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ストレス発散にはビターチョコレート!?「官能評価」から読み解く、チョコレートの選び方

笹木理恵フードライター
「ナッティ」「フルーティ」など、チョコレートの味の表現も多彩に ※筆者撮影

原料であるカカオへの関心も高まり、産地や品種による味わいや香りの違いを活かした商品も登場するなど、ますます盛り上がりをみせるチョコレート。専門店ではカカオの違いを楽しめるテイスティングメニューなどもあり、またスーパーやコンビニなど生活に身近な場所でも様々なチョコレートが販売されています。チョコレートはいまや、ミルクチョコレートやビターチョコレートといった一般的な区分けでは語れないほど、香りや味わいも多様化しているのです。

チョコレートのおいしさを分析する「官能評価」

そうした中、チョコレートのおいしさを測る指標の一つとして食品メーカーにも取り入れられているのが「官能評価」。「官能評価」とは、人間の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を使って、モノの特性を調べること。食品メーカーでは、味や香り、舌触りやまろやかさといった複数の要素を「官能評価」で分析し、新商品の開発に活かしているといいます。

日本女子大学・家政学部食物学科の飯田文子教授。専門は調理学と食味評価学。食品メーカーや研究所の官能評価にも携わり、チョコレートのトレンドも研究している ※筆者撮影
日本女子大学・家政学部食物学科の飯田文子教授。専門は調理学と食味評価学。食品メーカーや研究所の官能評価にも携わり、チョコレートのトレンドも研究している ※筆者撮影

では、チョコレートの「官能評価」からどんなことがわかるのでしょうか。20年以上チョコレートの研究に携わり、究極のチョコレートを追い求め、延べ200回以上の官能評価を行なっているというチョコレートのスペシャリスト・日本女子大学・家政学部食物学科の飯田文子教授の研究室にお邪魔し、お話をお聞きしました。

チョコレートの官能評価って、どうやるの?

取材を行なった日本女子大学キャンパス。飯田教授の属する家政学部食物学科からは毎年、食品会社の研究職・開発職や管理栄養士、栄養教諭など食の分野に関わる卒業生を輩出している ※筆者撮影
取材を行なった日本女子大学キャンパス。飯田教授の属する家政学部食物学科からは毎年、食品会社の研究職・開発職や管理栄養士、栄養教諭など食の分野に関わる卒業生を輩出している ※筆者撮影

食品における官能評価とは、おいしさの3要素である食感、味、香りを科学的に分析するももの。「例えば、甘みなら『スクロース』、苦みなら『カフェイン』、酸味なら『クエン酸』や『酢酸』といった具合に、食品に含まれる化学的物質によってある程度味は特定できますが、そこに人間の感覚を加えて実際の感じ方を調査したものが官能評価になります」と飯田教授。「人間の感覚を加えると、それぞれの要素が相殺されたり、相乗効果が生まれたりして、1+1=2にならないのが興味深いところ。チョコレートの場合は、口どけのなめらかさや溶けるスピードによって香りや甘みの感じ方も異なるため、それらも官能評価で分析します」(飯田教授)。

産地別カカオの特徴がわかりやすい3種類で官能評価! ※筆者撮影
産地別カカオの特徴がわかりやすい3種類で官能評価! ※筆者撮影

取材当日は、「ベネズエラ産」、「エクアドル産」、「ガーナ産」の3種類のチョコレート(カカオ分はすべて60%で統一)を使って、実際に官能評価を体験させてもらいました。

チョコレートの官能評価で分析するのは、おもに「テクスチャー(食感)」、「味わい」、「香り」の3つ。このうち、人間が最も違いを感じやすいのが「テクスチャー(食感)」で、逆に経験を積まないと感じ取りにくいのが「香り」だそう。分析に使用する調査用紙には、甘みや苦み、酸味の強弱などを書く項目と並んで「それを好ましいと感じたか、嫌いだと感じたか」という項目も用意されていて、おいしさとの関連性がわかるようになっています。

