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新型コロナウィルスの感染拡大を阻止する -英国で社会的活動の大幅制限へ

小林恭子ジャーナリスト
官邸で新型コロナウィルスの会見を行うジョンソン英首相(No 10 Flickr)

 前回、筆者が新型コロナウィルスと英国の状況について書いたのは約10日前だが、あれから状況はがらりと変わった。

 当時は国内での死者が初めて出て、スーパーマーケットの棚からトイレットペーパーやパスタ、殺菌ジェルなどがなくなっていく様子を見て驚く、といった状態だった。

 政府統計によれば、16日時点で国内の感染者は1543人となり、5日時点から10倍以上に達した(検査を受けた人は4万4105人、4万2562人が陰性)。これからも増え続けるという予測が出ている。BBCニュースによると、死者は55人である。

購入できる商品が限定された

 現在、なじみのスーパーに行くと、午後の遅い時間にはトイレットペーパーの棚は依然としてがら空きだ。

 「物資は十分にある」と政治家や小売業関係者は言うのだが、空っぽの棚が消費者にパニックを引き起こす。石鹸や殺菌ジェルは棚に残っていることもあるが、まったくない時もいまだにある。店員が箱から殺菌ジェルを出して棚に置くと、すぐにはけてしまうのだ。

 16日午後も店内を回ってみたが、前日15日、政府が週明けに外出制限令を出すという報道があったためか、「買いだめ熱」を刺激してしまったようだ。ガラガラの棚があちこちにあった。

 また、棚には、「買う前によく考えて下さい」と書かれたお知らせのプレートがいくつか置かれている。同じ商品は5つが購入限度とされている。

 

棚は空きが多い(撮影筆者)
棚は空きが多い(撮影筆者)

株価下落、助け合いネットワーク

 新型コロナウィルスの感染が世界中に広がっていることで、先行きを悲観した市場の下げが止まらない。16日のニューヨーク株式市場では、ダウ平均株価が先週末から3000ドル近く急落した。取引開始直後には、株式売買を一時中断する「サーキット・ブレーカー」が発動されたほどだ。

 筆者の友人は、投資会社から電話を受け、「ファンドを現金化した方がいい」と勧められたという。「ちょっと待って。少し考えさせてほしい」と言ったところ、「一刻も早く決めてほしい」と引き下がらなかったという。「こんなに急がせるなんて、倒産の可能性があるのかしら」と友人は言う。もし万が一、倒産をしても、「金融サービス補償キーム」があるから、「8万5000ポンドまでは補償されるはず」と励ますつもりで言ってみたが・・・。

 先行きが不透明な時、身近な人の親切が身に染みるものだが、筆者も今朝、これを経験した。

 

トルコ製の消毒液(撮影筆者)
トルコ製の消毒液(撮影筆者)

 ドアベルが鳴ったので出てみると、近所のトルコ人一家の女性が立っていた。「これ、使ってみて」と渡されたのが、トルコでは手の消毒などによく使う液体だった。「私はたくさん持っているから」と。

 彼女は、フェイスブック上で近所の人同士が助け合うページがあることも教えてくれた。

 6歳になったばかりの娘の学校の様子を聞いてみると、「先生の一人が新型コロナウィルスに感染した」という。でも、学校は閉鎖にはなっていない。「心配だわ。クラスにも子供たちは半分ぐらいしか来ていない。親が自主的に休みにさせているから」。

厳しい活動制限へ

 夕方、ジョンソン英首相と科学顧問二人が新型コロナウィルス対策についての記者会見を行った。これから、毎日、首相か大臣クラスの政治家が会見を行うという。

記者会見を行うジョンソン首相(中央)(官邸 flickr)
記者会見を行うジョンソン首相(中央)(官邸 flickr)

 その内容は大体前日の新聞報道やマット・ハンコック保健相のインタビュー(BBC)で明らかになっていたけれども、感染拡大を防ぐ政策の厳格化に筆者は驚いた。

 まず、現在は1500人ほどの感染者は、実際には3万5000人から5万人はいるだろうという。今の20倍以上である。

 そして、政府の方針として以下を勧めた(17日に発表された補足情報も含む)。

 -家族の一人に症状(せきや熱など)がある場合、家族全員が14日、家にこもる(一人暮らしの場合は、7日間)

 -家にこもっている人は「食物やそのほかの必需品を買うため」にさえも外出しないこと

 -70歳未満で健康な人も「社会距離戦略(social distancing)」を取る(人との距離を開け、接触機会を減らす)。具体的には、公的交通機関の利用を減少させる、在宅勤務をする、パブ、レストラン、劇場、バーなどを避けるようにする

 -70歳以上、既往症(例えば呼吸器関連の病気、心臓・胃腸などの病気、糖尿病、免疫不全など)を持つ人、あるいは妊娠中の女性は上記の戦略とともに、可能であれば友人や家族との対面での接触を大幅に制限する

 国民医療サービス(NHS)に勤務する人が減少する可能性があることから、学校閉鎖令は出なかった。

 英国民は、これまでの日常生活の行動を極度に制限することを求められた。

 欧州大陸に目をやると、フランスはすでに学校を休校措置とし、カフェや生活に必要不可欠ではない商店に閉鎖令を出していたが、これに加えて、16日、「15日間にわたる外出制限令」を出した。これを徹底するために、警察官10万人を配置する準備もしているという。

 英国はまだそこまでいっていないが、閉鎖令を出さなくても、パブやレストランなどを避けるように言われたので、出かける人は激減してしまう。飲食業にしてみれば、死活問題だ。

 ロンドンの劇場の多くが、16日夜から営業を停止した。当日夕方になって事情を知った観客は、とまどった。

 筆者の家人は70歳を超えている。春らしい天気になっていたので、小旅行に出かけようと思っていたが、予定をキャンセルする必要がありそうだ。「70歳」という年齢で区切ったことで、怒りを表す人もいる。「70歳でも元気な人もいれば、そうでない人もいる」、とフィットネスセンターにいた女性がテレビのインタビューで話していた。

 新型コロナウィルスの死亡者は、これまでのところ高齢者が多い。「既往症のある」、「高齢者」がキーワードとなっていたが、16日の会見で、「70歳以上の高齢者全員」が「社会活動に距離を置くべき人」に指定されてしまった。

 「阻害される高齢者」…そんな言葉が頭に思い浮かぶ。

 高齢者にとって一つだけよいニュースがあったとすれば、75歳以上が住む世帯でのBBCのテレビラインセス料(日本のNHKの受信料に相当)の支払い免除だ。現在は無料だが、6月から有料化する予定だった。BBCは16日、8月まで無料とすると発表した。

 英政府は17日にも、自宅で仕事をする人や新型コロナウィルスの拡大で負の影響を受けたビジネスに対し、追加の財政支援策を発表する見込みだ。

 しかし、筆者はどことなく違和感を感じている。

 レストランや劇場に人が来なくなれば、閉鎖に追い込まれる場合もあるだろうし、今回の施策によってもろもろのビジネスや活動が「止まる」。政府が資金を提供して支援するのはいいが、原資は税金だ。税金を払えるのは、誰かが働いているからこそである。飛行機が飛ばなくなり、俳優が、脚本家が、シェフが、ウェイターやウェイトレスが職を失っていくとき、収入がなくなれば税金も払えない。

 イングランド主任医務官のクリス・ウッティ教授は、16日の記者会見で行動制限は「長期間続く」と述べている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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