「エンターテインメントで地域、日本を元気にする」――ポニーキャニオンが地方創生事業に注力する理由
エンターテインメント業界初の自治体・地域活性化専門セクション、ポニーキャニオン「エリア・アライアンス部」
三重県桑名市と静岡県沼津市は首都圏での情報発信を強化するため、大手レコード会社・ポニーキャニオン本社内にそれぞれ、「桑名市東京PR事務局」「沼津市観光プロモーション東京デスク」を設置している。ポニーキャニオンのネットワークを通じて、メディアへの情報や映像提供を行い、市の魅力を発信する。同社は、2015年から地域活性化事業に取り組んでいる。これまでに培ったコンテンツ制作、プロモーションのノウハウを地方創生に活用しようと、エンターテインメント業界初の自治体・地域活性化専門セクション「エリア・ライアンス部」を創部したのは2017年の事。このセクションを率いるのは、同社で音楽制作ディレクター、プロデューサーとして長年、原盤制作、プロモーション、イベント制作、映像制作等を手がけてきた“ミュージックマン”・村多正俊氏(同社経営戦略本部 エリア・アライアンス部部長)だ。この生粋のミュージックマンが、地方自治体との“共“業をやることに、この取り組みの成功のカギはあった――。
音楽ディレクターが、地方創生に取り組みたいと思った理由
「音楽制作セクション在籍時代は、アーティストと一緒にライヴやプロモーションで地方を訪れることが多かったんです。空き時間の楽しみは地元の商店街を歩き、エリアならではの産物を買ったり、史跡を巡ることでした。2005年ぐらいからでしょうか、訪問先にシャッター商店街が増えていき、まちに元気がなくなっていくのを目の当たりにして、エンターテインメントの力でなんとかならないものだろうかと思ったことが、“最初の気づき”でした。以降、ことあるごとに自治体との協業を会社に提案していたんです」。
また村多氏は、交通不便な山奥でフェスを開催しても1万人もの人が集まってくる現場を幾たびも経験し、音楽というエンターテインメントの力を認識していた。ゆえにシャッター商店街でもエンターテイメントの力を使えば賑わいを取り戻せるのでは、と思ったのだ。
「会社全体で新規事業を立ち上げようという機運が高くなったのが2014年頃から。当時、現社長の吉村(隆代表取締役社長)は、写真事業から化粧品事業にシフトして成功しているフジフィルムさんを例としてよく挙げていました。また吉村は自社のノウハウを別事業に転用する手法を“90度ビジネス”と銘打ち、パッケージビジネスとうまく向き合いながら、他社と一線を画する事業を起こし、新たな価値創造を行いたいと、事あるごとに話をしていました。私は2015年に社長直轄の、新規事業専門新設部署、プロジェクト推進室に異動となり地域活性化事業をローンチ、同年には全社横断的プロジェクト“地域共業ワーキング・チーム”を作るようにという命を受けました」。
正式に部署になったのは2017年のことだった。
「“0から1”のもの作ることができるクリエイティヴ・ノウハウが社内に蓄積している事が強み」
「エリアアライアンス部で展開していることは端から見ると、広告代理店のように見えるかもしれません……が、我々の強みは“0から1”のものを作ることができるクリエイティヴ・ノウハウが社内に蓄積していることです。音楽に関して言えば原盤制作。ディレクターとしてスタジオミュージシャンを集め、シンガーを呼び、曲を作ることができる。映像ディレクションはもちろん、アニメーションのプロデュースも。PRも社内インフラで全媒体に対して可能で、エンタメに関するほぼすべてをアウトソースせずに出来る強みがあります。今は事業が大きくなったので一定のアウトソースはしますが、マインドは変わっていません」。
エンタメ企業の中での地方創生の事業ローンチは、村多氏が音楽ディレクター時代にやっていた、新人アーティストを育てることと共通点は多い。
「まず社内を巻き込まなければ大きな動きにはならない。それは新人アーティストを手がける時と同じ」
「まさに僕がディレクター時代にやっていたことと同じことでした。この地域活性化事業に関していうと、社内を巻き込まなければ大きな動きにはなりません。これはまさに新人を手がける時と同じで、まずは社内プロモーションが大切で。それで、わかってもらった上で徐々にその輪を大きくしていって、大きな流れを作っていきました」。
しかしスタート当初は社内からも何をやっているのか、なんのためにやっているのかが理解されず、苦しんだ時期もあったという。
「なんのために出張に行っているんだ?また地方に行ってお酒飲んで帰ってくるだけでしょって思っている人もいたと思います(笑)。そんな空気も案件をひとつ、ふたつと獲得していくうちに変わりました。1件目は東京都港区、2件目は佐賀県のPRアニメ制作でした。アニメに関しては、大きなプロジェクトになったし、港区に関しては弊社の所在自治体ということで、社内もあれ?という空気に変わったのを肌で感じました。そこから社内の巻き込み度数が高くなっていきました。これも平成の音楽業界感覚でいえば、新人の楽曲がストリーミングサービスやYouTubeでのバズ、昔でいえばFMやCSでパワープレイが決まっていったり、ドラマの大型タイアップが決まった時のような感覚と同じだと思います。社内の、僕らの事業を知らない人に説明して理解してもらえる、という状況になりました」。
