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【スピードスケート】メダル争いに接近!土屋良輔は“人間メトロノーム”

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
1周の誤差はわずか0・1、2秒の土屋良輔(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 スピードスケートの今季主要大会が終わった。五輪中間年の今季、日本勢は世界距離別選手権(米ユタ州ソルトレークシティー)と世界スプリント・オールラウンド選手権(ノルウェー・ハーマル)の2大会で、金4、銀2、銅3の大活躍。中でも五輪2大会でメダルゼロの男子が次々とメダルを獲得(金1、銀1、銅2)したのは明るい話題となった。一方、メダルには及ばなかったものの、長距離の単種目で五輪メダルを狙えるスケーターも登場している。「人間メトロノーム」の異名を取る土屋良輔(メモリード)だ。

今季、自信を深めている土屋良輔(撮影:矢内由美子)
今季、自信を深めている土屋良輔(撮影:矢内由美子)

■日本人初の「1万メートル12分台」

 スケートが盛んな欧州では、1周ごとにアナウンスされるラップタイムを聞きながら、観衆が大きく盛り上がっているシーンをよく見る。

 長距離スケーターは前半をハイスピードで攻めて貯金を作るタイプ、ラップを維持して滑るタイプ、前半を抑えて後半にラップを上げるタイプがいる。土屋は典型的なイーブンペース派。これが見ていてたまらないほど面白いのである。

 大会2日目に行われた男子1万m。土屋は自身の持つ従来の日本記録を一気に14秒69も縮める12分55秒62で滑り、日本新記録を樹立して5位入賞を果たした。12分台は日本人初だった。

「平昌五輪のころから夢を見ていた12分台がやっと出た。目標通りという感じだった。(1周400mの)ラップを29秒台、30秒台で整えて滑ることができた。本当に気持ちの良いレースができた」

 そう言って、充実感をあふれさせた。

■表彰台との差は「残り5周」

 レースでは表彰台までの距離もハッキリと見えた。優勝したカナダの22歳、グレアム・フィッシュが出した12分33秒86(世界新記録)は突出しているが、2位のテッドヤン・ブローメン(カナダ)は12分45秒01、土屋と同走で3位になったパトリック・ベッケルト(ドイツ)は12分47秒93。その差は約8秒あるが、土屋も20周目まではベッケルトとほぼ並んでいた。

 差がついたのはラスト5周だ。ゴールが近づくにつれて少しずつラップを縮めてラストを29・0秒でまとめたベッケルトに対して、土屋は21周目から31秒台に落すと、ラスト1周は32・0秒まで落ちた。

 今後、土屋がメダル争いをするには、ラップを平均的に刻みながら最後まで維持すること、さらには上げていくことが求められる。残り5周の差を詰めるには何が必要か。土屋が考えているのは、技術面の改善だ。

「映像を見ると、うまい人に比べて氷に足を置いてから氷を押すタイミングがワンテンポ遅れている。置いた瞬間にすぐ押すことができたら効率が良くなるはずです」

 さらに、土屋がタイムを削れると考えている箇所はコーナーだ。

「コーナーを滑るときに、僕の場合は右足より左足を圧倒的に使っているんです。だから、左に偏っている感じで、終盤に左足に疲労がくる。コーナーに対して両足をまっすぐ均等に使えるようになれば、疲労が分散して最後まで力をためられると思っています」

 課題改善のため、どういう筋肉をつけていくべきか、動きや体のバランスをどう変えていくべきか。解決法を見定め、それをオフのトレーニングに落とし込んでいくのが今後の作業だ。 

■低地リンクでの勝算は?

 今年の世界距離別選手権は高地リンクでの開催だったが、最大の目標である22年北京五輪は低地リンクでのレースになる。土屋が考えるメダル争いのタイムは、今回のソルトレークシティーで出した自身のタイムよりもさらに5秒ほど速い12分40秒台である。

 そこにたどりつく前に、まずは低地リンクで12分台を出すのが当面のターゲットとなるが、これについては土屋自身、かなりの手応えをつかんでいるようだ。

 気圧の低い高地の恩恵をたっぷりと享受できる短中距離と異なり、長距離の場合は空気抵抗の少なさと心肺のきつさとの相殺になる。

「高速リンクは楽にラップが出るけれど、呼吸が辛いという別の難しさがある。今回は高地での12分台でしたが、平地でも遜色ないタイムを出せると思います」

ソルトレークシティーで滑る土屋良輔(撮影:矢内由美子)
ソルトレークシティーで滑る土屋良輔(撮影:矢内由美子)

■メンタル面での成長も感じ取っている

 世界距離別選手権で土屋が破った前の日本記録(13分10秒31)は、自身が平昌五輪で打ち立てたものだったが、その当時と今季では表情がまったく違っていた。

「2年前と比べて大きく違うのは気持ちの部分です。平昌五輪ではびびってしまい、最初の1周が遅くなり、そのままズルズルと残り24周を滑ることになった。今回は果敢に攻める気持ちが出ました。攻める気持ちや、恐れずに進むという気持ちを2年間で作り直せました」

 さらに土屋はこう言った。

「初めて世界距離別選手権に来た頃はドベ(最下位)を争っていました。今はまだ順位は高いと言えないけど、W杯でも5位になったり、良い位置まで来ている。急に伸びたりはしないけど、本当に少しずつ少しずつ伸びていっている。変に落ち込んだり諦めたりせず、北京五輪までに少しずつ差を詰めながら、2年後にしっかりメダル争いをできるように自分を高めていきたいです」

■北京五輪で男子長距離勢悲願のメダルへ

「人間メトロノーム」の異名を取る。1周29秒台と30秒台の境目は時計を見なくても分かる。状態が良いときほど、自分の感覚と実際のラップの差がないと土屋は胸を張る。

 私生活でもラップを刻むように過ごしている。専大時代、レポートをためて大変な目に遭い、それがきっかけで以後はマメに課題をこなす性分になったそうだ。

「平昌五輪までは、世界に出ても下位の方だということが自分でも分かっていました。今は戦えるようになっている。そういう自信がついています」

 日本の男子長距離陣の五輪最高成績は、02年ソルトレークシティー五輪1万mの白幡圭史の4位だ。92年アルベールビル五輪1万mの佐藤和弘の5位、94年リレハンメル五輪5千mの糸川敏彦の6位と続くがまだメダルはない。(※白幡は世界距離別男子5千mで96年銀、00年銅)

 今季は世界選手権オールラウンド部門で年下の一戸誠太郎が銅メダルを獲得し、世界距離別選手権で銀メダルだった男子チームパシュートだけでなく、単種目でも表彰台をうかがう力をつけた。

 大いに刺激を受けているであろう土屋は、この後、今シーズンに手にした自信をどこまで膨らませていけるだろうか。2年後の北京五輪に向けて、楽しみがひとつ増えた。

左から土屋良輔、中村奨太、ウィリアムソン師円。この3人と一戸誠太郎の4人が18年平昌五輪男子チームパシュートメンバーだった(撮影:矢内由美子)
左から土屋良輔、中村奨太、ウィリアムソン師円。この3人と一戸誠太郎の4人が18年平昌五輪男子チームパシュートメンバーだった(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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