ネオニコチノイド系農薬、EUが全面排除へ 食品への残留も認めず 日本からの米や緑茶の輸出に影響も
イネや野菜、果物などにつく害虫を効果的に駆除し、人にも比較的安全とのうたい文句で全国的に使用が増えている「ネオニコチノイド」系農薬を、欧州連合(EU)が域内から全面排除しようとしている。自然の生態系を破壊し、人の健康にも重大な影響を及ぼしかねないとの懸念が市民の間で高まっているためだ。同農薬の残留した輸入食品も対象となる見通しで、日本の対EU輸出にも影響が出そうだ。
農薬登録が相次いで失効
「新しいニコチン」を意味するネオニコチノイドは神経毒の一種で、昆虫類の脳を異常興奮状態にし、死に至らしめる。日本では現在、10種類前後が農薬として登録され、それらを有効成分とする数多くの農薬製品が実際に田畑や果樹園などで使用されている。
EUでもほぼ同じ種類のネオニコチノイドが使用されてきたが、そのうち「クロチアニジン」「チアメトキサム」など4種類の農薬登録が、2019年から2020年にかけて失効。それらを含んだ製品は原則、使用できなくなった。失効したのは、2013年以降の段階的な規制強化によって需要が減ったことをうけ、製造元が登録更新の申請をしなかったことが主な理由だ。
比較的あとから流通し始め、規制強化された種類に代わって需要を拡大してきた「スルホキサフロル」も、2018年に屋外での使用が禁止となるなど、ネオニコチノイドやそれに類似した農薬の規制強化が加速している。この結果、もともと農薬登録されていない種類も含めると、日本で使用されているネオニコチノイドのほとんどが、EUではすでに使用禁止か、早晩、禁止となりそうな気配だ。
EUがネオニコチノイドの全面排除に向けてギアをもう一段上げたのは、昨年9月。クロチアニジンとチアメトキサムの「最大残留基準値(MRL)」を大幅に引き下げることでEU加盟各国が合意したと、EUの政策執行機関である欧州委員会(EC)が発表した。
最大残留基準値とは、スーパーなどで売られている農産物に、栽培時に使用した農薬が残留していたとしても、これくらいまでの濃度なら食べ続けても影響はないという、いわば国が考える安全基準。農薬や農産物の種類によって異なり、さらに国によっても違う。
輸入食品もターゲット
EUが、すでに域内では原則禁止となっているネオニコチノイド系農薬の最大残留基準値をわざわざ引き下げたのは、それらが残留した農産物の輸入を水際で阻止するためだ。
クロチアニジンとチアメトキサムの新たな最大残留基準値のレベルに関し、ECは「最新の技術で測定可能な最も低いレベル」と説明しており、事実上、栽培時にそれらの農薬を使った農産物は全面的に輸入禁止となる可能性が高い。ECのステラ・キリアキデス保健衛生・食品安全担当委員(日本の大臣に相当)は、発表時に出した声明の中で、「本日承認された規則が施行されれば、輸入製品はこれら2つのネオニコチノイドの残留物を含むことができなくなる」と述べた。新たな基準値は2026年から適用される見通しだ。
ネオニコチノイド系農薬の重大な“副作用”を指摘する研究報告は枚挙にいとまがない。それが、EUが全面排除を目指す大きな根拠となっている。
食料生産の減少の一因にも
例えば、近年、貴重な受粉媒介昆虫であるミツバチの数の減少が世界各地で報告されているが、ネオニコチノイド系農薬が原因の1つと疑われている。EUが段階的規制強化をする際に屋外での使用禁止から入るのも、ミツバチの保護が狙いだ。
米ハーバード大学などの研究チームは昨年12月、ミツバチなど受粉媒介生物の数の世界的な激減によって、人間が健康的に暮らすために欠かせない栄養価の高い野菜や果物、ナッツ類などの収穫量が減り、その結果、推定で少なくとも年間40万人以上が糖尿病や特定の種類のがんなど食生活が原因の病気で命を落としているとの研究結果を発表した。研究チームは、受粉媒介生物の減少の理由の1つとして、ネオニコチノイド系を含む農薬の継続的使用を挙げている。
また、日本の農家からは、ネオニコチノイド系を含む農薬は、害虫だけでなく、益虫や、クモやカエルなどの小動物、鳥類など、害虫の捕食者までも駆除してしまい、逆に害虫による農作物の被害を増大させているという話を、よく聞く。地域の生物多様性が失われることを心配する声も増えている。
人間への直接的な影響に関する研究も多い。獨協医科大学などの研究チームが2009年前後に生まれた極低出生体重児の尿を分析したところ、生後48時間以内の検体の25%から「アセタミプリド」の代謝物を検出。しかも、極低出生体重児の中でもより体重の少ない新生児のグループのほうが、検出率が有意に高かった。このことから研究チームは、ネオニコチノイドが母親の胎盤をすり抜けて胎児の発育に影響を与えている可能性を示唆した。
緑茶、米、かんきつ類の輸出に影響か?
クロチアニジンとチアメトキサムの最大残留基準値の大幅引き下げは、日本の対EU輸出にも影響しそうだ。農林水産省によると、比較的大きな影響を受けそうなのは、緑茶、米、かんきつ類。2021年のEUへの輸出実績は、緑茶が31億円、米2.7億円、みかんなどのかんきつ類800万円となっている。
例えば、緑茶に対するチアメトキサムの最大残留基準値は、現在は日本もEUも1キログラムあたり20ミリグラム(20ppm)だが、引き下げ後のEUの基準値は0.05ppmで、日本の400倍も厳しくなる。これまで通りの栽培方法を続けると、2026年からはEUへ輸出できなくなる可能性がある。クロチアニジンにいたっては、日本の50ppmに対しEUは0.05ppmと、その差は1000倍に広がる。
ただ、農水省によると、EUに輸出されている緑茶の8割は農薬不使用の「有機茶」のため、対応を迫られる可能性のあるのは残り2割ということになる。米とかんきつ類に関しては有機の割合は不明だが、他の農産物も含め、EUへの輸出を狙う農家は有機栽培への早期切り替えを迫られることになりそうだ。