「日本一忙しいラジオアナウンサー」 “コミュ障”克服の「極意」語る 悪口を言うと脇役に
「サブカル系イベントのMCをしたら、この人の右に出る人はいない」と関係者から絶賛されるニッポン放送の吉田尚記アナウンサー。「コミュニケーションの達人」ですが、昔は知らない人とコミュニケーションを取るのが苦手な“コミュ障”だったそうです。吉田アナに、“コミュ障”を克服する「極意」、そして昨今のネットの誹謗中傷について聞きました。
◇「マンガ大賞」の発起人 N高クイズ研で特別顧問の顔も
吉田さんは、サブカル番組「ミューコミプラス」などさまざまなラジオ番組、ネット番組を担当するかたわら、書店員らが面白いマンガを選出する「マンガ大賞」の発起人として10年以上も活躍し、アニメ系のイベントにもMCとして頻繁に登場。N高等学校クイズ研究会で特別顧問もしています。ツイッターのフォロワー数は約17万人で、2012年には、優秀な放送番組や個人、団体を顕彰する賞「ギャラクシー賞」でDJ・パーソナリティ賞を受賞しています。
個人的に思うのは、知名度もあって広い人脈を持ちながら、フットワークが異様に軽いのです。「いつ休んでいるのですか?」と尋ねると「好きなことをしているから、毎日が休みのようなもの」と笑い飛ばしています。吉田さんを紹介する記事で「日本一忙しいラジオアナウンサー」という売り文句が付くのも当然でしょう。
コミュニケーションを研究し、その成果を生かしてコミュニケーションに悩む人へのアドバイスにも力を入れており、さまざまな書籍を出しています、2015年に発売された書籍「なぜ、この人と話をすると楽になるのか」(太田出版)の発行部数は13万部超で、韓国語、中国語、タイ語に翻訳されています。このたび「元コミュ障アナウンサーが考案した会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書」(アスコム)を出しました。その情熱はどこから来るのでしょうか。
◇コミュニケーション克服の「極意」は「えっ?」
--吉田さんは“コミュ障”だったのに、アナを志望したのですか?
目立つのは好きなんです。目立ちたいけれど、オタクなので知らない人と話すのは怖い……というわけです。実はコンピュータ雑誌の編集になりたかったので、そもそもアナに受かるとは思っていませんでした。またアナには、元々向いている人がいるんですね。最終面接に残ったとき、他の人たちが知り合い同士だったから、不思議に思って尋ねてみると「同じアナウンス学校の同期」と言うのです。私は、それまでアナウンサーの学校があることを知らなかったのです。
また今でこそ違いますが、当時は、アニメやゲーム、マンガが好きなアナはいなかったのもあります。そもそも自分の趣味を会社で言っていませんでした。そんなとき好きだった「機動警察パトレイバー」の仕事をやることになって、ノリノリでやると「アナってこういうことなんだ」と思ったのですね。
--コミュニケーションが苦手なのをどうやって克服しましたか?
自分が話すのが苦手でしたから、話し方の本を読んで研究したのです。ですが、その手の本には「自信を持つこと」と書いていて、「いやいや、自信なんて持てないから!」と思うわけです。仕事の現場でも上司から「聞き上手になれ」と言われたのです。しかし「聞き上手」というのも、さっぱり意味が分からないわけです。気付くのにかなり時間がかかったのですが、「聞き上手」というのは「質問上手」なんですよ。
--コミュニケーションをうまく取る「極意」は?
「相槌(あいづち)」でして、一番良い相槌は「えっ?」なんです。なぜかといえば、驚くことで相手がしゃべりやすくなり、相手に対する質問にもなっていて、さらに「続けてしゃべって」というサインになっているからです。同じ相槌でも「なるほど」だと、そこで会話が終わりやすくなるのです。
質問はパスで、相手が受け取りやすいパス、受け取りにくいパスがあります。質問をするときも、具体的に言うと相手が受け取りやすくなります。例で言うと「昼は何を食べましたか」と尋ねると「〇〇です」「どこで食べましたか」「家です」「自炊ですか?」などと話が続きます。これが「報道とは何ですか?」という漠然とした質問だと、相手も答えづらいのです。
もう一つ付け加えると、会話で5W1Hを使うときに最も優秀なのは「どうやって(HOW)」です。理由は、相手から会話を引き出せる質問だからです。
◇“コミュ障”という言葉のおかしさ
--“コミュ障”を克服するための本を出し続ける理由は?
