「日本一の育成型クラブ」に女子プロチーム誕生。WEリーグのサンフレッチェ広島レジーナの「3つの強み」
【女子サッカー界に新しい息吹】
女子サッカー界に、新たな有力クラブが誕生した。
サンフレッチェ広島レジーナは、1992年のJリーグ発足時のオリジナルメンバーでもあるサンフレッチェ広島F.Cの女子チームとして、今年秋に開幕するWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)に参戦する。
サンフレッチェは、「三」とイタリア語の「フレッチェ(矢)」を掛け合わせた「三本の矢」を示す造語だ。「三」には、「心・技・体」や、「技術・戦術・体力」などの意味合いが込められている。「レジーナ」は、同じくイタリア語で「女王」を意味する言葉で、「RESPECT」、「GIRLS」、「NAVIGETOR」のそれぞれの頭文字を合わせた「REGINA」でもある。そこには、ピッチ内外で常にリスペクト精神を失わないことや、女性が憧れる存在になること、多様性に溢れた社会へと導く存在になる、といったコンセプトが含まれている。
WEリーグは11チーム中9チームがなでしこリーグからの参入だが、レジーナは大宮アルディージャVENTUSと共に、新規チームとして申請し、厳しい参入審査をクリアした。
3月8日に広島市内で行われたレジーナの新体制発表記者会見は、メディアの数も多く、注目度の高さがうかがえた。クラブの独自性やポテンシャルを考えると、今後、クラブが発展していく上で鍵となる3つの強みが見えてくる。
【クラブの発展を促す3要素】
まず、男子チームが築いた礎を女子チームでも生かせることは大きなアドバンテージになる。指導者の往来も含め、育成、強化のノウハウを共有することができる。ユースからトップチームに数多く選手を輩出し、「育成のサンフレッチェ」と言われるほど、育成力に定評があるクラブだ。その根底にある、「日本一の育成型クラブを目指す」という理念を、女子チームでも追求していくという。WEリーグ準備室長の久保雅義氏は、「育成、普及のノウハウを受け継ぎながら、女子で特化した育成を目指していきます」と意気込みを語った。
2つ目は、有力選手の獲得による、充実したチーム編成が実現したことだ。
新監督には、広島や仙台など、J1でユース監督やトップチームのコーチなどを歴任した中村伸氏を迎えた。脇を固めるのは、女子サッカー界で多彩な経歴を持つコーチ陣だ。ヘッドコーチには、日テレ・東京ヴェルディベレーザのコーチやINAC神戸レオネッサ監督、ちふれASエルフェン埼玉でGMなどを歴任した鈴木俊氏が就任。また、広島県出身で、浦和レッズレディースやASハリマアルビオン(なでしこリーグ)などでディフェンダーとして活躍した高畑志帆コーチも加わった。
選手は現在25名で、他チームからの移籍や大学、高校からの加入に加え、公開セレクションでも4名が入団した。2011年ドイツW杯優勝など、代表の主力として一時代を築いたDF近賀ゆかり(←オルカ鴨川FCから)とGK福元美穂(←エルフェン)の移籍は、ビッグネームの獲得として話題を呼んだ。
2人に次いで経験豊富なDF中村楓(←アルビレックス新潟レディース)とDF左山桃子(←静岡SSUアスレジーナ)は、1対1に強く、新潟ではセンターバックを組んでいた時期もある。そして、J1の柏レイソルのFW呉屋大翔を兄に持つDF呉屋絵理子(←愛媛FCレディース)もセンターバック候補の一人だ。同じく最終ラインには、代表候補のDF木崎あおい(←エルフェン)や、年代別代表のDF松原志歩(←新潟)とDF松原優菜(←セレッソ大阪堺レディース)姉妹など、機動力の高い若手選手が揃った。中盤では、豊かなスキルで攻撃を組み立てるMF川島はるな(←ノジマステラ神奈川相模原)と、キレのあるドリブル突破が魅力のFW増矢理花(←INAC)は実績十分だ。
アタッカーは激戦区だが、実績ではFW上野真実(←愛媛)が頭一つ抜けている。2016年のU-20W杯得点王でもある上野は、高倉麻子監督率いる代表の五輪メンバー候補の一人で、今月17日から鹿児島で行われている合宿にも参加している。その上野を筆頭に、171cmの長身でシュート技術に長けたMF齋原みず稀(←愛媛)や、FW山口千尋(←愛媛)、FW島袋奈美恵(←INAC)、FW中嶋淑乃(←オルカ)、FW谷口木乃実(←バニーズ京都SC)ら、スピード溢れる選手がしのぎを削る。今年1月、2大会連続の全国制覇を達成した藤枝順心高校で主将を務めたMF柳瀬楓菜も、期待の星だ。
