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「あり得ない」形の立体が存在する!驚きの動画 -家族全員で楽しめる「立体錯視」の世界-

五十嵐悠紀お茶の水女子大学 理学部 准教授
円筒の立体を鏡に映すと四角柱に見える。いったいなぜ!?

 4,5月には新型コロナウィルス感染の拡大防止のため、子どもたちの学校はほとんど休校となってしまいました。学びがストップしてしまわないよう、教育関係の先生方のご尽力で、オンラインコンテンツが日に日に増加しています。

 その中で、世代を超えて楽しめて、しかも学べる「立体錯視」のコンテンツをご紹介します。

夏休みにぜひ親子で一緒に楽しんでみてはいかがでしょうか。

180度回転させても矢印はやっぱり右を向く

「錯視(さくし)」というのをご存じですか?

 簡単に言えば、目が錯覚することです。次のような(2次元)図形はご存じですよね。

錯視図形の例。横棒の長さが違って見えたり、中央の円の大きさが違って見えたりする
錯視図形の例。横棒の長さが違って見えたり、中央の円の大きさが違って見えたりする

 同じように、(3次元)立体で起こる錯覚が「立体錯視」です。この立体錯視の楽しさを教えてくれるのが、「外出自粛で退屈している人のための自主講座 立体錯視の世界」です。

 さっそく具体例を見ていただきましょう。これは「右しか向かない矢印」というものです。上部が矢印の形をした立体ですが、水平に180度回転させても矢印は左を向かずに右を向いてしまいます。

 動画を見ていただくのが早いですね。1:13の位置から再生されるので、まず20秒間ぐらい見てください。

 どうでしょう? 立体錯視は不思議な世界で、大人が見ても楽しめます。でも、我が家の3人の子どもたちの反応が、年齢ごとに違ったのがおもしろかったのでご紹介します。

5歳、小3、小6、それぞれの反応は?

 5歳の娘は魔法のように動画に見入っていて、手品でも見ているかのようでした。「すごい!」「次は?次は?」とワクワクしていました。

 小学3年生の次男は、「えー?!矢印が右しか向かないって?!」「なんで? ビデオを編集してるんじゃないの?」「矢印だけじゃなくて?魚まで? さすがにこの形は無理っしょ。 えー!できるの?!」などとYouTubeを見ながらつっこみまくり。

「編集」という言葉が出てくるのがYouTube世代だな~と思いながらも、1ステップずつていねいに進んでいく種明かしと、仕組みの解説を理解して、「そういうことかー!すごい!」と納得していました。ビデオを見た後は、ワイヤーで解説していたところ(動画4:00あたりから)を思い出して、「家にあるものでも作れるかな?」と家のなかをごそごそと捜索していました。

 小学6年生の長男は、種明かしの前に自分で推測。「これは視点が固定されているからそれがヒントなんじゃ・・・?」「あ、もしかして、この断面が水平じゃなくて、傾いているんじゃないかな?」少しずつ解説される内容に、笑顔で「やっぱり~!わかった!」「へー!こういう形をどうやって見つけるんだろう?」と興味津々。

 立体錯視は、このように遊びと学びのちょうど良いバランスが魅力です。そして、未就学児でも小学生でも、そして大人でも、世代を超えて楽しめるコンテンツになっています。立体錯視に触れることがきっかけで、数学、幾何学、認知科学、情報科学、といったさまざまな学問の領域に興味を持つきっかけになるかもしれません。

「立体錯視の世界」には「右しか向かない矢印」のほか5種類の立体について、動画と補足説明があります。

http://www.isc.meiji.ac.jp/~kokichis/3Dillusionworld/3Dillusionworldj.html

 第5回「丸い四角」では、補足説明のページに展開図(PDF)のリンクがあるので、実際にA4判の紙を使って作ることができます。

 小さい物体を見るだけではなく、人が中に入り込むことができる施設を作ることもできます。

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 第2回「反重力斜面」の13:17の位置から再生されます。どう見てもそりに乗った子どもが坂を登っているように見えますよね。もちろん、このような錯視ができるのは、これを撮影した高い位置から見たときだけで、そりに乗っている人には残念ながら錯覚が起きません。

どんな人が考えた?

