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就職活動生、転職者、必見! 「求人詐欺」を規制する画期的判決

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 経団連指針に基づき、主要企業による大学4年生の採用選考活動が6月1日に解禁された。

 一斉に面接や試験が始まり、すでに多くの学生が内定を得てきているという。しかし、内定を得ても学生は安心することはできないだろう。なぜなら、「ブラック企業」は、実際の労働条件を求人情報や企業説明会では説明せず、入社時や入社後に後出しするからだ。

 実際に、私たちNPO法人POSSEに寄せられる労働相談には、そのような求人情報と実際の労働条件が異なるという「求人詐欺」のトラブルが後を絶たない。

 最も多いトラブルは、固定残業代が絡んだ賃金に関する相違である。例えば、就職活動の過程では、「基本給22万円」などと説明されていたが、実際に入社すると、「基本給18万+◯◯手当4万円」でその手当が固定残業代であるというようなものが典型である。

 このような賃金の相違に関わるトラブルは、行政への相談でも最も多い相談内容となっており、生活にも直結する大変深刻な問題だと言える。

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 今回紹介する判決は、新卒入社のエステティシャン4名が、入社後に各種手当は固定残業代であると「後出し」で主張してきたエステ企業に対して裁判を提訴し、固定残業代を無効とさせた上で、未払い残業代、約420万円の支払いを勝ち取ったという内容だ。

 今回は、この判決の解説を通じて、「求人詐欺」への実践的対処法を紹介していく。「求人詐欺」は新卒の問題に限らないが、内定シーズンだからこそ、ぜひ多くの方に参考にしてほしい。

「求人詐欺」の裁判提訴までの経緯

 今回の被告、エステサロン「PMK」は、全国30店舗を経営し、従業員数は約200名の中規模エステ企業である。被害者たちは、この会社でエステティックの施術サービス、美容に関するカウンセリングや商品販売などを行っていた。

 しかし、その労働条件には問題が多く、定時の30分〜1時間前に出勤させられていた事に加え、法律が定める60分の休憩が予約表上確保されていなかったり、仮に休憩時間が確保されているように予約表上見えても、実際は、休憩時間中に、顧客の延長対応や電話番をさせられていた。

 また、定時後にも、顧客の延長対応、掃除、片付け、締め作業などの残業が求められ、月60時間にも及んだ。

 それにもかかわらず、上記のような早出出勤、休憩未取得、残業に対して、会社は割増賃金を法律通り1分単位で計算して支払っていなかった。

 上記のような問題に耐えかね、「PMK」で働いていたエステティシャン4名が、エステ業界の労働環境改善に取り組む労働組合「エステ・ユニオン」に加入し、改善を求めて団体交渉(話し合い)を2016年の夏にスタートしていたのだ。

 交渉をしてみると、会社は、後付けで、基本給以外に支給されていた「特殊勤務手当」は23時間分、技術手当は7時間分の固定残業代であり、残業代はそこで精算済みのため、不払いはないと主張してきたという。

 冒頭でも述べたが、このような「後出し」の固定残業代の主張は、ブラック企業の典型的な手口だ。

 被害者四人は、就職活動の過程はもちろん、入社後も、それらの手当が固定残業代であるということは一切知らされていなかったが、社長は非を認めず、交渉は平行線に終わったため、2017年初旬に東京地方裁判所へ原告4名で裁判を提訴するに至った。

固定残業代の有効性をめぐる双方の主張

 まず、今回の判決を考える前提を確認しておこう。そもそも、労働契約の内容は、労働者と使用者の合意によって決まる。それゆえ、今回の裁判で争点となった「後出し」で会社が主張してきた固定残業代の有効性については、会社からの固定残業代の説明状況や、それへの合意成立の有無などが大きなポイントとなる。

 被害にあった四人は、いずれも、専門学校やインターネットで会社の求人情報を見て、「会社説明会」に参加し、内定後、内定者が参加する「入社説明会」、入社直前に行われていた「事前研修」の際にそれぞれ労働条件の説明を受け、入社している。