年代別代表やA代表経験者を含め、有力選手が揃ったチームを率いる中村監督は、チーム作りの方針をこう語っている。
「ここまで(それぞれの場所で)積み上げてきた『個』を磨きながらレベルアップして、最後まで諦めずに戦い抜くフォアザチームの精神で前へ進んでいく(男子の)広島のスタイルを、レジーナでも習得させていきたいです。成長しながら強くなっていくことを目指します」
男子チームのコーチとしてJ1優勝経験もある中村監督は、穏やかな語り口で、親しみやすい印象を与える。練習中は選手にこまめに声をかけ、その内容やアドバイスは明快だった。まだ緊張が見える選手たちの雰囲気を盛り上げることも忘れず、細やかな目配りも光った。具体的な戦術は、これから決めていくという。
「選手が一番躍動できて、特徴を引き出し合えるサッカーを展開していきたいと思います。どういう戦術が一番選手にとってやりやすいか、何がベストかを探していきます」
全体練習が始まったのは2月15日だが、学校の卒業式などもあり、全員が揃ったのは3月に入ってからだった。そうした中でも、9日の練習では、ミニゲームやシュート練習で、個の強さを感じさせる、目を見張るようなゴールがいくつか見られた。
そして、レジーナのもう一つの強みが、選手たちの進路としてカバーできる地域の広さだ。WEリーグは東(北)日本に9チームが集中しており、西日本は近畿地方のINAC神戸レオネッサと中国地方の広島のみ。四国、九州には参入クラブがないため、同地方出身の女子選手たちにとっては最も身近な「憧れのクラブ」となる。広島県内ではこれまで、地元の有志によって発足したアンジュヴィオレ広島(現なでしこリーグ1部)があった。今後は、プロのレジーナ、アマチュアのアンジュヴィオレと受け皿が広がり、育成・普及の土台は整った。レジーナは「地域に愛されるクラブになる」ことをミッションの一つに掲げており、普及活動や地域貢献活動は広い地域で行っていくという。ともに広島出身の選手である左山桃子と齋原みず稀は、新体制発表の折に、地元でプレーできる喜びをこう語った。
「広島の地にプレーヤーとして戻れたこと、地元のプロチームでプレーできることにすごく幸せを感じています。『この選手がいないと成り立たないな』というぐらいのプレーを、皆さんにお見せしたいです」(左山)
「広島に帰ってくるにあたって、いろいろな方から温かいメッセージをもらって、広島でプレーできる喜びと自覚と責任を感じます。どんなところからでもシュートを打つことと、得点にこだわってプレーします」(齋原)
9月から5月の秋春制で行われる点は、なでしこリーグとは異なる難しさがある。2月は寒波の影響もあり、積雪もあった。中村監督は、「選手のコンディションを見ながら、探り探りやっていくことになると思います」と語り、初めてのサイクルに慎重に適応していく姿勢を示す。
【新チームを導くキーパーソン】
アマチュアからプロになり、新チームの歴史を作っていく選手たちにとって、近賀ゆかりと福元美穂の2人はピッチ内外でチームを導く羅針盤のような存在だろう。2人はともに、ドイツW杯優勝、12年のロンドン五輪と15年のカナダW杯では準優勝の実績を持っている。そうした経験とともに、人間性の豊かさも、2人が様々なチームで愛されてきた理由だ。
近賀は加入を決断した理由について、「サッカー人生で、ゼロからスタートできる経験はなかなかないな、とワクワクする気持ちが大きくて、『チャレンジしたい』と思いましたし、女子サッカーに対するクラブの熱い思いや情熱を感じたからです」と振り返った。今年は背番号「10」と共に、キャプテンも任されることとなった。
近賀はこれまで、なでしこリーグの他にイングランド、オーストラリア、中国などでのプレー経験を持つ。20代はサイドバックとしてプレーしていたが、現在の主戦場はボランチ。16年から20年にかけては、開催時期の異なるオーストラリアと中国、そして日本のリーグをまたいで戦うハードなスケジュールをこなした。そして、18年から2シーズンプレーしたオルカ鴨川FC(現なでしこリーグ1部)でも、ほとんどの試合に出場した。
