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「戦術で負けた」なでしこジャパンに今必要な戦術

小澤一郎サッカージャーナリスト
オーストラリアの厳しいマークにあうなでしこジャパンのDF有吉佐織(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

リオ五輪の出場権2枠をかけて大阪で開催されている女子サッカーのアジア最終予選でなでしこジャパンが苦しんでいる。オーストラリア、韓国との2戦を終えての勝ち点は「1」(1敗1分け)。早くも窮地に立たされたなでしこジャパンの周囲では「世代交代の失敗」や「澤ロス」といった悲観的な言葉が飛び交う。

確かに今晩(3月4日)の中国戦以降の3試合に全勝しても出場権を獲れない可能性はあるが、まだ大会が折り返し地点にも来ていない段階で戦犯や粗(あら)探し、今いないメンバーの名前を挙げる「たら・れば」論はチームの足を引っ張るだけではないか。

そこで今回は、スペインのバルセロナでサッカー指導者として活躍する坪井健太郎氏(UEコルネジャ・ユースB第2監督)になでしこジャパンの1、2戦を分析してもらい、残りの中国(4日)、ベトナム(7日)、北朝鮮(9日)との3試合に全勝するために「今必要なこと」について聞いた。前編となる今回は、戦術をテーマに話しを聞いた。

■洗練されたオーストラリアに「戦術負け」

まずオーストラリアと韓国との2試合を見て坪井氏が感じたのは、「オーストラリアの洗練されたサッカーと高い戦術レベル」だという。「なでしこジャパンの1、2戦を見ると、対戦相手が全く別のレベルにありました。オーストラリアのサッカーはしっかりとした戦術の狙いがあって、グループでプレッシングをかけることができていました。攻守の切り替えも早く、守備では素早くボール保持者を囲い込み、逆にボールを奪った時には狭い局面でもワンタッチ、ツータッチのコンビネーションで日本のプレッシングをはがしていました。サッカーの4つのサイクル([攻撃]、[攻→守への切り替え]、[守備]、[守→攻への切り替え])がしっかりと見えましたし、局面毎のインテンシティの出方は欧州や男子のサッカーに近い印象を受けました」

だからこそ、初戦は「オーストラリアの戦術勝ち」、つまり「なでしは戦術で負けた」と坪井氏は続ける。「オーストラリアの戦いからはしっかりとした分析と準備が感じられ、なでしこジャパンがボールを持てるチームだからこそ、『ボールを持たせない』ことを目的に戦術を練ってきました。オーストラリアはなでしこの両サイドバック(有吉佐織、鮫島彩)に対しても高い位置からプレスをかけて時に前線を4枚にした2-4-4のようなシステムで圧力をかけてきました。それに対してなでしこの選手がポジション修正すること、相手の選手間やライン間に顔を出してサポートする動きがなかったので、初戦のなでしこにはほとんどパスコースがなく、攻撃プロセスにおける[ボール保持]からすでに崩壊していましたので[前進]や[フィニッシュ]まで到達できていませんでした」

■ポイントは「サイドバックの高いポジション」

第2戦の相手である韓国について坪井氏は「“待つ”ディフェンスをしてきて中盤でブロックを作ってきました。4-1-4-1のシステムでしたが、ゾーンディフェンスにおけるサイドハーフ(SH)とサイドバック(SB)の縦のマークの受け渡しがなく、SHが日本の両SB(近賀ゆかり、有吉)についていき、DFラインが6枚になるようなシーンも何度かありました」と説明する。その上で、「おそらく、今のアジアではオーストラリアが頭一つ抜け出ているので、この先の対戦相手も『対なでしこジャパン』として韓国のような“待つ”守り方をしてくるでしょう」と話す。

とはいえ、引いてブロックを作る韓国の守備を崩せなかったのも事実。その点について坪井氏は、戦術的に「サイドの選手、特にサイドバックが高いポジションを取ることがポイント」と語る。「韓国戦の後半最初のプレーで有吉がすごく高い位置を取り、左サイドでボールを受けたシーンがありました。SBが高い位置を取ると相手のサイドハーフ(ウイング)はポジショニングに迷います。下がりすぎるとサイドバックと重なりますが、かといってゾーンディフェンスにおける縦のマークの受け渡しをスムーズにできませんから、そこで相手に混乱を発生させることでサイドを起点にしてボールを前進させたいところです」

■センターバックの前のスペースをチームとして「狙える」か

また、SBが高い位置を取ることでセンターバック(CB)の前にスペースができる。坪井氏は「そのスペースをチームとして狙って使っていくことが重要で、韓国戦ではここを上手く使えていなかった」と話す。確かに左SBの有吉が高い位置を取って左CB熊谷紗希がボールを持った際、運ぶドリブルで敵陣に侵入することが数回あったがチームとしての狙いとまではなっていなかったので韓国のプレスの誘導通り、有吉の足元への横パスを選択して受け手が苦しい状況に追い込まれるビルドアップとなっていた。

最後に坪井氏は、「オーストラリアの進化、なでしこジャパンの戦術レベルを冷静に分析すると現状では厳しいですし、欧州女子サッカーの進化も目の当たりにしているので今や世界トップに君臨していたなでしこジャパンの立場は逆転された感があります。でも今はアジア予選なのでこの5試合でチームとしての形を作り、なでしこジャパンの進化を見せてもらいたいと思います。選手層としては厚く、メンバー間のレベル差も感じないので残り3試合に全勝する力は十分あると思います」と締めくくった。

後編記事:3連勝を目指すなでしこジャパンの”キープレーヤー”はこの3選手

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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