絶滅危惧種の伝承銘菓「五家宝」を守れ!専門店の挑戦
スナック菓子などの競合や、低価格競争が客離れの引き金に
熊谷の銘菓として親しまれている「五家宝」。その歴史は古く、文献に見られる最古の記録は江戸時代にさかのぼる。もち米で作るパフをきな粉生地で包んで棒状にカットしたお菓子で、さくっと香ばしい歯触りとやさしい甘みが持ち味だ。そんな五家宝が近年、絶滅の危機に瀕していることをご存じだろうか。昨年から今年にかけて、業界でも大手の製造業者が廃業し、現在、五家宝を製造するのは十数社にまで減少しているという。
熊谷で創業120年を迎えた老舗「花堤」。長年、五家宝の材料である種(もち米を小さな球状に焼いたもの)やきな粉の製造を本業としており、昭和53年からは直営店にて自家製の五家宝の販売も行なっている。同社の代表・中條弘行氏によると、五家宝は昭和30~40年代に普及し始め、バブルがはじけた90年代をピークに、市場規模は縮小し続けているという。洋菓子やチョコレートなど他の菓子が台頭してきたことも理由の一つだが、五家宝はとにかく手間がかかる菓子だからだ。中の種だけでも、もち米を蒸してつき、丸2日乾燥させたのち、薄くのして2ミリ角の粒状にカットし、焙煎して焼きあげるまで約6日間かかる。この種と自家製の蜜(水あめ)を絡め、きな粉と水あめを合わせて延ばした生地で包み、のし板で長い棒状にし、カットする工程は、人の手で行なわれていることも多く、熟練の技が必要だ。
そうした背景から、五家宝をメインに製造していた企業が、スナック菓子の製造に切り替えるという流れが起こってきた。さらに、五家宝が一時期、低価格化に走り品質の低下を招いたことも、客離れを招いてしまったのではと中條氏は言う。「100円ショップなどで安く五家宝が売られるようになると、価格を抑えるためにもち米を使った本来の種ではなく、安価な小麦粉の種や、輸入大豆のきな粉を使う商品も出てきました。原価は1/3くらいに抑えられるのですが、ごわごわとした食感で味も全く変わってしまう。それが、五家宝はおいしくない、というイメージに結びついてしまったのは少なからずあるのでは思います」(中條氏)。
中條氏によると、五家宝の流通形態は、おもに三つ。一つは、自社店舗をもたず、問屋への卸をメインとする比較的大きな規模の企業。二つめは、サービスエリアや農協の直売所などへ卸す企業、そして最後は、自分の店で売る個人店だ。五家宝があまり売れなくなると、問屋経由で卸している店にとっては、いいものを作りたくても安く買い叩かれてしまい、材料費を抑えざるを得ない、という負のループに陥ってしまう。また、問屋経由だと最終的に自社の五家宝がどこで販売されているのか、消費者の顔が見えず、時代のニーズをつかみ損ねてしまったこともあるだろう。実際に、昔は日常的なおやつとして地元の人に頻繁に食べられていたが、現在は五家宝を好む層が高齢化するとともに、地元のお土産としての需要が強くなっているという。
チョコ×きな粉の新しい菓子で、若い世代に訴求
こうした現状を受け、五家宝を次の世代に伝えるべく、奮闘している企業もある。東京・足立区の「ワタトー」は、間もなく創業100周年を迎えるきな粉菓子専門店。1921年(大正10年)に東京・日本橋で豆菓子などの製造業として創業し、1932年(昭和7年)に五家宝の製造を始めた。看板商品は、手作業で作る五家宝と、あん入りの「きな粉ひねり」だ。6年前に父の跡を継いだ四代目の渡辺将結氏は、五家宝の購買層が高齢化していることや、スーパーなど量販店での販売量の減少に危機感を抱き、新しいきな粉スイーツの開発に着手した。「昔は、どこのスーパーにも五家宝が置いてあったのに、近年は商談での反応も芳しくありませんでした。きな粉がたっぷりかかって、袋にどさっと入った昔ながらの売り方も、若い人には食べにくいのだろうなと感じていました」(渡辺氏)。
開発に1年以上かけて完成させた新商品の「GOKABALL」は、五家宝の生地にカカオパウダーやアーモンドを合わせた生地で半生チョコレートを包み、パウダーをまぶしたボール状のお菓子。きなこ、抹茶、ココアの3種類がある。「男女問わず幅広い世代に愛されるチョコレートと組み合わせることで、若い人にも気軽に食べてもらえるようにと考えました。現代の生活スタイルやニーズに合わせ、個包装にして、丸い形で食べやすくしたのもこだわりです」(渡辺氏)。
さらに最近では、子どもが自宅できなこ棒を作れる「手作りきなこ棒キット」を販売。健康菓子というイメージもあって、評判は上々だという。
コロナ渦にオープン!SNSでの発信や、オリジナル五家宝でファンを作る
一方、今年5月、新しく誕生した五家宝専門店がある。熊谷市玉井地区にある「熊谷きなこ屋」だ。店主は、老舗五家宝店で10数年経験を積んだ梅村昭典氏。自宅の敷地にプレハブを建て、念願の自店を開業した。「昨年から開業準備を進めていたのですが、緊急事態宣言が出てしまって。こんな時期にオープンすべきか迷いもありましたが、予想外に近隣のお客様に来ていただき、リピートも増えているのがありがたいです」(梅村氏)。
「熊谷きなこ屋」でも、若い世代に五家宝を食べてほしいと考え、SNSで積極的に発信するほか、商品にも工夫を凝らしている。昔の五家宝は長いものが主流だったが、「熊谷きなこ屋」では、すべて食べやすい一口サイズで販売。さらに、五家宝を手で一つずつ丸めて『きなころん』という商品で販売したところ、若い層にも「かわいい」と好評だという。
「五家宝を次世代に受け継いでいくために、地元の子どもたちに興味を持ってもらうことも大事だと考えています」と梅村氏。店舗では、製造工程の一部を外から見えるようにしているほか、今後は五家宝の作り方なども伝えていきたいという。
前述の「花堤」でも、学校給食への提供や、幼稚園などに出張して、園児と保護者に五家宝を実際に作ってもらう、というような地元での普及活動を10年ほど前から続けている。
加えて、昨年より直売のみだった五家宝の販売方法の見直しを図り、自然食品店での販売を通じて、材料を一から見直した無添加の五家宝を提供。食にこだわる客層に喜ばれているという。「この夏は、天然塩の『ほししお』(海の精)を使った『塩五家宝』(370円)を発売。川越の松本醤油さんの醤油を使った『醤油五家宝』など、素材にこだわったストーリーのあるお菓子を届けていきたいです」(中條氏)。