様々な国で培った対応力やコミュニケーション力の高さは、プレーの端々に現れる。ピッチ場の変化を見逃さず、コントロールする。会話の流れを滑らかにするさりげないワンフレーズのようなパスもあれば、明確なメッセージがこめられたパスもある。
「特徴のある選手が多い感じがするので、今はその特徴をもっと大胆に見せて欲しいですね。『どうすればいいですか?』と聞かれたら、『どんどん自分のプレーを出して』と言ったり、『(自分が)動き出してもボールが出てこなかったら要求して欲しい』と伝えています」
多様な個性を持った選手たちが一つのイメージを共有することは難しいが、逆境でも全員が同じ方向を向くことでチームがまとまり、世界一に上り詰めたーーその経験から得たものを、レジーナでも伝えていく。
2011年のW杯優勝後の「なでしこフィーバー」は一過性のものとなってしまったが、その経験から学んだことも生かしていく。
「今までは周りの方が用意してくれたものに対して全力を尽くしていましたが、これからは自分たちで作り上げていく、という意識を持つことが大事になると思います。まずはヨーロッパやアメリカのリーグなど、(日本より)進んでいる『世界』に追いつけるように、盛り上げていきたいですね」
福元美穂は、そんな近賀と同じ2003年に、当時Lリーグ(現なでしこリーグ)1部だった岡山湯郷Belle(現2部)でデビューした。13年間プレーした後、INACで2シーズン半、その後エルフェンで2シーズンプレー。そして今季、レジーナで新たなキャリアをスタートさせる。
「広島が(WEリーグ入りに)手を挙げて、参入が決まった時にゼロから作り上げていくことに興味がありました。実際に声をかけていただいて、話を聞いて『ここでやりたい』と思い、決断しました。チームメートのことなど、新しいことを知る日々が楽しくて、とにかくワクワクしています」
端的ではっきりとした指示と、よく通る声。経験に裏打ちされたそのコーチングには、いつも聞き入ってしまう。近賀も、「声が通るし、自分とは違うタイプです。心強いし、本当に助かっています」と厚い信頼を寄せる。レジーナの練習中も、福元の声は誰よりも響いていた。
「一番大事にしていることは仲間と協力してゴールを守ることで、コーチングはその手段の一つです。声で味方を動かして、協力して守りやすくする。結局、その結果は全部、自分に返ってきますから(笑)。いかにみんなを声で助けられるかをいつも考えています」
そう話す表情は、試合中の眼光鋭い姿からは想像できないほど優しい。昨季はあまり出場機会に恵まれなかったが、レジーナでは再びそのプレーを見られそうだ。
鹿児島出身の福元にとっては、実家が近くなることも大きい。「昔からの知り合いが多いので見にきてくれると思うし、家族も移籍を喜んでいました」。同じ神村学園高等部(鹿児島)女子サッカー部出身のメンバーが、レジーナには福元以外にも3人(上野、山口、MF小川愛)いる。学年こそ違うが、それも嬉しいことだという。
「いろいろなチームを見てきた中で、今は、昔と比べて選手たちが自分のチームを誇りに思う気持ちが薄れてきている気がします。時代もあるかもしれないですが、やっぱり自分のチームを誇りに思ってほしいし、自分自身もその思いを大切にしたいです。性格的にもグイグイ引っ張っていくタイプではないですが、若い選手たちに、『こうやっていいんだよ』と示しながら、一緒に作り上げていきたいです。チームとして一つになっていく、その一つ一つの過程を自分のものにしながら、サッカーを楽しみたいと思います」
それは、フォアザチームの精神を大切にする彼女らしい、力強いメッセージだった。
新生チームの初戦は5月のプレシーズンマッチでお披露目される。レジーナは「女王」の名に相応しい戦いを見せ、日本女子サッカー界に新しい息吹をもたらすことができるだろうか。
新規参入チーム同士の、大宮との初戦(5月8日@NACK5スタジアム大宮)は注目の一戦だ。
※写真はすべて筆者撮影