コロナ禍の解雇や雇止め、妊娠中や時短勤務中の従業員にはマタハラになるのか?法律の専門家に聞いた。
新型コロナウイルスの影響で、勤め先から解雇や雇止めにあった人が、見込みも含めて全国で3万人を超えた。月ごとに見ると5月以降に急増しており、パートや契約社員といった非正規労働者が多いとのこと。
(参照:新型コロナで解雇・雇い止め 全国で3万人超 5月以降急増)
リーマンショックを上回る未曾有の経済難と言われるなかでは、解雇や雇止めがやむを得ない状況もあるだろう。
しかし、その対象者が妊娠中や時短勤務中だった場合、または産休・育休中だった場合はどうだろうか。どういった場合がマタハラで、どういった場合であればマタハラに当たらないのか。実際にどんな声が聞こえてくるのか。
労働事件に詳しい師子角允彬(ししかどのぶあき)弁護士に解説していただいた。
質問1:
一般的に、会社の経営が悪くなり解雇や雇止めをする場合、どういう基準で出来るのか教えて下さい。たとえば、売上〇%減少に対して、〇人解雇できるなどの規定があるのでしょうか。
また、一般的な解雇と今回のコロナ禍での解雇と、なにか違いがあれば教えて下さい。
回答:
経営上の必要性を理由とする解雇を「整理解雇」といいます。
整理解雇が有効であるかどうかは、1.人員削減の必要性、2.解雇回避措置の相当性、3.人選の合理性、4.手続の相当性の4つの要素を中心に検討されます。
事案に応じたきめ細かな判断がなされており、裁判実務では、売上〇%減少に対して、〇人解雇できるといった硬直的な考え方は採用されていません(白石哲ほか編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕363-364頁参照)。
期間満了による有期労働契約の終了を「雇止め」といいます。有期労働契約は原則として期間の満了により終了します。
しかし、1.繰り返し更新されていて期間の定めのない労働契約と同視できる場合や、2.契約の更新を期待することに合理的な理由が認められる場合、雇止めの効力は整理解雇の場合に準じて判断されます。
コロナ禍のもとでは、人員削減の必要性が認められる場面は少なくないと思いますが、その反面、雇用調整助成金などの公的な施策が充実しているため、助成金も申請しないで解雇を強行した場合などには、解雇回避措置の相当性は認められにくくなると思います。解雇回避措置の相当性に多角的な検討が必要となることを考えると、少なくとも通常の不況時よりも解雇・雇止めが容易であるという判断にはならないと思います。
質問2:
今回のコロナで解雇や雇止めが増えていますが、どういった場合がマタハラで、どういった場合であればマタハラに当たらないのか、教えて下さい。
回答:
男女雇用機会均等法9条3項は、事業主が、女性労働者の妊娠、出産、産前産後休業の請求、その他厚生労働省令で定めるもの(以下「妊娠等」といいます)を理由として、解雇その他不利益な取り扱いをすることを禁止しています。
これをマタハラと定義した場合、解雇・雇止めがマタハラに当たるかは、妊娠等を理由としているかどうかによって判断されます。マタハラが違法であることは、コロナ禍であろうがなかろうが変わりありません。
解雇に関して言うと、妊娠中の労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、原則として無効になると規定されています。この場合、事業主が妊娠等を理由とする解雇でないことを証明した場合に限り、有効となるにすぎません(男女雇用機会均等法9条4項参照)。
また、妊娠を理由とする解雇でないとしても、労働基準法上、産前産後休業中と休業後30日間は、天災事変等で事業の継続が不可能になった場合でもない限り、やはり解雇することはできないとされています(労働基準法19条、同法65条)。
マタハラに該当しないケースとしては、経営の合理化のために全ての有期契約社員の契約が更新されない場面で、たまたま妊娠中の労働者が対象に含まれていたような場合が考えられます(小山博章・町田悠生子編著『裁判例や通達から読み解く マタニティ・ハラスメント 引き起こさないための対応実務』〔労働開発研究会、第1版、平30〕110頁参照)。
ただ、妊娠等を理由とする解雇ではなかったとしても、整理解雇(雇止め)としての適法要件を満たしていない解雇・雇止めは、やはり違法・無効となります。コロナ禍であるからといって、解雇回避措置の相当性との関係で、経営合理化のための整理解雇・雇止め(整理解雇等)が決して容易ではないことは上述のとおりです。
