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水球日本代表が新たな歴史を刻む 世界選手権9位獲得までの道のり(後編)

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真:アフロ)

 1勝2敗でグループリーグ3位で勝ち抜けた日本は、決勝リーグ進出を懸けたCrossover Gamesへと回る。そこでの対戦相手はモンテネグロに決まった。

 日本はこのCrossover Gamesとどうも相性が悪い。2011年はドイツ、2017年はギリシャ、2019年はスペインと強豪ばかり。そして今回もモンテネグロである。

 モンテネグロは東京五輪でこそ8位だったが、水球の世界四大大会(五輪・ワールドカップ・ワールドリーグ・世界選手権)のひとつであるFINAワールドリーグスーパーファイナルの2021年の覇者である。体格もずば抜けて大きく、パワーもある。ハンガリーのように、ヨーロッパ勢のなかでもパワーよりもどちらかというとスピードとテクニックに注力するチームもあるが、モンテネグロはまさにパワーのチーム。力で対抗しても負けは目に見えている。

 そんなパワフルなモンテネグロを相手に、第1クオーターで2点リードを奪われながらも、日本は第2クオーターから反撃開始。センターの荒木健太のゴールを皮切りに、髙田充、大川慶悟、足立聖弥と4連続得点で一気に逆転。すぐに同点とされるが、モンテネグロの退水ファウルから稲場悠介が力で押し切るゴールで1点リードで前半を終える。

 第3クオーターはシーソーゲームで8対8。勝負は第4クオーターに持ち越された。開始2分が過ぎるころ。ここがターニングポイントだった。稲場がシュートを外して攻守が入れ替わるところまでは何ともなかったが、鈴木透生がシュートに絡んでいないところでエクスクルージョンファウルを受ける。一瞬ではあったが、”ん?”と会場全体が不思議な雰囲気になったところで、モンテネグロがタイムアウト。

 この一瞬の空白は説明が難しいのだが、日本に傾いていた試合の流れがスパッと切れてしまう嫌な雰囲気を醸し出していた。

 そんな嫌な胸騒ぎは当たるもので、このタイムアウト後に得点を奪われて1点差。その2分後に髙田充が退水を受けたことで巡ってきたチャンスをモンテネグロは逃さず追加点。残り3分で2点のリードを奪う。

 そうすると、もうモンテネグロは攻めてこない。なかなか日本にチャンスが巡ってこないなか、荒井陸がほんのわずかな隙を突いて1点を返すが、ここまで。9対10で敗れてしまった。

「悔しい試合でした。チャンスもたくさんありましたが、1点の壁は大きかったと感じています。ただ、五輪後に新しい取り組みも行ってきて、それが形になり始めているし、非常に層も厚くなっている。確実に日本は強くなっていることを実感できる試合でした」(塩田義法ヘッドコーチ)

 モンテネグロに負けはしたが、1点差。今まではどこまでやれるかチャレンジする、という雰囲気であった。もちろん今までの試合も勝ちに行っていたが、今年の選手たちは確実にモンテネグロをはじめとする欧米相手に勝ちを『奪う』という、攻撃的な意志すら感じられた。

 このモンテネグロ戦で稲場は徹底的にマークされ押さえ込まれていた。フラストレーションが溜まる試合だっただろう。その悔しさと怒りを隠そうともしない姿に、言葉は悪いが『ぶっ倒してやる』という強い決意にも似た意志が伝わってきた。

 そんなチームが、負けを知ることで成長しないはずがない。

 続くオーストラリア戦。オーストラリアも長く戦い続けてきている相手のひとつだ。ワールドリーグスーパーファイナルの予選でもあるインターコンチネンタルカップで幾度となく対戦し、あと一歩及ばない試合が続いていた相手。

 第1クオーターこそ緩やかな立ち上がりだったが、第2、第3クオーターで日本は5得点ずつ奪い、一挙10得点を挙げる。第4クオーターになっても攻撃の手は緩めずさらに加点し、結局15対7のダブルスコアで勝利を収めた。