地方自治体のプロモーションは基本、コンペで発注先が決まる。代理店や様々な企業がしのぎを削り、案件受諾を狙う。しかし最初は応募の仕方も、コンペのやり方もわからない、という状態からのスタートだったという。
「現地をくまなく歩き、調査して自分の中でそのまちへの感覚を“点”から“線”にしていく」
「内容がネットで公示されるので、それを読み解くところから始め、コンサルタントを入れてアドバイスをもらう等、徐々に体制を整えていきました。提案書を作り、その後プレゼンなんですが、自治体案件は手続きがたくさんあるんですよ。そして受諾件数を重ねるごとに業務フローを磨き、かつ部員のスキルをアップさせていきました」。
元々歴史に造詣が深い村多氏は、まちの成り立ちや文化に知見がある。そのベースを基に、エリアのデータを調べた上で現地に赴き、土地の人々とコミュニケーションをするという。そして「現地で食べて、見て、歩いて、交通インフラを使ってみて、自分の中でそのまちへの感覚を“点”から“線”にしていきます。それでようやく地に足がつく状況にしたところでコンペに臨むんです」。
事業としてスタートということは、当然会社から数字を求められる。
「自分自身を突き動かしているものの存在が大切。それは自分達のノウハウでエリアを活性化させるという“使命感”」
「ローンチ時にはまず、5年以内に売上げ10億円という確固たる目標がありました。そのためのステップを、要所要所で事業計画を組み、進めてきました。5ヶ年計画なので、来年で達成しなければいけません。まだ整えなければいけない事はありますが、手応えはあります。事業の内容も変わっていくので、常に業務フローをアップデートしています。ローンチ当時と異なり、プロモーション動画を作ることも減少しています。自治体ごとのキャラクターもお付き合いが深くなり、関係が深化してきましたので、よりローカルにカスタマイズし、効果の最大化をはかりたい、と考えています。それと、やっぱり自分自身を突き動かしているものはなんなのか、という事が大切になってきます。それは圧倒的な使命感です。僕らのノウハウで、エリアを活性化させるという使命感。それは音楽のディレクターをやっていた時にはなかったものです。もっと売りたいとか、会社に貢献したいという思いはあったし、当時僕が制作し、レーベルを運営していたのはR&B、ヒップホップ、レゲエ、ジャズ等のクラブミュージック……メイン・ストリームではなかったジャンルでした。だからこのジャンルをなんとかしたいとか、メジャーで売りたい、という気持ちが凄く強かったんです。メジャーのフィールドで、でもクリエイティブがぶれないように、という姿勢でいつも臨んでいました。それと似たような感覚は今もあります」。
地方自治体のプロモーションは今に始まったものではない。ご存知、ゆるキャラの登場もそのひとつだ。また、有名人を起用したり、話題性のあるプロモーション映像を作って、話題作りをするが、それだけでは長続きはしない。
「自治体の事業が単年事業であることが悩みだったが、最近は数ヶ年事業として取り組む自治体が増えてきている」
「“点”を作ってもそれが“線”にならないのが、自治体の悩めるところです。根本にあるのは、自治体の事業が単年事業だということなんです。一年間しかないので、その一年間でどれだけ効果を出すかということに躍起になっていて、なかなかビジョンが描けない。担当者も頻繁に異動してしまう。最近は自治体も変化してきて数ヶ年事業、三年間でここまでにする、だからこの事業者さんにお願いする、という流れにはなってきています。レコード会社の場合は、やっぱり一年目のアーティスト計画があって、二年目はこう、三年目はこういう風に、というヴィジョンは、昔も今も現場は考えていると思います。僕らの会社は横の連携もあるし、事業レンジが同業他社と比較して広い。音楽だけではなく、アニメや映像、映画もある。イベントもできるし、書籍も出せるとなると、何かはできますよね」。
村多氏は、その特有の組織の在り方は仕方ないこととして、しかし現場から上の人間まで、熱を共有してもらうために、積極的に自治体で講演会を行っている。一方で自治体はその年度で決められた予算以上の事はできない、ということも理解して、予算が決まるタイミングで翌年を見据え事業提案をすることを心がけている。
「最近よく自治体のSNS活用研修やシティ・プロモーション勉強会の講師として呼ばれます。課長クラス、いわゆる中間管理職に向けてのプログラムも多く、プロモーションとは何ぞやということからお話しする機会をいただいています。こういったアクションを経て、お付き合いがある自治体に関しては、先ほども出ましたが関係が深化し、意見を言いやすい状況にはなってきました。プロモーションのスペシャリストを育てるべく、人材育成に力を入れる自治体も増えてきましたし」。
