勝利への執念が生んだ京川舞の決勝ゴール。浦和とINACの一戦は、混戦の上位争いを象徴する接戦に(1)
張り詰めた緊張感の中で勝敗を決めたのは、後半アディショナルタイム直前の、一つのゴールだった。
5月28日(日)に行われた、なでしこリーグ第10節で、浦和レッズレディース(以下:浦和)はホームの浦和駒場スタジアムにINAC神戸レオネッサ(以下:INAC)を迎えた。前節で、全チームが9試合を終えて、リーグ戦、全18試合のちょうど半分を折り返した。
第9節を終えて、INACは勝ち点17で3位、浦和は勝ち点16で5位につけていたが、前日の試合で勝ち点17のAC長野パルセイロ・レディースとマイナビベガルタ仙台レディースが引き分けていたため、浦和かINACのいずれかがこの試合に勝てば、2位に浮上する。
特に、浦和にとってこの試合は「絶対に勝ちたかった」(石原孝尚監督/浦和)試合だった。
浦和がリーグ戦でINACに最後に勝ったのは、2014年の開幕戦(3月30日)である。今シーズンも、アウェイで対戦した第3節は0-2でINACに完敗した。
しかし、浦和は直近の5試合をすべて無失点で乗り切り、4連勝と波に乗ってこの試合に臨んでいた。INACに勝って2位に浮上し、首位の日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)に肉薄して逆転優勝を狙うーー浦和にとっては是が非でも勝ちたい一戦だった。
しかし、それは4年ぶりのリーグタイトル奪還に燃えるINACにとっても同じことである。
晴れわたった浦和駒場スタジアムのスタンドには、試合前から熱気が満ち溢れていた。
【光った両チームの堅守】
試合は前半から、両チームが高い位置で激しくプレッシャーを掛け合い、攻守がめまぐるしく入れ替わった。
浦和はディフェンスラインからピッチを広く使ってボールを回しながら、攻撃の機会をうかがった。ダブルボランチのMF筏井りさとMF猶本光を中心に、中盤とディフェンスラインの距離感は安定しており、GK池田咲紀子も、積極的にビルドアップに参加。11人目のフィールドプレーヤーのごとく、滞空時間の少ない、正確なキックでサイドチェンジをし、攻撃の起点になった。
しかし、最終ラインが高い位置を保ってコンパクトに守るINACに対し、浦和は中盤から2トップのFW菅澤優衣香とFW吉良知夏に効果的な縦パスやロングボールが入らず、シュートまでの形が作れない。
石原監督は、その理由を次のように振り返った。
「ボールを動かしながら背後を取ろう、という話はしていたのですが、INACが相手ということで、慎重になりました。前節のアルビレックス新潟レディース戦は前に急ぎすぎていたので、INAC相手にボールを失いたくない思いもあり、(背後のスペースを)狙いにくかったです」(石原監督/浦和)
INACはボールを奪うと、攻撃では、ボランチのMF中島依美と福田ゆい、左サイドハーフのMF京川舞、右サイドハーフの杉田妃和の4人が流動的にポジションを入れ替えながら、ショートパスを多用してリズムを作った。しかし、浦和のペナルティエリアの手前まではボールを運べるものの、そこから先の崩しのアイデアに乏しく、浦和のプレッシャーに対してパスミスも目立った。
松田岳夫監督は、攻撃のスイッチが入らなかった理由を次のように振り返った。
「(1-0で勝利した)前節(ベレーザ戦)は、縦に早すぎた部分はありましたけれど、前へのボールが入った後に良いサポートができて、ゴールに向かう姿勢を感じました。しかし、今回はフォワードにボールが入らず、サポートも遅く、(選手同士の)距離感が遠かったです」(松田監督/INAC)
INACの攻撃がスムーズにいかなかったのは、守備にも原因がある。
