国も企業も、コロナ禍の経験を活かして、「人的資源」に関する新たなる発想を持つべきだ
先に「試論:『国力の方程式』再考」(2021年4月1日)という記事を書いた。その記事にも書いたように、「国力」を考える場合に、国や地域の人的資源や消費者としての力などの観点から、「人口」は重要な要素である。筆者は、現在もそうであると考えている。
しかしながら、昨年2020年初頭からグローバルに感染拡大した新型コロナウイルス(COVID-19)によるコロナ禍は、世界における人的な動きや活動に大きな影響を与え、1990年代に起きた東西冷戦構造の崩壊によって生まれてきていたグローバルな人的移動の流れを完全にストップさせた感がある。
その状況において、ICTなどを活用したリモートによる会合、会社・組織に出勤することなしに自宅でリモートワークをすることなどが日常化した。コロナ禍が終息し、アフターコロナ期になれば、ある程度の対面ワークの回復や復帰はあるだろうが、今後全面的に以前の状態に戻ることはないのではないかと考える。むしろ、ある程度あるいは更にかなりの部分は今後ともリモートによる対応やリモートワークが、業種や職種にもよろうが、継続あるいは拡大していくのではないだろうか。
実際、Facebookをはじめとする企業等では、アフターコロナ期においても、長期的な視点でリモートワークの導入を行っていくと発表してきている。
また、今後5GやXRなどをはじめとしたテクノロジーの更なるあるいは新たなる発展は、このリモートワークの質や量の向上および進展に貢献することが予想される。
このように考えていくと、「人口」や「人的資源」に関しても、新しい可能性や視点が必要だといえるのである。
これまで、人的資源や人材は、その物理的存在が、アイデアあるいは製品やサービスをつくりだす上では重要であった。そのために、日本でも、少子高齢化などによる近年の急激な人口減少、特に生産年齢人口の減少が、いくつかの産業や職種で、労働者不足などを生み、日本の経済や社会に多くの問題・課題を起こしつつあった。
その解決の一助として、2019年4月には、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正が行われ、日本国内でも外国人が仕事をすることがより容易にできるようにしたのである。
しかし、今般のコロナ禍で、経済活動が一部停滞し、労働者不足や外国人労働者の問題に変化が生まれている。なお、その問題の本質を明確かつ簡潔にすることは、本記事では必ずしも考察せず、別の機会に譲ることにする。
一方で、コロナ禍によるリモートワークなどの進展により、仕事をする人材は必ずしも身近にいる必要がないこと、つまり地理的・物理的要件は必ずしも重要ではないこと、より正確にいえば、少なくとも多くの仕事においては(すべてではないが)、その仕事が続けられることがわかったのだ。
つまり、企業や組織からすれば、仕事をしてくれる人は、物理的に自社内にいる必要はなく、世界中のどこにいても、かなりの仕事や業務はこなせることがわかったのだ。
またより豊かな生活が送りたいと考えて都市部から地域に移住してのリモートワークやワーケーション(注1)などをする者も、以前にも少しずつ生まれていたが、今般のコロナ禍をきっかけにさらに増えてきているようである。
しかしながら、筆者などもそうであるが、コロナ禍における経験から、現在のテクノロジーレベルでは、リモートワークでの制約や限界があることもわかってきている。また現在のリモートワークでは、人による現場の物理的な作業は難しい。
その意味では、これらの問題や課題は、新たなるテクノロジー等の今後の開発・進展で、補完、解決されていく必要がある。
いずれにしてもこのように考えていくと、人材や人材数の問題を考える場合に、国内や地域あるいは社内・組織内に、物理的にいるかどうかは、今後ますます重要でなくなる可能性が高いのである。それよりも、国外や地域外あるいは社外・組織外にいても関りをもってくれる人材をどれだけもっているかが、国・地域や企業・組織の「力」や人的資源を計る場合に重要な要素になると考えることができるのである。
その意味では、電子政府化を実現したとして注目を浴びるエストニアが施行している「イーレジデンシー(e-residency:電子居住)」の仕組みは(注2)、注目に値する。
エストニアは、2014年末、その制度で仮想住民制度を始めることで、世界中の誰でも118ドル(約1万3000円)払えば、デジタルIDを発行し、電子政府の機能を一部開放することで、国境さえも仮想的に拡大し、国外の外国人をある意味で「エストニアの住民」に繰り込んだものである。
より具体的には外国人が、イーレジデンシーカードを取得すれば、エストニアの電子政府を体感でき、エストニアにいなくても電子署名や法人設立、銀行口座の開設までできるようにしたのだ。世界中から、2019年11月時点ですでに約6万人のイーレジデンシー取得者を集めており、制度利用者数は、エストニアの人口増加率を上回るスピードで増えているといわれている。総人口数が約133万人のエストニアにとって、この数字のインパクトは大きい。
このエストニアの試みは、新しい発想に基づいた外部人材を自国に取り込む仕組みであり、正に今般のコロナ禍で起きた人材や仕事に関する概念や考え方への大きな影響や転換を先取りしている試みでもあると考えることができるのである(注3)。
以上のことからもわかるように、コロナ禍において、「人口」や「人的資源」の意味の観点から新たなる可能性や潜在性がみえてきたし、生まれてきたといえるだろう。
日本の従来の労働者不足や人口減の発想にとらわれず、今後の社会的な進展を生み出していくために、「労働資源」や「人的資源」における新たなる可能性等を生み出していく発想、政策や制度を創出すべき時にきているということができるだろう。
(注1)「ワーケーション」とは、「『ワーク』(仕事)と『バケーション』(休暇)を組み合わせた造語で、会社員などが、休暇などで滞在している観光地や帰省先などで働くこと。仕事と休暇を両立させる働き方として注目されている。
例えば、普段働いている職場を離れて、通信環境が整った観光地などで、休暇を取りながらリモートワーク(遠隔勤務)をする働き方が、ワーケーションにあたる。」出典:「ワーケーション」[南 文枝 ライター/2019年](「知恵蔵」(株)朝日新聞出版発行)
(注2)「デジタル変革で電子政府化を実現したエストニア、隠された苦難の歴史と希望の未来」(THINK Business 、IBMのHP、2019.11.15)や「人口時限爆弾を『イーレジデンシー』で緩和したエストニア」(Peter Kotecki、Business Insider、2018年10月2日)参照。
(注3)「イーレジデンシー」の制度は、これまでも世界的に注目を受けていたが、コロナ禍において、その意味や意義はさらに先進的で、大きなものであるということが判明したのではないだろうか。