「新卒でこの部署を志望する人が増えている。今の若い人たちは自分の生まれ育ったまちに対する意識がとても高い」
ポニーキャニオンの新卒採用では、この「エリア・アライアンス部」を目指す大学生が、年々増えてきているという。「新卒でここに来たいと志望する人が増えています。会社のキャラクター的に、そんな事をやっているのは他にないという独自性が起因しているのかな、と。加えて僕は大学でも講師もやらせていただいているのですが、今の若い人たちは、自分の生まれ育ったまちに対する意識がとても高い。意外と思われるかもしれませんが自分の故郷、関わったまちに何かしたい!という気持ちが強い人が多いんですよ」。
「エリアアライアンス部」のホームページでは、これまでの取り組みを全て確認できる。そのコンテンツに共通していることは、圧倒的なオリジナリティと、熱量の高さだ。そのコンテンツを作り出す9人の部員の名前が、出身地やキャリアも含めてしっかりと掲出されている。
「クリエイティブの重要性と、時代性のあるPRを、と部員に常に伝えている」
「部員に常に言っている事はクリエイティブの重要性です。例えば、“とりあえず”の音楽や映像じゃダメなんです。僕らは総合エンターテインメント企業で、いいものを作る、時代性のあるコンテンツを作るというところで、ずっと飯を食ってきているわけです。ヒットコンテンツを作るということはそういうこと。そのマインドは忘れないように!と常々言っています。大切なのは自治体から与えられたミッションに対して、その枠の中での最もクリエイティブ、かつ先方のニーズと満たすものを実施するということ。加えて常に時代性のあるPRです。ご存知のようにPRの手法って日々変化、そして進化していくので、そこは意識しなければいけません」。
RHYMESTERのMummy‐Dが、初めて自治体に楽曲を描き下ろす
8月末、三重県桑名市の魅力を掘り下げるトークイベント「Dig.K」(Dig 桑名)がポニーキャニオン社内で開催された。出演したのは今年結成30周年を迎えたジャパニーズ・ヒップホップの雄・RHYMESTERのフロントマン、Mummy-Dと同市の伊藤徳宇市長。Mummy-Dは三重県桑名市の魅力を発信するアンバサダー「魅力みつけびと」に就任しており、今回初めて自治体に書き下ろした「くわなにさくはな」のプロモーションビデオが公開され、早くも再生回数は13万回を超え(10月19日現在)、注目を集めている。徹底的にオリジナリティにこだわる「エリアア・ライアンス部」の姿勢とセンスに驚かされる。
愛媛・道後温泉×「火の鳥」のコラボ
愛媛県松山市の「道後REBORN」というPR事業も話題を集めた。同市のシンボルともいえが道後温泉本館。すでに建築されて125年経っている本館を営業しながら保存修理工事を進めなければならず、観光客減への対策に市は苦慮していた。そこを逆手にとり「工事をやっているこのタイミングしか体感できない道後温泉をPRしよう」と、手塚治虫のライフワーク「火の鳥」とコラボレーションし、まちのPR全体のクリエイティヴ・コントロールとPRをポニーキャニオンが行っている。この施策の効果もあり、当初松山市が算出した観光客減少数に歯止めがかかった。
東京・町田市×福山潤・KEN THE 390
東京都町田市では、同社が有するノウハウやネットワークがフル活用されている。同市のプロモーションを手掛け2年目になるが、今年は同社主力アーティストの一人、福山潤を起用。アニメーション制作、同じく福山や人気ヒップホップ・アーティストであるKEN THE 390が関わる楽曲制作などをもとに、多角的なPRを実施予定だ。
来年はオリンピックイヤー。世界中から日本に人が集まる。もちろん地方自治体にとっても、絶好のPR機会になる。しかしインバウンドの盛り上がりはもちろんだが、その先を見すえた動きが大切だという。
「そのまちに住んでよかった、このまちをよくしていきたいと思う人を、増やさなければいけない」
「そのまちに住んでいてよかったとか、このまちをよくしていきたいと思う人を増やさなければいけません。シビックプライドの機運醸成という言い方をしますが、そこに我々は注力していきたい。例えば、港区の事業『港区文化芸術フェスティバル』はプロがアマに一からゴスペルを教え、最後にサントリーホールで披露する、というもの。区がそこまでやってくれたら嬉しいじゃないですか。そうすると『このまちはここまでやってくれる、もっとよくしていくぞ』という意欲も湧くと思うんです。そういう事業をもっともっと手がけたい。エンターテインメントの存在が様々な敷居を低くしてくれるんです」。
エンターテインメントの限りない可能性と、地域の持つ大きな可能性とが出会い、ケミストリーを起こし、“創生”という大きなエネルギーを生む。それを演出・プロデュースするのが、ポニーキャニオン「エリア・アライアンス部」だ。その動きにますます注目が集まりそうだ。