整理解雇等としての適法要件が満たされているのかどうかは、使用者側からの説明の当否を精査する必要があります。コロナ禍に便乗しているとしか思えないものも見聞きされていますし、弁護士に交渉・検討を依頼して、きちんと精査すれば、整理解雇等の効力を争える場面は、決して少なくないと思います。
質問3:
妊娠中や時短勤務中の従業員が、このままでは解雇や雇止めの対象になるとして退職勧奨を受けた場合、どのような対応が考えられるでしょうか。
回答:
退職する意思がない場合、毅然と断ることが大切です。間違っても退職に合意しないことです。断っても、なお退職勧奨が続くようであれば、録音のうえ、都道府県労働局や弁護士に対応を相談すると良いと思います。
上述のとおり、そもそも妊娠中の労働者を解雇することは原則無効です。妊娠等を理由として、解雇や雇止めなどの不利益取扱いを行うことも、禁止されています。不利益取扱いの中には、退職強要(退職勧奨の程度が甚だしいもの)も含まれます(平成18年厚生労働省告示第614号 最終改正平成27年厚生労働省告示458号「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針 第4-3-(2)-ニ、同3-(3)-イ」参照)。
退職勧奨に応じなくても解雇や雇止めが強行される可能性は高くはありませんし、強行されたとしても法的に争える場合が多いのではないかと思います。一般論として、解雇や雇止めの効力を争う方が、合意の効力を争うよりも遥かに容易であるため、不本意な合意書には決して署名・押印しないことが大切です。
質問4:
育休からの復帰がコロナ禍にあたってしまった場合、保育園の入園を見送り、最大期間の2年間育休を取得して、その間に会社の経営が安定するのを待つという方法は可能なのでしょうか。
回答:
育児休業給付金(雇用保険法61条の4)を受給しながら復職のタイミングを見計らうことができるかということであれば、それは不可能だと思います。
育児休業給付金は、原則として1歳に達するまでの子を養育するために育児休業を取得した場合に支給されます。1歳に達しても保育所等による保育の実施が行われない場合は1歳6か月に達するまで、1歳6か月に達しても保育所等による保育の実施が行われない場合は2歳に達するまで受給することが認められていますが、いずれの延長にも、保育の申込みを行っていることが必要とされています(雇用保険法施行規則101条の11の2の3第1号及び同規則101条の11の2の4参照)。
保育の申込みを行うことを見送った場合、育児休業給付金の支給対象期間の延長は認められません。
質問5:
今回のコロナ解雇で、妊婦や育児中の女性が対象になりやすいということはありますか。実際に聞こえてきた相談などありましたら教えて下さい。
回答:
コロナ解雇で、妊婦や育児中の女性が対象になりやすいということは、直観的にはなさそうに思います。
コロナ禍であるとはいえ整理解雇は決して容易ではないこと、妊婦や育児中の女性は「男女雇用機会均等法」や「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」といった法律で更に手厚く保護されていること、産前産後休暇・育児休暇中の女性を解雇したところで人件費の圧縮効果もそれほど望めないことが原因ではないかと思います。
マタハラとは少し異なりますが、休校中の子どもの面倒をみなければならなかったり、保育園への登園の自粛を求められたりしたシングルマザーが厳しい立場に置かれたという話は見聞きしたことがあります。テレワークに対応できない職場などで、子どもの世話をしようと思うと仕事を休まざるを得ず生活費を稼げない、しかし、生活費を稼ごうと思うと子どもの預け先に困るという問題です。
一般論として、休校や保育園からの登園自粛要請を受けて仕事を休んだことは、使用者の責に帰すべき事由による休業とは言いにくく、休業手当(労働基準法26条)の支払を受けることも難しいと思います。
また、法律論や制度論とは別の次元の問題として、子どもを抱えて休みがちになると、仕事をしている同僚との関係で、心情的に職場に居辛くなったり、権利主張に躊躇を感じたりすることもあるようです。
今後、第二波を迎えるにあたり、こうした問題に対処するための仕組みは社会的に構築されてもよいのではないかと思います。
【取材協力】
師子角允彬(ししかどのぶあき)弁護士
一橋大学法学部卒業、一橋大学大学院法学研究科法務専攻修了。
主な所属は、第二東京弁護士会労働問題検討委員会、日本労働弁護団、日本労働法学会。
労働事件を重点的に取り扱っており、東京労働局紛争調整委員も務めている。
師子角総合法律事務所