おいしさの感じ方を大きく左右する「香り」の要素

飯田教授と研究室の井上さん、松尾さん、平井助教。「動的評価」が導入される以前は、ストップウォッチで計測していたそう ※筆者撮影
飯田教授と研究室の井上さん、松尾さん、平井助教。「動的評価」が導入される以前は、ストップウォッチで計測していたそう ※筆者撮影

さらに近年は官能評価も進化し、タブレットを使った「動的評価」も可能になっています。「動的評価」ではチョコレートを食べ始めてから食べ終わるまで、どのタイミングで苦みや甘み、香りを感じたか複数の感覚を同時にタップしながら、食べ始めから飲み込んだあとの余韻まで時系列で集計できるため、よりチョコレートの特性とおいしさの関係性を深く分析できるようになったそうです。「おいしいチョコレートの絶対条件を見つけたくて研究を続けてきましたが、最終的にはいくつかの好みが分かれることがわかりました。その大きな判断基準となっているのが『香り』なんです」と飯田教授。とくに男女で評価が分かれるほか、お腹がすいていたり、疲れていたりと食べる人の状態によっても結果が異なると言います。

脳の疲れとチョコレートの関係性も、官能評価でわかる!?

「動的評価」の調査結果。口の中で、酸味や甘み、苦みを感じるタイミングが違うことがわかります ※筆者撮影
「動的評価」の調査結果。口の中で、酸味や甘み、苦みを感じるタイミングが違うことがわかります ※筆者撮影

例えば官能評価からは、産地ごとに「ガーナ」は甘いはちみつの香り、「エクアドル」は花のような香り、「ベネズエラ」はナッツの香り、が特徴的だと分析されますが、「エクアドル」は花のような香りを好ましいと感じるか、そうでないかでおいしさの評価は分かれるそうです。また、花のような香りによって苦みが増強されることや、ビターチョコレート好きな層からの評価が高かったことも官能評価から読み取れます。逆に「ガーナ」は、甘い香りで甘さが増幅されるため、甘いチョコレートが好きな層から高評価。「ベネズエラ」は、「香ばしいナッツの香り」によって「こく」が増強されることがわかっています。

どの香りをおいしいと感じるかは人それぞれ! ※イラスト提供/日本女子大学
どの香りをおいしいと感じるかは人それぞれ! ※イラスト提供/日本女子大学

さらに興味深いのが、チョコレートと脳の疲れとの関連性。飯田教授の研究によると、頭脳労働の多い環境にいる人は、苦みの強いチョコレートを好む傾向があり、肉体的に疲れているときは甘みを強く感じやすいといいます。つまり、肉体的に疲れているときは「ガーナ」のような甘いチョコレートを、頭脳労働が多く、脳が疲れているときは「エクアドル」のようなビターチョコレートを選ぶと、よりおいしさを感じやすい、ということになります。「花のような香りは『リナロール』という香り成分があるので、リラックスしたいときにもおすすめですよ」(飯田教授)。また官能評価の結果、苦みに関しては食べ慣れるとおいしく感じる、という調査結果も出ており、それが近年のハイカカオのチョコレート人気に繋がっているとも飯田教授は分析しています。

筆者が最近食べた、台湾烏龍茶のチョコレート。フローラルな香りに癒されました ※筆者撮影
筆者が最近食べた、台湾烏龍茶のチョコレート。フローラルな香りに癒されました ※筆者撮影

「官能評価の結果は時代によっても異なり、少し前には酸味のあるチョコレートをおいしく感じる人が多いという時期もありました。昔は好まれなかった苦みの強いチョコレートも、ハイカカオブームをきっかけに繰り返し食べることで、身体が美味しいと感じるように嗜好が変化しています。チョコレートのトレンドの分析にも、官能評価が活用されているんですよ」と飯田教授。今日はどんなチョコレートを食べようか迷ったら、こうした化学的分析も参考にしてみてはいかがでしょうか。

フードライター

飲食業界専門誌の編集を経て、2007年にフードライターとして独立。専門誌編集で培った経験を活かし、和・洋・中・スイーツ・パン・ラーメンなど業種業態を問わず、食のプロたちを取材し続けています。共著に「まんぷく横浜」(メディアファクトリー)。

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