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里見香奈女流四冠が挑戦権獲得!最終戦のドラマも~第2期ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦を振り返る~

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者 最終順位順

 西山朋佳白玲への挑戦権と昇級を目指す第2期ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦は7月15日(金)のC級一斉対局をもって全対局を終了した。

 A級では里見女流四冠が最終戦に勝って挑戦権を獲得。

 C・D級では順位戦ならではのドラマが待ち受けていた。

 時系列で最終戦の様子をお伝えする。

7月11日D級一斉対局

 最初に行われたD級一斉対局は、まさに筋書きのないドラマだった。

 勝てば昇級負ければ脱落の大一番、山口恵梨子女流二段ー高浜愛子女流1級は、中盤で山口女流に落手があり高浜女流1級が必勝態勢に。

 逆転の目が生じるとは思えない将棋だったが、最後の最後に山口女流二段が「これしかない」という奇跡的な筋の詰みで大逆転勝利。昇級をもぎとった。

 最終戦を自力(※)で迎えたのは田中沙紀女流2級(当時)と中村桃子女流二段。

※この場合の自力は、自身が勝てば他の結果にかかわらず昇級が決まることを示す

 田中女流2級は苦戦の将棋を粘り、五転六転の末205手で勝利。最後は気持ちで勝利をもぎとった。

 一度は女流資格を失った苦労人が、初戦黒星からの7連勝で白玲戦史上初の初参加からの1期抜けを果たした。同時に女流1級への昇級も決めている。

 苦労が報われた瞬間で、喜びもひとしおだっただろう。

 中村女流二段は仕掛けで失敗していいところなく完敗。気持ちが空回りした一局だった。

 中村女流二段が負けたことにより、最後の1枠は、

・水町みゆ女流初段○で昇級

・水町●の場合、貞升南女流二段○で昇級

・水町●、貞升●で中村昇級

 という形に。

 水町女流初段は最終戦を待たずに昇級を決めていた加藤結李愛女流初段に完敗。

 昇級を意識しすぎたか、手が全く伸びず実力を発揮できなかった。

 そして運命は貞升女流二段の結果に委ねられた。

 貞升女流二段の将棋は双方秒読みが延々と続く大熱戦に。

 最終盤、相手玉に生じた詰みを貞升女流二段は発見できず。勝負あったかと思われたが、意表を突かれた相手が悪手で返してしまい、今度こそ詰みを逃さなかった貞升女流二段が勝利を手繰り寄せた。

 最後の1枠に滑り込んだ貞升女流二段は、前期はまさかの全敗。今期も決していいスタートではなかった。

 最終戦を迎えた段階でもかなり薄い目だったが、奇跡ともいえる昇級劇を完結させた。

 最終戦の直前に筆者はたまたま貞升女流二段とABEMAの仕事で一緒になり、諦めムードだった貞升女流二段に「順位戦は最後まで何が起こるかわからないですよ」と話していたのだが、そう話した筆者もここまでのことが起こるとは正直思っていなかった。