 この動画、そしてそもそもの立体を作成したのは明治大学先端数理科学インスティテュート 研究特別教授の杉原厚吉先生です。数理工学・計算機科学の研究者であり、特に不可能物体を対象とした研究に従事して、幾何学や数理モデリングの観点から取り組んできた、世界的な研究者の1人です。

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 自らさまざまな不可能立体を創作し、立体錯視アーティストとしても活躍しており、「Best Illusion of the Year Contest First Prize」など、国内外で多くの受賞歴があります。

 立体錯視を研究するようになったきっかけについて杉原先生に尋ねてみました。

「小・中学生のころからエッシャーの絵は好きでしたが、研究者になってからロボットの目を開発する中で、エッシャーの不可能図形が立体になることを見つけました。それなのになぜ人は“作れない”と思ってしまうのだろうと、人間の視覚にも興味が広がったことがきっかけでした」

 研究者としてご活躍される一方、これまで名古屋大学、東京大学などで多くの学生を育ててこられました。また、『錯覚クイズ』(だいわ文庫)や『新錯視図鑑』(誠文堂新光社)など多くの一般書を執筆されています。2019年2月9日には日本テレビ「世界一受けたい授業」に「何回見てもダマされる? 暮らしに役立つ錯視トリック」というタイトルで出演されたのを見た方もいらっしゃるでしょう。

 そのほか、だまし絵や不可能立体に関する工学的理論を、展覧会などで一般の人にわかりやすく伝える活動も行っています。2019年夏に明治大学博物館で開催された「立体錯視の最前線」をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

「立体錯視のおもしろさは静止画像だけではなかなか伝え難いのですが、展覧会などで立体を直接見ていただくと感動していただけることが多いと思います。そのような機会をたくさんいただけて幸せです」(杉原先生)

 今回「立体錯視の世界」というWebコンテンツを作ったことについて、杉原先生は次のようにおっしゃっています。

「外出を自粛して自宅におられるみなさんの退屈を紛らわすお役に立てるかもしれないと思い、この自主講座を始めることにしました。テーマは立体錯視です。モノを見たとき、実際とは違うように見えてしまう錯視の不思議さ、面白さを楽しんでいただけたらうれしいです」

「わかりやすく伝える」ためのヒント

 先ほどの動画「右しか向かない矢印」には「わかりやすく伝える」ための工夫がなされていたことにお気づきでしょうか。

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 杉原先生は最初に普通の矢印の立体を見せています。これを180度回転したらどのようになるか(左に向きますよね)、まず“あたりまえ”を見せています。誰でも「そうだよね」と納得します。

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 そのあとに、「立体錯視の矢印」を見せます。そうすることで、“あたりまえ”と今見えているものとの違いが明確になるのです。そうなれば「おかしいぞ!?」とその面白さに惹き込まれていきます。

 さらに鏡が出てきます(動画1:50あたりから)。小さい子であっても知っている「鏡」というものを使うことで魅力がさらに倍増します。

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このように伝えたいことをていねいに、かみ砕いて1ステップずつ伝えていくというのは、簡単なようで実は難しいのです。学校が臨時休校になってしまったことで、お子さんの教科書を片手にいかにわかりやすく教えるか、理解させるかに苦労していた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな場合の「教え方」として、このコンテンツは参考になるかもしれません。

立体錯視はどうやったら作れる?

 さて、小学6年の我が子も気になっていましたが、こういった立体錯視はどのように作るのでしょうか。

「一つの方向から見たとき右を向いた矢印の姿に一致する立体を方程式で表すと、無限に多くの解をもちます。そこで、反対から見たとき逆を向く矢印について別の方程式も立てて、その2つを連立させて解きます。そうすると、鏡に映すと逆を向く矢印、すなわち180度回移転しても右しか向かない矢印を作ることができます」(杉原先生)

 このように、立体錯視を作るときは連立方程式を解く、という作業をしているのです。

 6種類の動画を補足する形で一般書や論文も紹介されています。オープンアクセス(無料でPDFを読むことができる)の論文も多いので、詳細が気になる方はそちらを読んでみてはいかがでしょうか。

 我が子の様子でおわかりにように、子どもたちに動画を見せると、よくしゃべります。どういうところに自分の子どもが興味を持っているのか、どこまでわかっているのかを知ることができるのも、一緒に動画を見たときに得られるメリットの一つです。

 教育用の動画をただ見せておくだけではなく、たまには家族で同じ動画を見てみるのもオススメです。それが学びにつながるような動画だと、なおさら親としてはちょっぴりうれしいのです。

※本記事は日本ビジネスプレスのコラム(2020.04.25公開)の転載(一部改訂)です。

(記事内に使用した画像は、「外出自粛で退屈している人のための自主講座 立体錯視の世界」のYouTubeから著者がキャプチャーし使用した。)

お茶の水女子大学 理学部 准教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).日本学術振興会特別研究員PD, RPD(筑波大学), 明治大学総合数理学部 専任講師,専任准教授を経て,現職.未踏ITのPM兼任.専門はヒューマンコンピュータインタラクションおよびコンピュータグラフィックス.子ども向けにITを使ったワークショップを行うなどアウトリーチ活動も行う.著書に「AI世代のデジタル教育 6歳までにきたえておきたい能力55」(河出書房新書),「スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子 (ネット社会の子育て)」(ジアース教育新社),「縫うコンピュータグラフィックス」(オーム社)ほか.

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