「トランプ現象」格差拡大で貧困層が富の象徴である不動産王を支持するの怪?
「アメリカン・ドリームは終わった」
米大統領選挙に向けた候補者選びのヤマ場、スーパーチューズデーで11州のうち7州で勝利を収めた共和党の不動産王ロナルド・トランプ氏(69)。この「トランプ現象」をいったい、どう理解したら良いのでしょう。トランプ氏は昨年6月に出馬表明した際、「アメリカン・ドリームは終わった」と述べています。
格差拡大による貧困層の怒りだけがトランプ氏の原動力なのでしょうか。トランプ氏が大統領になっても、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官(68)が大統領になっても、日本への風当たりは厳しくなるから大して変わらないという意見もありますが、これは見当違いもいいところです。
筆者はロンドンを拠点に取材しています。英国をはじめドイツやギリシャなどで選挙が行われると取材に出掛けて、投票所で簡単な出口インタビューをしています。米国でトランプ氏の集会を取材できないのは非常に残念ですが、反移民・欧州連合(EU)離脱を唱えて英国独立党(UKIP)が台頭する英国と比較しながら、「トランプ現象」を考えてみたいと思います。
米国の人気リアリティ番組「アプレンティス」のホストを務めるトランプ氏には、その富に由来するカリスマ性と強いメッセージ力があります。複雑な問題に極めてシンプルで独善的な答えを出し、大見得を切ってみせる。普通の人にはとても口にできないような差別的な問題発言を遠慮なしに連発する。それが正しいかどうかはどうでも良いのです。いや人類が積み重ねてきた普遍的な価値をあえて否定してみせるのです。
「サウンドバイト」「バズワード」「サダマイズ」を駆使
トランプ氏は新聞やテレビの見出しになりやすい「サウンドバイト」、ネット上で関心を集める「バズワード」、誰かを悪者にして徹底的にたたく「スティグマタイゼーション」を巧みに使って大衆操作を行っています。これは世間の関心を集めたり、メッセージを拡散させたりする3つのテクニックです。(参考・高木徹著『国際メディア情報戦』)
イラク戦争ではサダム・フセイン大統領(当時)を悪党にしたことから、「スティグマタイゼーション」は「サダマイズ」と言われることもあります。日本やメキシコ、イスラム系移民のように「サダマイズ」のターゲットにされる側はたまったものではありません。
ソーシャルメディアでこうした過激な意見はさらにバイアスがかかり、選択的に拡散していきます。進歩的な知識層にはまったく響かないのに、日常に不満を募らせる階層を選んで拡散していきます。トランプ氏の発言に自分の怒りを同一化させることでうっぷんを晴らす人たちがタコ壺型のフォーラムを広げているのです。
主要メディアが批判すればするほど注目度が上がり、タコ壺はより強固になり内圧が高まるということをトランプ氏は知り尽くしています。
「データの神様」と呼ばれるデータ・ジャーナリスト、ネイト・シルバー氏によると、米国には月面着陸をデッチ上げだと信じている人が6~8%もいるそうです。トランプ支持層はそれよりちょっと多いぐらいです。
「ニュー・リッチ」と「オールド・リッチ」
トランプ氏が出演しているリアリティ番組「アプレンティス」は「見習い」という意味で、英国版はBBCの製作でホストは実業家アラン・シュガー氏が務めています。
「アプレンティス」には起業を目指す若者たちが集まってきて仕入れや広告、商品開発などさまざまな腕を競います。最後に残った勝者がホストの投資で新しいビジネスを始めるという内容です。
シュガー氏はロンドンの下町にある公共住宅で育ち、中学を卒業してカー用品を売るビジネスから身を起こした立志伝中のビジネスマンです。不動産開発で成功した裕福な家庭で何不自由なく育ち、父親の事業を引き継いだトランプ氏とは大違いです。
英国版「アプレンティス」では強烈な個性を放つ若者同士が野心と才能をぶつけ合うガチンコ勝負が繰り広げられるのに対し、米国版「セレブリティ・アプレンティス」には整形が崩れた往年のセレブリティが出演し、壊れた米国を象徴するような退廃的な空気を漂わせています。