相手のボールホルダーに対して複数でプレッシャーをかけて奪い、素早い切り替えから攻撃に転じるーーその狙いが、前節のベレーザ戦のようにはうまく機能していなかった。左サイドバックの鮫島彩は、その理由について次のように話した。
「ベレーザは、同じサイドで崩して出口を見つけて抜ける術を持っているチームですが、(浦和)レッズはシンプルにサイドチェンジをして来るので、サイドに追いやろうとしたところでサイドを変えられてしまい、(守備面で左右に)スライドをするための運動量が、ベレーザ戦よりも増えました。その点で、(守備の)ストレスが増えた印象があります」(鮫島/INAC)
拮抗した展開が続く中、INACが決定的なチャンスを迎えたのは前半24分。
FW大野忍が右サイドからドリブルで仕掛け、ペナルティエリアの手前にいたFW増矢理花にグラウンダーの強いパスを通した。増矢はすぐに囲まれ、ダイレクトで前方のスペースに落としたボールはパスミスになり、浦和の筏井がカット。しかし、京川と大野が2人でプレッシャーをかけて即座にボールを奪い返すと、ゴールエリアで相手の裏を取った京川が、大野のパスを受けて、ファーサイドを狙って右足を振った。
鋭いグラウンダーのシュートは、ニアサイドのコースをケアしていた浦和のGK池田の右手によって弾かれたが、その直後、ボールはゴール中央に転がり、ファーサイドにいたINACの中島がシュートできる絶好のチャンスが訪れた。しかし、ここは浦和のDF栗島朱里がすかさず足を伸ばし、間一髪クリア。
照りつける日差しの中、29分に給水タイムが設けられ、プレー再開後の30分に、INACはまたも好機を得た。自陣左サイドにいた中島が、右サイドの裏のスペースにタイミングよく走り込んだDF高瀬愛実にピンポイントのパスを送った。高瀬は右足で丁寧なトラップを見せると、右足を一閃。しかし、シュートはバーを越えた。
一方、浦和は32分、INAC陣内の右サイドのスローインをペナルティエリア内右隅で受けたFW菅澤が、相手DF2人を背負いながらも力強いターンからボレーシュート。シュートはファーサイド、ゴール左上の絶妙のコースに飛んだが、GK武仲麗依が上半身を反らし、パンチングではじき出すファインプレーを見せた。
その後は両チームともに決定的な形がないまま、0-0で前半を終えた。
【勝利への執念が生んだ京川のゴール】
後半に入り、両チームとも、積極的に相手ゴールに迫ったが、ミスが目立ち、決め手を欠いたまま、試合はいよいよ終盤戦に突入した。
そして、この試合で最大の山場は、後半アディショナルタイムを目前に控えた90分に訪れた。
この場面で、INACの攻撃の起点となったのは、トップの大野に代わって54分に投入されていたFW道上彩花と、同じくトップの増矢に代わって78分に投入されていたMF仲田歩夢の2人だ。
右CKから素早いリスタートを見せたINACは、ショートコーナーから仲田がゴール前に低い弾道の絶妙のクロスを入れると、道上が競り勝ってヘディングで合わせた。GK池田が反応して顔の前で弾いたが、手元から落ちたボールが混戦の中でゴール前にこぼれると、京川が左足を思い切りよく振り抜き、豪快なシュートがゴールネットを揺らした。
「みんなが点を獲りたいという気持ちで突っ込んだ結果、こぼれて来たボールを決めることができました。チームとして、勝ちたいという気持ちが相手よりも上回ったゴールだったと思います」(京川/INAC)
5試合連続無失点を継続し、攻守にわたって安定したプレーを見せていた浦和のGK池田だったが、最後の最後で失点を許した。
池田は失点の場面を次のように振り返った。
