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【体操】萱和磨 内村航平以来の18演技で得た収穫と課題

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
世界体操選手権の個人総合でトレードマークのガッツポーズを見せる萱和磨(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 萱和磨がまたしても持てる力の10割を発揮した。ドイツ・シュツットガルトで開催中の世界体操選手権は10月11日に男子個人総合決勝を行い、予選4位の萱和磨が合計85・899点で6位になった。

 優勝は昨年銅メダルのニキータ・ナゴルニー(88・772点)、2位は昨年金メダルのアルトゥール・ダラロヤン(87・165点)で、団体金メダルのロシア勢がワンツーフィニッシュ。3位には16年リオデジャネイロ五輪で内村に続く2位だったウクライナのオレグ・ベルニャエフ(86・973点)が入った。

■最後までメダル争いを演じた

 6位という結果は昨年と同じだが、内容には確かな前進が見られた。今年の萱は、最後まで銅メダル争いの一角にいた。

 3位との差は昨年の1・566点から今年は1・074点へと縮まった。

「1班で回って、終始戦えていると感じていました。昨年より点数も上がったし、僕の体操が評価されているなとも感じました。昨年よりはるかに戦えていたと思う」

 言葉に充実感を溢れさせたように、堂々たる演技だった。

 15年、18年に続いて3度目の個人総合決勝進出となった萱だが、15年は予選8位、18年は予選10位でいずれも決勝は第2班での演技だった。上位6人で構成される第1班での演技は初めてである。

 この日はまず、最初のゆかに2番手として登場。持ち味である安定感を発揮して予選とほぼ同じ14・300点をマークし、好スタートを切った。ゆかを得意とするロシア勢と比べると豪快さではかなわないが、減点を最小限に抑える丁寧な実施で、全体の6番目の点数だった。

 その後の2つの種目(あん馬、つり輪)は必死の強化が実って、1班の6人の中で最も高いDスコアの演技構成。2種目めのあん馬(D6・4)で予選を上回る14・556点を出して大きなガッツポーズが飛び出すと、3種目めのつり輪(D6・1)は降り技の伸身ルドルフまできっちりこなして全体の3位となる14・300点を出した。

 4種目めの跳馬だけは上位勢と比べて難度的に物足りない「ドリッグス」だったが、ここでは着地がやや乱れて14・100点。だが、高得点を期待できるようになりつつある平行棒では会心の演技を見せて15・000点をもらった。17年に現行の採点ルールになってから萱が世界選手権の舞台で15点台を出したのは、6種目を通じて初めてのことだった。

 そして、最終種目の鉄棒。5種目を終了した時点でメダル争いに一縷の望みをつないでいた萱は、不安のあったE難度の手放し技「ヤマワキひねり」を抜くことも視野に入れたが、齋藤良宏コーチと相談してチャレンジすることを決断する。得点は13・733点にとどまったが、緊張する場面であえて守りに入らずに攻めの構成を貫いたことは、来年の東京五輪を見据えるうえで大きな収穫だ。

「最後の鉄棒は何かへんな空気があったが、それに負けずにやりきれたのが良かった。不安だった技を抜こうかなとも思ったけど、ここで逃げたらダメだなと思ってやった。ああいう場面でできたことに自分でも成長を感じる」(萱)

選手入場時に大画面で紹介される(撮影:矢内由美子)
選手入場時に大画面で紹介される(撮影:矢内由美子)

■「日本のエースは3日間、6種目を行う」

 清々しい表情を浮かべる萱には、個人総合でメダル争いへの手応えを感じたことと並ぶ、もうひとつの収穫がある。団体総合予選、団体決勝、個人総合で合計18演技を行ったことだ。3日間とも6種目すべてに出るのは、日本ではかつての内村以来であり、いわばエースの勲章だ。

 中でも、演技をした3人の得点がすべて順位に反映される団体決勝は、肉体的にも精神的にも負担が非常に大きい。22歳と年齢的にまだ若く、普段からエネルギッシュな萱でさえ、今回ばかりはかなりの疲労を感じたという。

 しかし、萱はキリッと前を向いて個人総合決勝に臨んだ。

「日本のエースは3日間、6種目を行っている。これから日本を引っ張っていこうと考えているなら、ここでミスはできないと思った」

 それほどの覚悟があった。

参考記事

“ミスター・ノーミス” 萱和磨。金メダルを知るオンリーワン

■齋藤コーチ「萱はストイック」

 大会3度目の「6種目」を乗り切るため、個人総合の前夜には炭水化物であるパスタを大量に食べたという。宿舎で同部屋の橋本大輝と2人で食べた量は栄養管理のスタッフに驚かれるほど。どうやら食べ過ぎたようで、朝起きたときには腹の調子が悪かったというが、胃薬を飲んで解消した。「僕らの部屋は『大食い部屋』と言われているんです。試合に影響しなくて良かった」と苦笑いした。

「団体決勝が終わってからやったのは、トレーナーさんにケアしてもらって、いっぱい食べて、10時間寝るという当たり前のこと。それで超回復しました」

 萱自信は笑いを交えてそう言うが、齋藤コーチの目には「練習にはいつも一番に来るし、寝る時間、食事の時間はいつも同じ。体操のためにすべてを徹底して行うストイックな選手。周りにも見習ってもらいたい」として映っている。

 そして今回、萱は1班でバリバリの優勝候補たちと一緒に回って感じたことがある。難度で劣っている跳馬で追いつくことができれば、十分にメダル争いをできるということだ。そのためにも、現在の「ドリッグス」から「ロペス」へと難度を上げたいと考えている。

「苦手なところを地道に泥臭くやってきたことが形や点数に表れている。これまで苦手種目をなくしてきたので、あとは跳馬の『ロペス』をやらなければ。今回は跳馬で離されたが、それを埋めればメダルも見えてくる」

 漠然とした目標だった「メダル」への現実的な道のりが、萱の目の前に広がった。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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