サウジとカタールの断交で原油相場が下げた理由
サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなど中東7カ国は6月5日、カタールとの国交を断絶すると発表した。世界最大の原油生産地帯において、新たな地政学的リスクが急浮上した格好になっている。
一般的に中東地区の地政学的環境が悪化すると、原油価格は上昇する傾向が強い。突発的な供給障害が発生するリスクから、原油価格に対してプレミアム加算が正当化されるためだ。現実の供給障害が発生しなくても、そのリスクの規模と発生確率に応じて、原油価格が上昇するのが通常の相場パターンと言える。
実際に、サウジとカタールの断交が伝わると、国際指標となるNYMEX原油先物相場は前日比0.76ドル(1.6%)高の1バレル=48.42ドルまで上昇した。金融系情報ベンダーでも、中東地区の緊張の高まりが原油価格を押し上げたとの解説が一般的だった。
しかし、こうしたサウジとカタールの断交を受けての原油高は比較的短時間で収束に向かい、同日の原油相場は一時46.86ドルまで逆に急落している。終値ベースでも前日比0.26ドル安の47.40ドルとなり、中東の地政学的リスクを受けて原油価格は急騰が回避されるのみならず、逆に下落する珍しい現象が観測されている。
背景は単純であり、現在の原油市場においては、価格上昇を見込んでいる強気派にとってさえも、地政学的リスクの高まりは歓迎すべき現象ではないためだ。もちろん原油供給に何等かの障害が発生すれば、原油価格が上昇し易いことは間違いない。カタールはペルシャ湾に位置しており、同地区周辺の地政学的環境が悪化すれば、カタール産原油のみならず、サウジアラビア、クウェート、イラク、バーレーン、イランなどの原油供給に障害が発生する可能性もある。かつてイラン情勢が緊迫化した際はペルシャ湾の出口に位置するホルムズ海峡封鎖リスクが原油価格を押し上げたが、それに近い混乱状況が発生する可能性も否定できない。
■強気派よりも弱気派が歓迎した地政学的リスク
しかし、現在の国際原油市場では、石油輸出国機構(OPEC)やロシアなどの伝統的産油国が協調減産によって需給リバランス(=供給過剰状態の解消)に取り組んでいる最中であり、これとは異なる視点も要求される。すなわち、中東産油国間の関係悪化を受けて、協調減産の枠組みそのものが崩壊してしまうリスクが警戒されている訳だ。
OPECやロシアと言った主要産油国は、今年1月から世界の総供給量の約2%を削減する協調減産に取り組んでいる。また、5月25日に開催されたOPEC総会では、その協調減産を来年3月まで延長することで合意したばかりである。米国のシェールオイル生産の急増などで積み上がった在庫を協調減産によって一掃することで、原油需給環境の正常化を通じて、原油価格の安定化を目指す努力が行われている最中である。
この協調減産に関しては、シェールオイル増産による需給緩和圧力を吸収し、在庫環境の正常化を実現できるのかは議論が交錯している。原油価格の水準によってシェールオイルの生産動向が大きく変化する可能性があることもあり、どの原油価格水準であれば需給リバランスの実現が可能なのかは、市場関係者の意見も分かれている。
ただ、少なくともOPECやロシアの産油水準を政策的に抑制し、それが世界の原油在庫取り崩しに寄与し始めているのは間違いない。各種在庫統計をみても、1月には一時的に在庫の急増が報告されたが、2月以降は再び在庫が減少に転じているとの報告が目立つ。年後半は北半球が需要期入りすることもあり、国際エネルギー機関(IEA)は在庫減少ペースが加速するとの見方を示している。サウジアラビアなどは、今回の協調減産によって在庫を正常化の基準とされる5年平均まで戻すことに自信を示している。
こうした状況下において、地政学的リスクの高まりは原油相場の上昇を見込んでいる強気派にとっても、望ましい現象ではない。普通に協調減産を実施していれば原油需給リバランスが実現する可能性があるにもかかわらず、産油国間の関係悪化で協調減産の枠組みが崩壊すれば、政策支援という「てこ」がなくなった原油相場は急落が必至になるためだ。この状況は、寧ろ原油相場の下落を見込んでいる弱気派にとって好ましい状況であり、その結果が、地政学的リスクが高まる中での原油安という珍しい現象を発生させたと考えている。
僅かな供給障害が発生するリスクよりも、協調減産の枠組みが崩れるリスクの方が注目されているのが、現在の原油相場である。今回のサウジとカタールの断交をきっかけに、これまで強い結束を見せていたOPECの協調減産体制に緩みが生じるか否かに注目したい。