コミュニケーションの本で、納得のいかない本があるからでしょうか。コミュニケーションがうまくなれば、金も人脈も引き寄せる……というふれこみがあったりする本ってありますよね。それは個人的には「どうだろう?」と思うのです。コミュニケーションがうまくいって成功して財を築いても、営業がうまくいっても、成功が目的ではむなしくありませんか?
コミュニケーションの目的はコミュニケーションです。「無駄話はダメ」という人もいるでしょうが、そもそも無駄話ができる人間関係であることに価値があるわけです。「話にはオチが必要」というのもそうです。オチはサッカーで言うところのゴールで、芸人を目指すならそれでいいでしょうが、普通の人はパス回しができればいいのです。たまに爆笑(ゴール)が起きたりするぐらいでいいのです。
つまり会話はパス回しで、「えっ?」は一番美しいワンタッチパスを生むわけです。そもそも、コミュニケーションは最初からできる人もいるから誤解されていますが、水泳や料理と同じで練習が必要で、誰もができるわけではありません。一方で睡眠は誰でもできますから、眠れない場合に“睡眠障害”とは言います。しかし水泳や料理ができなくても“水泳障害”や“料理障害”とは言いません。“コミュ障”は、本来付くべきでないところに、“障害”というワードが付いているのです。
--コミュニケーションに困った人に、手を差し伸べるのはなぜ?
人間は群れる生物で、社会性の動物だからです。コミュニケーションは、生存のために必要ですが、その割に相応のハードルがあるわけです。そのハードルは誰にとってもない方が良いものだから、なくしたいのですね。そもそもコミュニケーションが取れない状態は危険で、「寂しい」と思うのは「ゆる(い)アラート(警告)」なんです。群れからはぐれているから危なくないか?という感情ですね。逆に群れているときは寂しくありません。
--コミュニケーションを取るためアクションを起こすのは「勇気」のいることですよね。特に知らない人と話すときは大変です。
私は精神論は嫌いなので、コミュニケーションを徹底的に“分解”しました。すると二つだけ“我慢”することが残りました。「話しかける勇気」と「へこまない強さ」です。へこむようなことを言われたら、その場所にいるのはやめてもいいわけで、新しい群れに話しかける勇気があれば、群れからはぐれることはありません。
◇ネットは相手を理解するためのツール
--昨今、SNSの誹謗中傷が社会問題になっていますね。SNSもコミュニケーションの一つですが、乗り切るためのアドバイスを。
まず会話ですが、自己表現ではなくて、相手を理解するためにあるものだと考えています。そう思うとうまくパス(会話)が回るはずです。ネットも同じで、相手を理解するために使えばいいのです。ネットは、不完全で限定的な情報しかなく、その断片にあるものを好意的に解釈をして使うと効果を発揮します。ところがSNSを、人を理解するためではなく、自己主張のツールとして使う人が多いですよね。
そもそも、短い文章の批判は意味がないと思っています。長文の批判ブログは読んだりしますが、それは相手のことを相応に理解していないと書けないからです。短い文字数で相手の批判を書くのは、本来は相当の技量が必要です。
劇団「ヨーロッパ企画」に所属する俳優の石田剛太さんから教えていただいたのですが、劇作家・寺山修司の書籍「人生なればこそ 一回きりの祝祭」(旧・立風書房、現・学研ホールディングス)で、「悪口のなかにおいては、つねに言われてるほうが主役であり、言ってるほうは脇役であるという宿命がある」という話があります。悪口は、自分が注目を集めようとして言う側面があるわけですが、皮肉にも悪口を言った瞬間、発言者は脇役になるのです。「脇役であることに納得がいかない」といって、ネットで悪口を書くのは逆効果なんですよね。
--ツイッターでは、フォロワーを増やすことに力を入れている人がいます。
「ツイッターのフォロワーの多さは“戦闘力”」という言葉がありますが、そんなことはありません。フォロワーの多い人は、ネットに関係なく本業で活躍できる人がほとんどです。
--ネットのコミュニケーションは、変わっていくのでしょうか?
今後はリアルタイムになっていくと予想しています。オンラインゲームも以前はテキストでやり取りをしていましたが、今の若い子たちはボイスチャットが普通です。ですからネットのコミュニケーションも会話(リアルタイム)の時代になると考えるべきです。そして悪口を言う人は好かれませんから、それよりもコミュニケーションの技術を今のうちに磨く方が良いと思うのです。