記者が他紙のZoom会議を「盗み聞き」?

小林恭子ジャーナリスト
英国の経済専門紙「フィナンシャル・タイムズ」で異変?(写真:ロイター/アフロ)

 米国のウオール・ストリート・ジャーナル紙と並ぶ、経済・金融の専門紙として知られる、英国のフィナンシャル・タイムズ(FT)。2015年以降は、日本経済新聞社の傘下にある。

 その報道の正確さ、質の高さで信頼度が高い新聞だが、27日、気にかかるニュースが出た。

Zoom会議を盗み聞き?

 英左派系高級紙インディペンデントによると、同紙及びその姉妹紙となる夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」の経営陣・編集幹部は、新型コロナウイルスによる感染拡大を受けての社内の対応について、会議ソフトZoomを使ってスタッフに伝えた。

ディ・ステファノ記者(ツイッターアカウントより)
ディ・ステファノ記者(ツイッターアカウントより)

 

 FTのメディア担当記者マーク・ディ・ステファノ記者は、両紙のスタッフが会議で人員削減などの決定を知るとほぼ同時にツイッターでその内容を拡散。イブニング・スタンダードの人員削減などのニュースは記事化し、電子版のみのインディペンデントの対応はライブ・ブログで紹介した。

 インディペンデントやほかの複数の新聞などによると、記者は一連のZoom会議を「盗み聞き」していたという。

デ・ステファノ記者が伝えた、イブニング・スタンダード紙の人員削減の記事(4月1日付、フィナンシャル・タイムズのウェブサイトより)
デ・ステファノ記者が伝えた、イブニング・スタンダード紙の人員削減の記事(4月1日付、フィナンシャル・タイムズのウェブサイトより)

 

 インディペンデントが持つZoom会議のログ・ファイルによると、先週、インディペンデントのZoom会議にデ・ステファノ記者のFTのメールアカウントを使って登録した人が、16秒間出席していた。その人物は動画カメラをオフ状態に設定していたため、会議の主催者は同氏の顔を見ることはできなかったが、インディペンデントの記者の中にはデ・スティファノ記者の名前が一瞬表示されるのを見たという人もいる。

 数分後、別のアカウントで参加した人物がいたという。一貫して、動画カメラはオンにせず、音声のみでの参加だった。

 会議が終わった後で、このアカウントが記者の携帯電話に関連付けられているものだったことが分かった。

 

 そこで、インディペンデント紙はFTの編集幹部に連絡を取ったという。

 ディ・ステファノ記者は、4月1日、イブニング・スタンダード紙での一時解雇措置を記事化したが、インディペンデントによると、この時も、デ・ステファノ記者に関連したアカウントを使った人物がスタンダード紙のスタッフ向け動画会議にアクセスしていた、という疑惑を報道している。この動画会議では、元財務相のオズボーン編集長が一時解雇措置を発表していた。

 筆者はこの記事を以前に読んでいたが、「会議に出席した人から話を聞いたのだろう」と思っていた。

 左派リベラル系高級紙ガーディアンの取材に対し、インディペンデントのクリスチャン・ブロートン編集長はこう語る。

 「言論の自由は尊重するし、ニュースの収集に苦労があることは理解している。しかし、スタッフ向けの説明の機会に第3者のジャーナリストが入ることは不適切だと思う。従業員のプライバシーの侵害でもある」。

 イブニング・スタンダード紙の広報は、「FTのジャーナリストがプライベートな Zoom会議に非合法なアクセスをするのは、許容できない」。

 FTはガーディアンなどにコメントを出していないが、記者は停職状態となっているという。

 ニュースサイト「プレスガゼット」に掲載された記事の中で、メディア法専門家デービッド・バンクス氏は、今回のFT記者の行為はコンピューター誤使用法に違反する可能性があるという。

 しかし、ほかの法律専門家は、もし会議へのリンクが記者に送られてきて記者がこれにアクセスした場合は刑事犯罪にはならないのではないか、という。また、100人ほどのスタッフが出ていた会議は果たして、「プライベートな(私的な)集まり」と言えるのかどうか。

 いずれにしても、新聞界の自主規制・監督機関「IPSO」による編集規定には違反する可能性がある、とプレス・ガゼットは指摘している。FTはIPSOに加盟していないが、これを順守することになっているという。

 IPSOの編集規定によれば、隠しカメラの使用や私的なあるいは携帯電話の会話・メッセージ・電子メールを秘密裏に読む・聞くなどの手法を使う場合、それが公益にかない、ほかの手段がなかったことを正当化する必要がある。

 ディ・ステファノ記者はツイッターで10万人以上のフォロワーを持ち、今年1月、バズフィードからFTに移動したばかり。最後の投稿は4月25日付である。

 ここまでの報道では、ディ・ステファノ記者が会議を聞いていた可能性は高いようだが、誰しもがまず疑問に思うのは「一体どうやって、参加できたのか?」ではないだろうか。

 セキュリティ面で疑問符がつくようになったZoom会議だが、英国では閣議や議会討論の場も含め、このソフトが広く使われている。

 多くの場合、ホストから送られたURLをクリックすれば自動的につながるが、インディペンデント側はセキュリティを強化する必要があるのではないか。米FBIは、いたずら目的の利用者がプライベートな会議や授業に侵入し、会議とは関係がない画像などを表示する「Zoom爆弾」に警告を発している。

 ディ・ステファノ記者の行動について、FT側がどのような説明がするかが注目だが、インディペンデント側のあるいはZoomのセキュリティの脆弱さを改めて示すことになるかもしれない。

 

 (英国時間で、28日午前11時時点での情報を基にしました。)

ツイッターで退社を発表した(ツイッター画面より)
ツイッターで退社を発表した(ツイッター画面より)

追加:5月1日、ディ・ステファノ記者は、ツイッターを使ってこの日付でFTを退社したことを公にした。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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