「トランプ現象」の背景には格差の拡大があるという指摘が聞かれます。貧困層が、民主社会主義者である民主党候補者の1人、バーニー・サンダース氏を支持するというのなら、まだ理解できます。しかし米国の量的金融緩和政策(QE)で資産が膨張し、最も恩恵を受けたトップ1%のトランプ氏のような人物をどうして支持するのでしょうか。
トランプ氏の祖先は19世紀に米国に渡ってきたドイツ系移民です。トランプ氏の言う「アメリカン・ドリーム」とは、ICT(情報通信技術)開発などの起業で豊かになる「ニュー・リッチ」ではなく、白人中心の「オールド・リッチ」がすがる過去の栄光です。
「白人の労働者階級」の怒り
実際、トランプ氏は米白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン(KKK)」の元最高幹部デービッド・デューク氏からの支持表明を拒否しませんでした。「トランプ現象」を読み解くカギは「格差」以上に「白人の労働者階級」だと思います。
米独立系調査教育機関、公共宗教研究所(PRRI)が発表した報告書「米国の価値調査2015 不安、ノスタルジーと不信」によると、トランプ氏を支持する共和党支持層の55%は「白人の労働者階級」です。他の共和党候補者の支持層では、この割合は35%まで下がります。
トランプ支持層の69%は移民が身の回りの深刻な問題になっていると答え、80%が「移民は仕事や社会保障の取り分を奪っており、米国の重荷だ」と回答しています。さらに74%が白人への差別が黒人や他のマイノリティーへの差別と同じほど大きな問題になっていると答えています。
なぜ「白人の労働者階級」が問題なのかと言うと、政治学者チャールズ・マリー氏は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿「トランプの米国」の中でこう指摘しています。30~40代の労働力率はこの層で1968年の96%から2015年には79%まで下がっています。結婚している割合も86%から52%に下がっています。理由は教育の低さです。大学を出ていないため、仕事につけず、結婚できない「白人の労働者階級」が増えているのです。
ボトム50%の世帯収入が1960年代から増えておらす、職業政治家やエリート層など支配階級への不満がくすぶっていることも大きな背景としてはあります。移民が急増したことで自分たちの居場所や仕事、社会保障などの取り分が奪われていると「白人の労働者階級」が怒りを増幅させ、移民をだすメキシコや輸出国の日本や中国に矛先を向けているのです。
「黄禍論」との共通性
グローバル化とデジタル化で米国だけでなく世界が大きく変わっています。英国でも白人の高齢者や労働者階級が反移民・反EUの英国独立党(UKIP)を支持しています。これは19世紀半ばから20世紀前半にかけて西洋で見られた黄色人種脅威論の「黄禍論」と根っこは同じです。当時、急増した中国系・日系移民に対する怒りが増幅し、急激に力をつける日本への警戒論が強まりました。
日本に対するヒラリーの通貨安誘導批判については、日本にとってデフレ脱出がどれだけ大事か、また、円安によって輸出はそれほど増えておらず貿易赤字が続いていることや、円高トレンドに戻りつつあることを根気よく説明すれば誤解は解けるはずです。
ヒラリーは「親中」という論評も散見されますが、それは随分、昔の話で、中国が圧力をかける沖縄・尖閣諸島については「日本の施政権を一方的に害するいかなる行為にも反対する」という強い姿勢を示しています。
「トランプ現象」の背景には、怖いものなしのトランプ氏にリアリティ番組「アプレンティス」と同じように、メキシコ系移民やイスラム系移民だけでなく、日本や中国にも「お前はクビだ」と叫んでほしいのです。トランプ氏がロシアのプーチン大統領に共感を覚えるのは彼が白人だからでしょう。
トランプ氏の毒舌は、先の大戦の一因になった「黄禍論」の悪夢を再びまき散らす恐れがあり、その土壌が米国に広がりつつあるという現状はとてつもなく大きな問題をはらんでいると思います。
(おわり)