「(0-0で)勝ちたいという気持ちがあったので、(INACの)コーナーの前には(自分たちの)攻撃のことを考えていましたが、まずはしっかりゴールを守ることを優先すべきだったと思います。サッカーの試合では、立ち上がりや前半の終了間際、後半の初めの時間帯など、特に失点に気をつけなければいけない時間帯がいくつかあるのですが、私はゴールキーパーなので、90分間トータルで失点してはいけないポジションです。あの一瞬で、勝ちにいくのかしっかり守りきるのかという、その判断が大切でした」(池田/浦和)
アディショナルタイムの3分間で浦和は同点ゴールを狙いに行ったが、INACも最後まで集中を切らすことなく、試合はそのまま終了。
この接戦を制し、勝ち点3を積み上げたINACが単独2位に浮上。浦和は勝ち点16で、順位も変わらず5位で、リーグ戦の中断期間に入った。
【公式記録に現れなかった課題】
試合後に配られた公式データによると、両チームのシュート本数は、INACが「14」、浦和が「4」。
この数字を見る限り、INACが90分間を通して試合を優勢に進めたようにイメージされるが、実際はそうではない。枠を捉えたシュートは少なく、狙い通りに崩せた場面はほとんどなかった。それは、松田監督の言葉にも明らかだった。
「まったく、そういう(シュート数で圧倒した)イメージの試合ではありませんでした。逆に、うちが守備をしている時間が長くて、走らされて、攻撃のスイッチが入らない。そういう試合内容でした」(松田監督/INAC)
勝利を収めながらも、攻守にわたって課題が多く見えた試合だったが、たしかな収穫もあった。
前節のベレーザ戦に続き、京川は2試合連続で勝利の立役者となった。
「大事なゲームで京川が点を獲れたことはチームとして大きいですね。彼女は大事な試合で点を獲るタイプなので、それが結果に出たことは、獲るべき人が獲ったという点でポジティブなことだと思います」(鮫島/INAC)
守備においては、ベレーザ、浦和戦と2試合連続で無失点に抑えたことは大きい。この試合では浦和の2トップの菅澤と吉良を狙った縦パスに対し、センターバックのDF三宅史織とDF守屋都弥が、絶えず相手の前でインターセプトできていた。さらに、FWを本職とする高瀬が前節のベレーザ戦に続いて右サイドバックでプレーし、守備の安定に貢献。
ベレーザ戦に続き、急造の最終ラインを落ち着いて牽引した三宅の頼もしいリーダーシップも光った。苦しい試合でも、勝利という結果が若い選手たちに与えている自信は大きい。
INACは来週、6月4日(日)にアウェイの鴻巣市陸上競技場で、カップ戦でちふれASエルフェン埼玉と対戦する。
【リベンジの機会はすぐにやってくる】
浦和は、ショートパスをつなぐINACに対し、同じようにつなぐことで互角に戦える組織力を示したが、それだけに、相手にとって最も脅威となる菅澤のポストプレーや動き出しを活かせなかったことは悔やまれる。
ボールを持つ時間が長くても、背後を狙う意識が希薄になれば、相手にとっては怖さが半減してしまう。
しかし、リベンジの機会はすぐにやってくる。
浦和は来週、カップ戦の試合がなく、次の試合は6月11日(日)にアウェイの沖縄県総合運動公園陸上競技場で、対戦相手は再びINAC。
また、6月からは、ドイツで7年半プレーしたFW安藤梢がいよいよ浦和に復帰する。
「経験のある安藤が入って、得点も期待できますし、吉良(千夏)、菅澤(優衣香)、清家(貴子)、白木(星)といった選手たちとの競争になると思います。今は4-4-2で戦っていますが、もう少し前の選手たちが試合に出られるようなフォーメーションにもチャレンジしたいと思っています」(石原監督/浦和)
なでしこジャパンのワールドカップ優勝をはじめ、ロンドン五輪での銀メダル、そして、UEFA女子チャンピオンズリーグ優勝など、代表チームやクラブチームで、数多くの経験を積んだベテランの復帰が、浦和にどのような好影響を与えるのか、注目だ。