言葉の刃のパンデミック。“コロナの女王”という異名から岡田晴恵教授が得たもの、失ったもの
新型コロナ禍が報じられた当初から多数の番組に出演してきた白鴎大教授の岡田晴恵さん。この2年間、書きためた膨大な資料をまとめた告白手記「秘闘 私の『コロナ戦争』全記録」(新潮社)も12月22日に刊行しました。“コロナの女王”という異名がつくほど超多忙な出演スケジュールがもたらした言葉の刃。そして、その中で得た思いとは。
学者として言うべきこと
去年の1~5月頃は一日に4~5番組に出演するのが普通でした。スケジュールは全部自分で管理するので、朝出かける時にもう一度出演する番組を書き出して、重なりや漏れがないかを確認していました。
ほとんどが生放送ですからもちろん遅れるわけにはいかないですし、ましてや抜けていたりしたら大変なことです。なんとか、そういったトラブルは一つもないままにやってこられたんですけど、さすがにもうこれは限界だと。
テレビ局の方々からも「スケジュールの取りまとめだけでもやってくれる窓口を作った方がいいですよ」と言っていただき、結果的に去年の7月からワタナベエンターテインメントに所属することになりました。
スケジュール管理や出演交渉の窓口になっていただくということもですが、実は私としてはもう一つ所属する必要性を感じてもいたんです。
それがインターネットでのネガティブな発言に対する怖さでした。
2019年のクリスマスの頃に注目すべきウイルスが出てきて、学者の間では「これはパンデミックになる」という話があったんです。2020年の年明けあたりから私がテレビ番組に呼んでいただくようになったんですけど、そういう話がある中で「新型コロナなんて大したことないです。大丈夫です」とは言えない。
それと流行が起こるかもしれないとなると、検査対応や医療体制を“前倒し”で考えておかないといけない。前もって予測される状況を言っておいて、準備が間に合うようにしておかないといけないわけです。
例えば、半年後にそうなるであろうということなら、逆算をして今動いておくべきことを言う。そうしないと、後々大変になってしまうわけですから。
非難されようとも、言わないといけない。ただ、そういうことを言っていると、実際に非難というか、いろいろなご意見もいただきました。
自分は言うべきことを言っている。そう思ってはいますけど、ネットの言葉を見ても動じないなんてことはないですよ。私はすごく怖かったです。
だけど、医療がなくなったら地獄ですから。炎上するかもしれないと思ってマイルドにする考え方もあったのかもしれませんけど、先を見たらそんなことはできない。でも、人間ですから怖さはある。そこはね、つらかったですよ。
だからこそ、事務所に入った。それはあると思います。個人でポツンといるのと周りに人がいてくれるのでは全然違いますしね。
メガネを外した理由
精神的に追い詰められていったことの一つのバロメーターが、体重の減り方だったと思っています。コロナ禍前より17キロ減りました。
極度のストレスで、とにかく食欲が出ないんです。お腹が減らないので食べようという気持ちにならない。一日中、何も食べなくても平気なんです。本当は肉体的には平気じゃないんですけど、要らないから気持ち的には平気なんです。
テレビ出演という今まで生活になったことが急に増えたことへの重圧。そして、それに起因したネットの書き込み。この二重のストレスで本当に食欲がわかなかったんです。
自分の顔が多くの人に知られている。そして、どれくらいの数かは分からないけれど自分に言葉の刃を浴びせてくる人がこの世の中に確実にいる。それが合わさって、街を歩いていても常に怖いというか、そんな感覚にもなっていきました。
そこから、人の顔を見るのが怖くなっていったんです。最初はテレビにもメガネをして出てたんですけど、途中から外しました。ネットでは「岡田がコンタクトにした」とも言われてたんですけど、あれって、メガネを外しただけなんです。スタジオにいる人の顔すら見るのが怖くなって。
ネットは盛り上がり、週刊誌の記者は家の前に張り込んでいる。去年の2月、3月あたりだったと思います。
私はド近眼なので、メガネを外すとほとんど相手の顔が見えない。コンタクトにしたわけでもなく、オシャレでそうしたわけでもなく、メンタル的にそうしていた方が穏やかだったので、そうしていたんです。
ただ、そうすると、台本の文字も見えなくなるので、スタッフさんが台本をA3に拡大してくださって、大きな文字にしたものを使わせてもらっていました。
今はマネージャーさんもいるし、本を出すにあたっては編集者さんがいるし、出演回数もうまくコントロールしてくださって、寝る時間もできた。これも大きなことだと思っています。去年の5月頃までは睡眠時間が一日3時間くらいでしたが、今は人並みに5~6時間は寝られる。これでいろいろ楽になりました。
見つけたやさしさ
オファーをいただくということは必要とされているということ。そして今回の本もそうなんですけど、広く皆さんにウイルスのことを知ってもらうことが公衆衛生では大切なんです。そう思ってできる限り出演もさせてきてもらってきました。
ただ、私個人としてはその中でいろいろなことも経験しました。これまで申し上げたようなこともありましたし、一方、そういう中でなければ経験しなかったであろうやさしさもたくさんいただきました。
私がご飯が食べられないとなったら、番組のディレクターさんがわざわざおにぎりを握ってくださったり、私が食べそうなお菓子を用意してくださって一つでも手を付けたらすごく誉めてくださったり。
番組でご一緒した田中ウルヴェ京さんからは「自分の機嫌は自分でとる」という言葉をいただいて、それで心が救われたということもありました。
「ダイエットで痩せた」とか「芸能事務所に入ってタレント気取り」とか、果ては「恋をしているから痩せた」とか(笑)、これでもかと現実から乖離したことを書かれたりもしました。
でも、人前に出たからこその意味もあったと信じたいですし、それで得られたやさしさは確実にありました。そのありがたさにはしっかりと感謝しながら、これからも自分がやるべきことを続けていこうと思っています。
(撮影・中西正男)
■岡田晴恵(おかだ・はるえ)
埼玉県出身。白鷗大学教育学部教授。専門分野は感染症学、公衆衛生学、児童文学。共立薬化大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士、国立感染症研究所などを経て、白鷗大学教授に。感染症対策の専門家として、テレビやラジオへの出演。専門書から絵本、小説などの執筆活動を通じ、新型コロナウイルスを始めとする感染症対策に関する情報を発信している。ワタナベエンターテインメント所属。12月22日に告白手記「秘闘 私の『コロナ戦争』全記録」(新潮社)を刊行した。