 そして最終9−10位決定戦となるジョージアとの対戦。第1クオーターで3点のリードを奪われてしまうが、第2クオーターで大爆発。一挙7得点を挙げて逆転。第3クオーターはそれぞれ2得点ずつ加えて点差は変わらず日本の1点リード。ただ、ジョージアに残り4秒という終了間際に1点を入れられたのは不気味であった。過去にもこういうクオーター終了間際の得点が重たくのしかかった試合は多々あったからだ。

 その悪い流れと予感が的中するか、第4クオーターに入ってすぐジョージアが同点とする。しかし、今年は違う。すぐさま稲場が、オーストラリア戦で第2クオーターに早々に永久退水となった鬱憤を晴らすかのようなパワー溢れるシュートで追加点を挙げる。ジョージアも負けじと返すが、さらにまた稲場が点を奪い追随を許さない。そして渡邉太陽が点差を広げるゴールを奪うと、最後は19歳の若手荻原大地が16点目を挙げて勝負あり。最後、ジョージアが1点を返すも届かず、16対15で勝利を収めた。

 喜びを爆発させる選手たち。その影で、守護神としてチームを牽引し続けてきた棚村克行の目には涙が浮かんでいた。

写真:ロイター/アフロ

 今まで1点差に泣くことが多かった日本。今大会は逆に1点差で笑うことができた試合が増えた。当たり前だが、1点リードされると連続で得点を奪わなければならない。この連続得点をいかに増やすかが水球の勝負のポイントでもあるが、今大会はこの連続得点を挙げる場面が多く見られた。

 そして、なぜ連続得点を挙げられたかを見てみると、全員がまんべんなく得点を挙げていることに気がつく。

 今まではどうしてもポイントとなる選手が得点を挙げる場面が多かった。竹井昂司、志水祐介に始まり、足立聖弥、荒井陸、そして稲場悠介。特に、今回のドイツ戦で16本のシュートを打ち、5得点を挙げた稲場は、このあとの試合でずっと厳しいマークにつかれていた。

 今までであれば、ここで一気に得点力が落ちてしまうところだ。しかし、足立、荒井はもとより、今大会で「いちばんの成長株と言っても良い」と塩田ヘッドコーチが評価する髙田、さらにはオーストラリア戦でPlayer of Gameの栄誉を得た伊達清武、シュートセンスはずば抜けていると方々から聞かされていた渡邉太陽も今大会大いに活躍を見せた。

 安心感抜群の司令塔である大川も攻守に活躍を見せ、荒木の存在感が外側へのマークを緩めることにもつながった。まだまだセンターで勝負ができるとは言えないが、それでも荒木はヨーロッパリーグで戦い続ける猛者でもある。その存在感は大きい。

 そして何より、福島丈貴の成長は見逃せない。棚村の影に隠れていたが、今大会は福島の采配が冴え渡っていた。攻撃的に自分から攻めてボールを奪いに行く棚村に対してゴールを守る印象が強かった福島だが、今回はシュートを打たせる前にさばくその手腕が光った。そして打たれたとしても、セーブ力が飛躍的に上がっているようにも感じた。それはおそらくシュートを打たせる前のディフェンス陣の配置によるものだろう。振りかぶって打たせないことはもとより、シュートコースを限定させることでセーブ率を高めているようにも見えた。

 ディフェンス面で言えば、モンテネグロ戦では第4クオーターの最後までオールコートでマンツーマンディフェンスを続けていた。日本最大の武器にしなければならない体力、泳力が飛躍的に伸びていることも、今大会の結果につながっている。

 ポイントを挙げれば切りがないほど、日本が強くなっていると感じる。彼らは東京五輪以降、この世界選手権直前まで海外との対外試合をしていなかった。東京五輪後にメンバーが大きく入れ替わった国も多く、戦術等がどう変化しているかも見極めにくく、非常に情報が少ない中で戦わなければならなかった。

 それでも、全6戦して3勝3敗。負け越しが常であった日本が星をイーブンにしたというだけでも快挙である。

 東京五輪に夢を馳せ、チームを8年間牽引し続けてきた大本洋嗣氏。その思いと意志は、新しいチームにしっかりと引き継がれていた。しかも、大本氏が掲げた超攻撃的システムを超える攻撃的な布陣となって。

 彼らの戦いを、今すぐにでもまた見たい。そのときは、またさらに成長しているはずだから。

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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