「丸刈りを見るとぞっとする」文部大臣の発言が30年前、大きな波紋を呼んだ
兵庫県西宮市で開催されている全国高校野球選手権大会で「非丸刈り」が話題となっている。慶応や土浦日大、花巻東など、選手の髪型が「丸刈りでない」チームの活躍が目立っているからだ。
丸刈りといえば、30年前の今ごろ、現職大臣の発言が大きな反響を呼んだ。
「丸刈りを見るとぞっとする」
赤松良子・文部大臣が1993年9月、記者会見でこう発言したのだ。
発言はその後、「不適切だった」として撤回されたが、社会に大きな影響を与えた。
それまでは男子生徒に丸刈りを強制していた公立中学校が、相次いで校則を変更した。高校野球でも丸刈りをやめるチームが増えた。
30年前、なぜ文部大臣は、丸刈りを否定する発言をしたのか。当時の新聞記事をもとに振り返ってみる。
記者会見で飛び出した「丸刈り」発言
<「丸刈り見るとぞっとする」 赤松文相が間接的に柔軟対応求める>
1993年9月3日、朝日新聞(東京本社版)の夕刊にこんな見出しの記事が載った。本文にはこう書かれている。
<赤松良子文相は三日、閣議後の記者会見で、校則で丸刈りを強制していることについて、「私個人は丸刈りを見るとぞっとする。戦争中、兵隊さんが丸刈りにしていたのを思い出すからだ」と述べた。さらに「学校は、時代とか社会の趨勢(すうせい)を考慮に入れて校則を見直すべきだ」とし、間接的な表現ながら丸刈りを校則にしている学校側に柔軟な対応を求めた>
なぜ、こんな発言をしたのか。
記事によると、近畿地方の中学生グループから2日前、大臣にあてて「丸刈りの即時停止と体罰の厳禁」を求める訴えが届いたという。
当時は、公立中学校の厳しい校則が問題となっていて、一部の中学生が教育行政のトップに「直訴」した。それに赤松大臣が応じたという格好だ。
同じ日の毎日新聞(東京本社版)の夕刊にも、同様の記事が掲載された。朝日新聞とは少し違う表現で、次のように伝えている。
<赤松良子文相は三日、閣議後の記者会見で、近畿の中学生グループ「Junior High School Community(学校に不満を持っている中学生の会)」から送られた「丸刈りの即時停止と体罰の厳禁」を訴える要望書について、「丸刈りは個人的には戦争中の兵隊を思い出し、ぞっとする」と中学生らに共感を示した>
「現場の厳しさがわかっていない」と反発する教師
赤松文部大臣の「丸刈り」発言は、教育現場に波紋をもたらした。
約1週間後、9月11日の朝日新聞(東京本社版)朝刊は、<生徒の期待と教師の反発と 赤松文相の「丸刈り」発言>という記事を家庭面に掲載した。約1600字。新聞としては長文のレポート記事だ。
<中学生が「丸刈りがなくなるきっかけになれば」と期待する一方で、教師からは「現場の厳しさがわかっていない」と反発する声もあり、反応は様々だ>
このように記し、教育現場の複雑な反応を伝えている。
記事によると、赤松発言に共感を示す校長がいる一方で、ある学校の教頭は次のように発言して、丸刈りの必要性を訴えたという。
「生徒と毎日向きあっている現場の厳しさをわかっていない。無責任だ」「今の子どもは少子化で自由きままに育っている。家庭でも地域でもブレーキをかける人がいない分、しつけの負担が学校にかかっている」
「スポーツ少年たちが傷ついている」
「丸刈り」発言は国会にも飛び火した。
問題の発言から2カ月半がたった11月19日、衆議院の文教委員会で、赤松大臣が追及を受けたのだ。翌日の読売新聞(東京本社版)の朝刊はこう記している。
<田野瀬良太郎委員(自民)が「野球や柔道など丸刈りが多いスポーツ少年たちが傷ついている」と迫ったのに対し、文相は「召集令状で、丸刈りにされた肉親が戦争に行って死んでいった。そんな気持ちがあって申し上げた。(現在の)丸刈りをとやかく言うつもりはない」とし、陳謝した>
このように批判を受けた赤松大臣は、発言を事実上撤回した。
校則の見直しを後押しした「丸刈り」発言
しかし、赤松大臣の発言は「丸刈り校則」の見直しを促す効果をもたらした。
<公立中学校で丸刈り1割が撤廃 赤松文相発言受け、校則見直し、急速に>
12月29日の毎日新聞(大阪本社版)の朝刊1面に、こんな見出しの記事が掲載された。記事は「丸刈り校則」の見直しについて、次のように報じている。
<丸刈り校則の論議が続くなか、毎日新聞社は今月中旬、全国約一万二百校の公立中学校を対象に二回目の丸刈り校則全国調査を実施。今年九月の前回調査からわずか三カ月で、丸刈りを実施していた約二千四百七十校のうち、約一割がすでに校則を撤廃、約二割が来春までに撤廃、または見直しを検討していることが二十八日明らかになった>
このような「校則の見直し」が進んだ背景について、毎日新聞は、<生徒や父母の粘り強い運動に加えて、今年九月、「丸刈りはぞっとする」とした赤松良子文相の発言が大きな影響を及ぼしていることも改めて浮き上がった>と記している。
高校野球でも「非丸刈り」が広がった
ここまで見てきたように、赤松大臣の「丸刈り」発言は、公立中学校の校則に関して述べられたもので、高校野球とは直接関係がない。
だが、丸刈りが当たり前とされてきた高校野球の現場にも、間接的な影響を与えたようだ。
発言の翌年、1994年8月13日の朝日新聞(大阪本社版)の夕刊に、<「長髪」球児増える 代表49校中15校>という記事が載ったのだ。
そこでは、甲子園の出場校すべての「髪型」を一覧表で紹介。具体例の一つとして、神奈川県の強豪・横浜高校のケースを紹介している。
<四月からスポーツ刈りを認めるようになった横浜(神奈川)の場合、渡辺元監督(四九)が、メンバー集めに苦労する少年野球の関係者から「強豪校が率先して髪の自由化をすることで、子供たちの人気をサッカーから取り戻して欲しい」と頼み込まれたことがきっかけという>
「長髪でも丸刈りでもいいじゃないか」
同じ年の8月1日、朝日新聞(西部本社版)の夕刊に、かつて高校球児だったという記者のコラムが掲載された。
大分支局の植木幹支局長が執筆した記事で、タイトルは<長髪球児>。なかなか興味深い内容なので、最後にその一部を紹介したい。
<(前略)大分大会の期間中、連日球場に通って久しぶりにじっくり試合を見たが、「異変」を感じた。長髪球児の多さだ。
大分大会には五十二校が参加したが、調べてみると、長髪校は二十四校もあった。「十年前には考えられなかったこと」と県高野連の先生たちは口をそろえる。
(中略)各チームに感じたことは、「思い切りの良さ」である。丸刈り校の選手が必要以上にベンチを気にするのに対し、初球からでも力いっぱいバットを振っていた。三振しても元気がいい。
三十年前、球児だったせいか、ずーっと、丸刈り支持派だった。特に女性記者の「なぜ、高校野球は丸刈りなのか」という記事は、実は冷ややかに見ていた。「理屈じゃないんだ」
が、この夏が終わって、考え方を変えた。長髪でも丸刈りでもいいじゃないか。伸び伸びプレーするのが一番だ>