令和元年東日本台風・房総半島台風など約2500件の法律相談を日弁連が分析
■約2500件の令和元年東日本台風等の相談事例を分析
日弁連が「令和元年台風無料法律相談 相談データ集計及び分析結果」(2021年2月)を公表しました。2019年(令和元年)9月から10月におきた「令和元年台風第15号(房総半島台風)」「令和元年台風第19号(東日本台風)」「令和元年10月24日から26日の大雨(台風第21号等)」をうけて、弁護士が実施した面談や電話による無料法律相談で、災害発生から2020年1月31日までに日弁連に報告された2477件を分析した報告書です。
2019年は、6月の山形県沖地震(M6.7)、8月の佐賀豪雨、9月の台風第15号、10月の台風第19号、10月24から26日の大雨(低気圧や台風第21号)など大規模災害が相次ぎました。一連の水害で直接亡くなった方だけでも140名以上になります。また、国土交通省によれば建物や施設等の被害総額は2兆1500億円と過去最大でした。
■災害時の弁護士による相談・情報提供活動
災害直後から、弁護士たちは日弁連や弁護士会と連携し、「弁護士会ニュース」発行や無料法律相談を行ってきました。これによって集められた被災者の「リーガル・ニーズ」をもとに、より効果的な支援や情報提供を行ったり、国や自治体へ制度改善(とくに災害救助法の底上げや運用改善、支援金の拡充、困窮世帯等への更なる配慮等)を訴えたりしてきたのです。では、いったいどのようなリーガル・ニーズがあったのでしょうか。日弁連は、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、長野、静岡の10都県について相談傾向を発表しましたが、本記事では「千葉県」「長野県」「福島県」について概要をご紹介します(※日弁連の報告書から転載させていただきますので縦軸の目盛りが不揃いな点はご容赦願います)。
■千葉県のリーガル・ニーズ
千葉県では、1616件の相談のうち「工作物責任・相隣関係」のカテゴリーが相談の7割以上(70.2%)を占めました。千葉県は、2019年9月9日上陸の台風第15号にはじまり、台風第19号、10月24日から26日の大雨という「三重の災害」で、死者13名(関連死含む)、全半壊家屋7千棟以上、一部損壊家屋約8万棟の被害を受けています。大都市中心部や住宅街を直撃していることから、家屋被害が膨大です。とくに台風第15号では猛烈な風が吹き荒れたことで、倒木、屋根等の飛散、電柱や塀の倒壊等が多発しました。
損害を与えてしまった(受けてしまった)場合の「損害賠償」紛争解決のリーガル・ニーズがほとんどであったことが明確になりました。これらは主に民法の一般不法行為や工作物責任に基づくものですが、賠償責任の根拠となる「過失」や「瑕疵(かし)」(家や壁等の管理上の安全性の不備や欠陥のこと)の有無の認定には様々な事情の評価が必要で、そう簡単ではありません。筆者自身も、弁護士会の電話相談、自治体との協議、テレビや新聞メディアによる解説の際には、リーガル・ニーズとして瓦礫や倒壊物による損害賠償紛争が起きている(起きそうで不安である)事例をもとに解決手法等の解説を求められることが多かったと記憶しています。
■長野県のリーガル・ニーズ
長野県では、274件の相談のうち「公的支援制度」(42.0%)と「既存の借入金」(25.9%)が高いリーガル・ニーズになっています。2019年10月12日に上陸した台風第19号により、千曲川の大洪水がおき、長野市をはじめ県広域で大規模水害となりました。死者は21名(関連死含む)。住宅被害は全半壊約3500棟、一部損壊約3500棟、床下浸水約1400棟です。洪水により「全半壊」家屋の割合が高いことが特徴だといえます。
財産と仕事(収入)に大きなダメージを受けたことで、住宅ローンなどの各種支払いの資金繰りに窮する被災者が多くなったことがグラフからも見て取れます。また、住まいを失った方にとって最大のニーズは「生活再建」です。「公的支援制度」が最大のリーガル・ニーズだったのは、罹災証明書、家屋被害認定、建物修繕、土砂撤去、災害弔慰金、被災者生活再建支援金など、被災後の生活再建を助けるお金とくらしの公的支援情報を提供する必要性が高かったことを意味しています。
■福島県のリーガル・ニーズ
福島県では、104件の相談のうち「建物の賃貸借」(22.1%)、「工作物責任・相隣関係」(17.3%)、「公的支援制度」(14.4%)のリーガル・ニーズが目立ちます。福島県は、台風第19号による被害に加え、10月25日の大雨の影響が著しく、短期間に二度の水害があった地域のなかでも特に甚大な被害を受けています。東日本大震災の津波被害や原子力発電所事故の爪痕も残る中での連続した被害だったともいえます。福島県の検証報告書によれば死者は38名(関連死含む)。住家被害は全半壊約14000棟、一部損壊約6500棟、床上浸水約1000棟となっています。
台風第19号の阿武隈川の氾濫で郡山市等の中心街に大規模浸水被害があり、夏井川の氾濫でいわき市の住宅被害も甚大でした。小泉川や宇多川の相次ぐ氾濫は相馬市の中心街に長期間にわたり甚大な被害を与えています。同市では長期断水被害も生活に深刻な支障を及ぼしました。福島県内の各河川流域で氾濫がおき、都市部に大きな影響を与えたことが「建物の賃貸借」に関する相談を押し上げたのではないかと考察できます。賃貸住宅の修繕や土砂の撤去などを巡り、契約当事者での費用負担や契約継続の是非などについて紛争が多く発生していたのです。借家比率は、郡山市で4割超、いわき市で3割超と決して低くなく、しかも中心市街地が広域被害を受けたことが影響しているように思われます。
■生活再建の知恵を防災教育で
東日本大震災から10年になります。筆者が防災や災害について学び始めたのも東日本大震災がきっかけです。法律家にいったい何ができるのかと葛藤していたときに、弁護士でも「被災後の生活再建」や「法改正と政策提言」に貢献できることに気付きました。国で政策立案に関わり、日弁連で4万件以上の相談事例を分析した経験から「災害復興法学」を興し、なかでも「被災後のお金と暮らしの再建」の知識を事前に備えることが防災教育として必要であると訴え、防災教育等を実践してきました。被災後の生活再建に役立つ制度を「知っておく」ことが最初の一歩を踏み出す「希望」になるのです。保険や共済などの事前準備を推進するインセンティブにもなるでしょう。今後とも筆者なりの専門分野を活かしながら、社会全体のレジリエンスに貢献していければと考えています。
【参考文献】
・日本弁護士連合会「令和元年無料法律相談 相談データ集計及び分析結果」(2021年2月)
・岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂2020年)
・岡本正『図書館のための災害復興法学入門:新しい防災教育と生活再建への知識』(樹村房2019年)
・岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会2014年)
・岡本正『災害復興法学Ⅱ』(慶應義塾大学出版会2018年)
Yahoo!ニュース個人のオーサー過去記事(岡本正)でこれまでの災害の分析結果をいくつか解説しています。