 しかし、彼らは、入社後含め、様々な手当が固定残業代だという説明は一切受けていなかったという。

 まず、求人については、会社は当時、給料は「基本給190,000円」という表示しかおらず、固定残業代の存在を求人に明示していなかった。原告らは、固定残業代が明示されていない求人票のコピーを控えていた(なお、会社はユニオンの指摘を受け、固定残業代を現在は求人において明示している)。

 次に、会社説明会についても、四人は会社の説明に関する詳細なメモを取っていた。そのメモには、「基本給:150,000円 特殊勤務手当:20,000円 技術手当:20,000円 合計:190,000円」と記載があり、基本給の他に特殊勤務手当、技術手当の存在が書かれてはいるが、それらの手当が固定残業代の性質を持つことや何時間分の固定残業代に当たるのかなどは一切書かれていない。

 また、内定後の入社説明会においても、彼らは詳細なメモを取っていたが、会社説明会同様、特殊勤務手当、技術手当が固定残業代であるとわかる記載はなかった。

 なお、事前研修時のメモは残っていないが、その際にも、特殊勤務手当、技術手当が固定残業代であるという説明を受けた記憶はないという。

 さらに、その後の入社時には、会社は、労働基準法に定められた労働条件を明示した書面(雇用契約書等)の交付を、新入社員へ行っていなかった。

 これらの証拠を前に、会社は、求人に固定残業代を明示していなかったことは認める一方で、そのほかの会社説明会、入社説明会、事前研修においては、特殊勤務手当は23時間分、技術手当は7時間分の固定残業代であることを口頭で説明しており、固定残業代に同意して働いていたので、有効であるという反論を展開した。

 このように、「言った言わない」の問題にもちこむのも、ブラック企業の典型的な手口である。

求人票のコピーや説明会のメモが重要証拠に

 だが今回は、求人票のコピーに加え、詳細にとられていたメモが「証拠」として裁判所に認められた。

 裁判所は、これらをもとに固定残業代を無効とし、残業した分1分単位で計算し、残業代を支払うよう会社へ命じたのである。

 さらに、裁判所は判決文の中で、仮に説明会などでの「口頭での説明」があったとしても固定残業代の有効性は疑わしいとしている。

 裁判で陳述した原告らの同期で新卒入社をした会社側証人(説明は受けていた、とする証人)の発言に触れた場面だ。「専門学校卒業後の新卒採用であった証人が、口頭による説明のみで本件固定残業代に関する規定を正確に理解することができたとは考え難く、同人の本件固定残業代に関する供述等はにわかに採用することができない」と述べている。

 つまり、固定残業代制度自体が、口頭での説明程度では、新卒で入社する社員が理解することは困難な複雑なものであり、口頭説明だけをもって労働契約の内容とすることはできないと指摘しているのだ。

就活中から証拠を集め、異なる条件が出てきたらすぐに相談を!

 今回の判決によって、求人票のコピーや企業説明会、入社説明会での詳細なメモがあれば、「求人詐欺」に対抗できると言うことがはっきりした。今、就職活動をしている学生の方や、転職中の方は、ぜひこの判決の知見を生かしてほしい。

 就職活動をする過程で、自身が見た求人票や、説明会でのメモ、録音等の証拠を残しておくことで、それを根拠に、後出しで会社が条件を出してきたとしても、それを無効化させ、求人詐欺の被害を免れることができるのだ。

 さらに、後出しで異なる条件が出てきたら同意しないなどの「テクニック」も大事になる。事前に証拠を集めておいた上で、問題が起きたらすぐに外部の専門家に相談することをお勧めする。

 今回、原告らが裁判を闘えているのも、かれらが「求人詐欺」を社会問題化してきた専門的なNPOやユニオン、そして弁護団に結びついたことが大きいのだ。

(尚、残念ながら本件については、会社は控訴をしたようだが、高裁判決の結果が待たれる)。

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ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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