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国産ジェット旅客機MRJはネバーギブアップの精神で 50年ぶりファンボローの空を舞う 競争は激化

木村正人在英国際ジャーナリスト
飛行展示を終え、着陸態勢に入るMRJ(18日、筆者撮影)

飛行展示中止の不運

[英南部ファンボロー発]三菱航空機(愛知県豊山町)が開発する国産ジェット旅客機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」が18日、世界最大級の航空展示会「ファンボロー国際航空ショー」で2回目のフライトディスプレー(飛行展示)に成功し、同社首脳をホッとさせました。

戦後初めて日本メーカーが開発したプロペラ旅客機YS-11がファンボローで飛行展示を行ったのは50年前。敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の航空禁止令で、日本に残っていた飛行機は徹底的に破壊され、航空機メーカーは解体されてしまいました。

2006年に引退したYS-11のあとを受け、国産旅客機をファンボローで飛ばすのは三菱航空機にとどまらず、日本の航空関係者の悲願でした。

記者会見する水谷社長(17日、筆者撮影)
記者会見する水谷社長(17日、筆者撮影)

航空ショー初日の16日、MRJは初の飛行展示に成功、水谷久和社長は「招待していた世界の航空関係者から歓声が上がった。美しいフライトで、飛行中の音がとても静かだった。これでようやく航空機業界にデビューできた」と胸を張りました。

しかし、開発の遅れで初号機の納期が5度も延長され、納期時期も当初から7年も遅れているMRJ。不運は続くもので、初の飛行展示終了後、駐機場へけん引される際、現地会社の車両が機首に接触し、一部が傷つくトラブルに見舞われました。

「今日飛べます」

2日目の17日、機体を検証した結果、飛行展示は中止。「1日だけならまだしも、世界の檜舞台で2日寝込むとMRJは大丈夫かとなる」と三菱航空機の首脳は頭を痛めます。飛ぶか、飛ばないかの判断に水谷社長が加わると無用のプレッシャーをかけるため、現場の判断に委ねられました。

18日朝のミーティング、「飛行展示の中止」を想定して短いスピーチを用意していた水谷社長は、現場のスタッフから「今日は飛べます」とうれしい報告を受けます。午前8時半、「飛行展示の実施」が決定されました。

機首の損傷はほとんど分からなかった(筆者撮影)
機首の損傷はほとんど分からなかった(筆者撮影)

ノーズコーンの交換は間に合わなかったため、「絆創膏(ばんそうこう)」のようなテープで応急処置を施して、18日午後の飛行展示に臨みます。MRJは低燃費と低騒音がセールスポイントのGTFエンジンを採用しているため、最初、キーンと音が高まったあとは静かに、そして滑らかに飛び立ちました。

主翼を大きく揺らすMRJ(18日、筆者撮影)
主翼を大きく揺らすMRJ(18日、筆者撮影)

ファンボロー空港上空を3回周回したあと観覧席に近い空域を飛んだ際、MRJは左右に大きく主翼を振りました。テストパイロットが水谷社長に「大丈夫なところを世界に見せてやれ」と激励されたため、安全操縦に徹した初日の飛行展示より大胆に機体を揺らして見せたのです。

飛行展示は静かで美しかった(18日、筆者撮影)
飛行展示は静かで美しかった(18日、筆者撮影)

英国暮らしが10年を超えた筆者は、プロゴルファーに転向して2年目の石川遼選手が09年、日本人選手最年少で全英オープンに初出場した時のことを思い出しました。遼クンの全英デビューの時と同じようにMRJも大勢の日本メディアを引き連れてやって来ました。

ライバルは「サメ」、1兆7300億円の成約

ファンボローも全英オープンも世界の強豪揃(ぞろ)いです。MRJのライバルとなるのはリージョナルジェット機世界最大手、ブラジルのエンブラエル。

航空ショーの開幕に先立つ15日、世界から招待した報道関係者を新型小型旅客機E190-E2に乗せ、約1時間のメディアフライトを行う熱の入れようでした。

エンブラエルE190-E2の機種に描かれた「サメ」(筆者撮影)
エンブラエルE190-E2の機種に描かれた「サメ」(筆者撮影)

エンブラエルは次世代リージョナルジェット機「E2シリーズ」に力を入れており、キャッチフレーズは「プロフィット・ハンター」。昨年のパリではE195-E2の機首に「イヌワシ」、今年3月のシンガポールではE190-E2に「トラ」を描き、ファンボローではE190-E2の機首に「サメ」を描きました。

ファンボローでも、まさに「サメ」のような稼ぎっぷり。エンブラエルは、米リパブリック航空とE175型機100機の確定発注とE175型機100機の購入権について合意書に署名するなど「合計300機、153億ドル(1兆7300億円)」の契約をものにしました。

エンブラエルはまさにリージョナルジェットの横綱です。今後20年間で座席数が70~130席のリージョナルジェットの新規需要を6400機と見込んでいます。

エアバスのA220(筆者撮影)
エアバスのA220(筆者撮影)

座席数100~150席の小型旅客機が不足していた欧州のエアバスはボンバルディア(カナダ)から新型小型機「Cシリーズ」を買収して「A220」に改称して市場参入。米ボーイングもエンブラエルと小型旅客機事業の買収で合意し、小型旅客機市場でもエアバスとボーイングの2大巨人が激突することになりました。

「空白の50年」を乗り越えろ

MRJの機内(筆者撮影)
MRJの機内(筆者撮影)

MRJは1年以上受注から遠ざかっており、今年1月には顧客の米イースタン航空から40機のキャンセルが発生。今年3月期末の債務超過額は1100億円となり、1年間で2倍以上に増加しました。

MRJの操縦席(筆者撮影)
MRJの操縦席(筆者撮影)

17年のパリ国際航空ショーは実機の展示のみ。今回初の飛行展示を行ったファンボローでも「種まきの状態」(三菱航空機関係者)が続きます。今後、設計変更を完全に終え、19年には新しい機体の飛行試験を米国で行います。

20年半ばまでに初号機をANAホールディングスに納入する予定ですが、東京五輪・パラリンピックの開催に間に合うかどうか。エアバス、ボーイングとの戦い、ロシア、中国といった新規参入組との競争激化は避けられず、これからがまさに正念場です。

雑誌「航空情報」の春原(すのはら)健一ディレクターは筆者にこう解説してくれました。

「MRJの長所は設計年度が新しいところです。残念なのはエンブラエルと違って実績がない。実績をつくるまでは耐えるしかありません。ジャパンクオリティーで仕上げた飛行機なので、あとはバグだし(問題点の改善)さえ終わってしまえば、良い飛行機になるでしょう」

「飛べば良い飛行機なら売れていきます。シビアな数字の世界がありますから、売って儲けるのではなくて、売ってから儲ける商売をした方が良いでしょう。メンテナンスで儲けるというかたちです」

「まだプロダクションモデル、一般の商業飛行機の一歩手前です。バージョンで改良、改良を重ねていけば飛行機の寿命は長いので、20~30年は平気で使えます。機体の基本設計が良ければ、ライフサイクルは50年近く持つわけですから」

「つくればつくるほど安くなって、改善していける。今は産みの苦しみ、耐える時期。これを乗り越えない限り、絶対に成功はありません」

「YS-11がファンボローで飛んでからの50年はまさに『空白の50年』です。プロペラ機のマーケットは今もあるわけですから、日本政府がYS-11の赤字を我慢してやっていれば今は黒字になっていたはず」

「基本設計は非常に良い飛行機でしたから、名機を潰したのはもったいない。MRJも、ここまで来たからにはネバーギブアップで行くしかありません」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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