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柏のエースFW、工藤壮人がMLSを選んだ理由

小宮良之スポーツライター・小説家
柏レイソルのユニフォームを身に纏い戦う工藤壮人。(写真:築田純/アフロスポーツ)

<ラストチャンスだな>

代理人からその話を聞かされたとき、彼は心がざわつくのが分かった。この2年間、公然と海外移籍の思いを発信してきた。10歳から在籍するクラブでのプレーは、人生のすべてに等しかった。

しかし、未知の戦いを求める衝動が強くなるのを感じていた。

<このタイミングなのかもしれない>

彼は自分に訊ねるように腔内で呟いた――。

12月29日、天皇杯の準決勝後だった。柏レイソルはFW、工藤壮人(25歳)が米国のトップリーグであるメジャーリーグサッカー(以下MLS)、バンクーバー・ホワイトキャップスへ移籍することを発表している。

MLSは2015年シーズンに海外からトッププレーヤーが押し寄せ、一気に注目を集める。現役のイタリア代表でもあるセバスティアン・ジョビンコがMVPを受賞。他にも、スペイン代表歴代最多得点を誇るFWのダビド・ビジャ(ニューヨーク・シティ)、チェルシーで活躍したアフリカの英雄、ディディエ・ドログバ(モントリオール・I)、ACミランで栄華を極めたカカ(オーランド・シティ)、リバプールの顔だったスティーブン・ジェラード(LAギャラクシー)、世界最高の司令塔、アンドレア・ピルロ(ニューヨーク・シティ)らが覇を競った。

ホワイトキャップスはMLSを代表する強豪クラブの一つ。デンマーク、ノルウェー、コスタリカ、ウルグアイ、アルゼンチン、ガーナ、ジャマイカなど世界中から有力選手が集まる。昨季はウェスト・カンファレンス2位で、MLSカップ準決勝に進出している。

「ヨーロッパへの移籍を優先に考えてきました。でも、MLSも注目が高まり、盛り上がっています。行こうと思っていけるリーグじゃなくなっていて、すごく魅力を感じました。そこに自分が飛び込み、中身を知りたくなったというか」

工藤はその心中を明かしている。

「話を受けたとき、自分のプレーを見てもらって必要とされている、というのは率直に嬉しくて、そのチャンスにかけてみたくなりました。チリ代表のパサー(ペドロ・モラレス)がいて、パスは出るのにゴールが少ない、というところで、最後のフィニッシュを求められた形ですね。ゴールという形で自分を表現できるか・・・ホワイトキャップスは20代前半の若い選手が多く、野心的に成長していきたい、というチームらしく、それも面白そうだなと」

もちろん、10歳から15年にわたって在籍した柏を去ることは、工藤にとって簡単な決断ではなかった。

09年にトップへ昇格し、10年にJ2で10得点を記録して優勝に貢献。11年にはJ17得点で優勝を経験し、クラブW杯でも得点した。12年にはカップ戦も含めて18得点で天皇杯優勝の原動力になった。13年はナビスコカップ優勝、アジアチャンピオンズリーグ6得点で準決勝進出に導いた。日本代表にも選ばれ、東アジアカップで得点を挙げ、優勝を飾った。14年は不調なチームの中で7得点と苦しむも、全試合出場でJリーグ個人フェアプレー賞を受賞。15年はクラブの最多得点記録を更新した。

共に歩んできたチームに、愛着がないはずはない。

「移籍はベストのタイミングというのは難しくて・・・。どのみち、ものすごいパワーが必要になるものだと思います。今シーズンで契約が切れる点や年齢的にも、ラストチャンスかなと思ったんです。自分は、"こっちにしておけば良かった"と後悔して過ごしたくはない。だから、"必ずやってやる"という強い思いで、自分を奮い立たせるようにこの決断をしたつもりです」

移籍発表を前に、工藤は真剣なまなざしで語っている。「柏を去る」。その意味について語るとき、手を組み、腕を組み、唇を噛み、左手で口を覆い、一点を見つめながら数十秒間唸り続け、答えが出せなかった。

「自分はレイソルのエンブレムの付いた"黄色い戦闘服"を身につけ、ボールを蹴り、ゴールをすることで人生を切り拓いてきました。喜びも、悔しさも、そこにあったんです」

彼はゆっくりと言葉を継いだ。

「チームのスタイルとしてはいろいろ経験しましたけど、そのときそのときレイソルがあって、自分はそこで、どう表現すべきか、を考えてきました。レイソルの選手であることを表現できたのが、ナビスコカップ優勝を決めた決勝の得点と今シーズン、キタジさん(北嶋秀朗)のクラブ得点記録を抜いた(2ndステージ第3節)フロンターレ戦のゴールかもしれません。プロに入る前から憧れていた人を超えてしまった・・・それは嬉しかったけど、信じられないような複雑な気持ちもあって。それがレイソルの9番の重みなのかな、と思いました」

柏がクラブとして吉田達磨体制(育成、強化時代も含めて)と決別し、新たに舵を切ったことも、移籍のタイミングになったことは間違いない。しかしそれはきっかけの一つに過ぎなかった。レイソルの選手として覚悟を持って歩んできた彼は、否応なく、新しい道を切り開こうという開拓心に駆られたのだろう。そして凄まじいエネルギーを使いながら、海を渡る決意を固めた。

「刺激を求めて」

言葉にすると安っぽく聞こえるが、安易な道を選んだわけではない。その道の先にはなにがあるか、誰にも分からない。しかし道を切り拓くというスピリットは、10歳の頃から培ってきた彼の人生そのものでもあるのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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