 諦めれば幸運の女神を呼び寄せることは絶対にできない。それを実感させる一日だった。

7月13日A&B級一斉対局

 A級は里見女流四冠が勝って挑戦権を獲得した。

 追う伊藤沙恵女流名人は勝ったものの、星一つ届かなかった。

 西山白玲と里見女流四冠による七番勝負は8月27日(土)に開幕する。

 里見女流四冠は棋士編入試験(第1局は8月18日)と並行して戦うことになる。

 残留争いは、山根ことみ女流二段が勝って自力での残留を決めた。

 降級は鈴木環那女流三段と石本さくら女流二段。

 ここ最近は上位で戦っている二人だが、A級の厳しさを表す結果となってしまった。

 昇級も降級も決まっていたB級は、昇級を決めていた上田初美女流四段と中村真梨花女流三段が最終戦を勝利して昇級に花を添えた。

 途中までB級は混戦だったが、ラスト2戦を連勝するのが実力者の証である。

 二人は来期A級でも十分に戦える実力を示したといえよう。

 B級の降級は若手の3名。

 武富礼衣女流初段は昇級した2名など上位陣から勝ち星をあげながら、4勝5敗で無念の降級となった。

 今期の結果を見ると、B級では順位が低いと負け越しが即降級につながる。C級から上がってくる人にとって、かなり厳しい条件といえよう。

7月15日C級一斉対局

 最終戦を自力で迎えたのは、山田久美女流四段・室田伊緒女流二段・野原未蘭女流初段。

 山田女流四段と室田女流二段はいい内容で最終戦に勝って昇級を引き寄せた。

 両者とも有利になってからの指しまわしが実に手堅く、「絶対に勝つ」という強い気持ちを感じさせられた。

 負けると昇級の目が消える野原女流初段は勝ちへの意識が強すぎたか、なかなか流れを引き寄せられず終盤には敗勢に。

 前局も、勝てば昇級が決まる一番で力を発揮できなかった野原女流初段。この将棋もその悪い流れを引きずっていた。

 しかしそこで諦めなかったことが昇級を呼んだ。相手のミスを逃さず、最後の最後にギリギリのところで勝ちを引き寄せた。

 野原女流初段としては、これほどホッとする勝利はなかったはずだ。

 若い時に苦労してつかんだ昇級は、必ずや後に経験として生きるだろう。

 なお、次点は3敗の室谷由紀女流三段。追う2敗勢が全滅しており、ほぼ圏外と思われていた室谷女流三段がここまで浮上していた。

 筋書きのないドラマは起きる寸前だったのだ。

 残留争いのドラマを一つ。

 負けると他の結果によって降級となる竹部さゆり女流四段は、最終戦で2敗の頼本奈菜女流初段を双方秒読みの大熱戦の末にくだして自らの手で残留を引き寄せた。

 山田女流四段の昇級、中井広恵女流六段のA級残留もそうだが、ベテランの頑張りが順位戦を面白くする。

昇級者&降級者一覧

 まずは昇級者の一覧をご覧いただこう。

 リーグの中での波乱もあったが、結果だけみれば実力者が昇級者に名を連ねている。

 年代別では、30代が半数以上を占めている。この結果をみると、30代が一番の充実期なのだろう。

 40代が一人もいないのは、筆者も40代なのでちょっと寂しいところ。

 それだけに50代の山田女流四段の名が一際輝く。

 期待される若手女流棋士では、野原女流初段と加藤女流初段が10代での昇級を果たした。来期の戦いぶりに注目が集まる。上位陣の厚い壁を突破できるか。

 また来期はD級に10代の新人が多く参入する。

 彼女たちの戦いぶりからも目が離せない。

 年齢の上のほうから落とされていくのが順位戦の常だが、今期は20代の降級者が目立つ。

 20代は昇級者も1人しかおらず、全体を通して不振だった。

 20代後半に西山白玲、伊藤女流名人、加藤清麗といて、里見女流四冠も30歳になったばかり。

 この4名が強すぎて他のメンバーが伸び悩んでいるように見えるだけのか。それとも何か構造的な理由があるのか。

 持ち時間が、A・B級は3時間、C・D級は2時間と違いがある。

 1年間という長い戦いでもあり、特にA・B級は底力が問われる場所だ。

 芯がしっかりしていないと、A・B級では通用しないのかもしれない。

 最終戦は筋書きのないドラマがあり、ファンを大いに楽しませた。

 来期の開幕が待ち遠しい。

 そして、様々な女流棋士に密着して知られざる素顔をみせてくれる、BSフジで放送中の『白玲 ~女流棋士No.1決定戦~』。

 明日(17日)14時~、放送が予定されている。

 今回はどの女流棋士に密着しているのだろうか。

 リンク先では今年放送された過去の放送回を観ることも可能なので、ぜひご覧ください。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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