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4階級王者アルバレス「FA宣言」の理由。メイウェザー路線を継承すればアンチ増加か

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
コバレフ戦のカネロ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

ようやく決まった復帰試合

 パウンド・フォー・パウンド・キング、当代一のスター選手と呼ばれるサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)の次戦が12月19日、カラム・スミス(英)を相手に行われることになった。会場は米国テキサス州のダラスあるいはサンアントニオの大アリーナが候補に挙がっている。

 カネロと同じ30歳のスミスはWBAスーパーミドル級スーパー王者で、これまで27勝19KO無敗。身長191センチ、リーチ197センチを誇るフィジカルが売り物の選手。WBA&WBCミドル級王者であり、WBAスーパーミドル級レギュラー王者のカネロには体格のハンディがつきまとう、リスクの大きい挑戦と推測される。

 昨年11月のセルゲイ・コバレフ戦(カネロの11回TKO勝ち)以来のリング登場となるカネロは今月初めにフリーエージェント(FA)を宣言。10年以上契約を結んでいたオスカー・デラホーヤ氏率いるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)そして2年前から5年で400億円強の大型契約を交わしていたストリーミング配信のDAZNとの関係を打ち切った。

大型&長期契約を解消

 その成り行き、原因に関していろいろ当たってみたが、核心はつかめなかった。私なりの解釈では次のようになる。DAZNとの契約は一挙にカネロの懐に契約金が入って来るのではなく、1試合消化するたびに35億円とも40億円ともいわれる額が支払われる仕組みだった。ところが新型コロナウイルス感染症の拡大で試合の開催が困難になり、苦境に立たされたDAZNが契約の見直しを打診。譲歩する気持ちがないカネロと軋轢が生じたと思われる。

 一方GBPはカネロとDAZNの契約の仲立ちをした。そのため両者との契約、もっとかみ砕けば“請求書”が生じた。試合ごとのGBPの取り分が多いことにカネロと彼のチームは不満を抱いていた様子がうかがえる。もう一つ、昨年5月、ダニエル・ジェイコブス(米)に勝って獲得したIBFミドル級王座を指名試合の関係ではく奪されたことが両者の確執の始まりだといわれる。戦わずにベルトを失った原因をカネロはGBPの責任、不手際だと見なしていた。

10年に及ぶ関係にピリオドを打ったカネロとデラホーヤ氏(写真:BoxingScene.com)
10年に及ぶ関係にピリオドを打ったカネロとデラホーヤ氏(写真:BoxingScene.com)

 ともあれカネロ側から300億円近い額の訴訟を起こされていたGBPとDAZNは、ひとまず安心という境地ではなかろうか。もちろんカネロという「金の成る木」を失ったショックは大きい。しかし、このまま裁判沙汰が長引き敗訴する事態になれば、ダメージは計り知れない。一方カネロにしても今後はフリーの立場で自分を売り込める利点がある。訴訟を起こした時はアンチファンから「何様だ!」という声が聞こえたが、それを払しょくする意味でもFAの決断は歓迎されている印象だ。

フロント陣の充実が急務

 さて一見スマートに行動したように見えるカネロだが、独立営業は果たして成功するのかという懸念がある。というのもカネロ・プロモーションズが発足した当時に苦い経験があるからだ。

 同プロモーションズのトップというか舵取り役はカネロのトレーナー兼マネジャーのエディ・レイノソ氏。指導者としての腕は一流で、昨年度の全米ボクシング記者協会のトレーナーMVPを受賞している。カネロに続き人気沸騰のライト級ライアン・ガルシア、前フェザー級王者で2階級制覇を狙うオスカル・バルデス、前ヘビー級統一王者アンディ・ルイスJr.、お騒がせのルイス・ネリなど続々と著名選手が弟子入り。売れっ子ぶりがメディアに取り上げられる。

 しかしメキシコのグアダラハラで旗揚げした当時のカネロ・プロモーションズは、まもなく問題が持ち上がる。経理を任せた人間が興行収入や選手のファイトマネーを着服する事件が発生。レイノソ氏がジムでの指導に熱心になるあまり、運営が疎かになったのが原因だった。その人物はチームの親友の一人で、じきに事件が発覚してクビになったが、同プロモーションのアキレス腱は事務系の優秀な人材が不在なこと。それを解決しないと墓穴を掘ることになりかねない。

 ちなみに私は横領した人物に電話連絡したことがあったが、その時は広報担当だと言っていた。ラテンのアバウトさが際立つ。その点、DAZNやGBPとの折衝、FA宣言に関しては米国の腕利き弁護士を雇用した様子なので心配なさそうだ。だがリングで活躍することと同様、カネロと陣営はフロント陣を重視しないと先が思いやられる。

相手のスミスはDAZN傘下

 それにしてもFA宣言して第1戦がスミスとは皮肉なものだ。試合までちょうど1ヵ月。ビッグネームの試合にしてはあまりにも短すぎる。そしてスミスはマッチルーム・ボクシングのエディ・ハーン・プロモーターの選手で試合はDAZNが全米に中継する。縁を切った相手と初っ端からビジネスを再開するのだ。関係はねじりの様相を呈する。両者にしこりはないのか、カネロはいくら稼ぐのか。復帰戦を取り巻く状況が注目される。

 もちろん勝敗予想も興味深い。冒頭で触れたようにスミスの体格は相当なアドバンテージになると思われる。データでは身長、リーチとも18センチずつカネロを上回る。加えてパワーも兼備しているのが強み。現在、スーパーミドル級では最強のチャンピオンと見なされ、リング誌、ESPNとも同級ではスミスをランキングのトップに据える。ちなみに後者でカネロは4位(ミドル級はトップ=チャンピオン)を占める。それでも試合発表時のオッズは4-1でカネロ有利と出ている。

スーパーミドル級最強の呼び声高いカラム・スミス(写真:BoxingScene.com)
スーパーミドル級最強の呼び声高いカラム・スミス(写真:BoxingScene.com)

スミスはインファイトが苦手

 スミスの前に有力候補に挙がったのがIBFスーパーミドル級王者カレブ・プラント(米)だった。結局、プラントは所属するPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)が今回見送りの決断を下し対戦は実現しなかった。メディアによっては、よりボクサータイプのプラントにカネロは苦戦するだろうと見ている。逆にスミスは楽勝の相手だと決めつける極端な意見もある。

 その根拠は「スミスは接近戦ができない」というもの。カネロがDAZNとの契約第1戦で3回TKO勝ちで一蹴した同じ英国人のロッキー・フィールディングにスミスは通じるという見方がされる。私はこの意見にすべて同調できないが、一理はあると思う。

 今後はプロモーターや中継するメディアの意向に沿わずに対戦相手をセレクトできるカネロ。彼の選択とファンの希望が一致するかは全く見通しがつかない。アンチファンを増やすのか、黙らせるのか。前者のケースで成功した(?)のがフロイド・メイウェザー。カネロがそれを継承することはないと信じたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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