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3Dメガネは能面型、能とテクノロジーが画期的融合 -スペクタクル3D能「平家物語」の映像技術を聞く-

五十嵐悠紀お茶の水女子大学 理学部 准教授
伝統芸能とテクノロジーの融合は、何を描き出すのだろうか。(画像:福地氏提供)

 8月19日、東京・銀座の観世能楽堂で、能と立体映像を組み合わせた日本初のスペクタクル3D能「平家物語」(奥秀太郎演出)が上演された。

 能舞台に立体映像技術を組み合わせ、京都の町並や荒れ狂う海、桜吹雪の舞う清水寺などの風景を、鮮やかに描きだそうという試み。観客は能面型の特殊眼鏡を利用して見ることで、能楽師・坂口貴信氏の演技と同期した、ダイナミックな立体映像演出を楽しんだ。

 そこで、この舞台の映像技術を担当した明治大学の福地健太郎(ふくち・けんたろう)准教授にインタビューを行った。福地氏が担当したのは、能楽師の動きに同期した映像効果の生成である。遠赤外線カメラを利用して、能楽師の手や頭の位置を追跡し、その動きからコンピューターグラフィックスを生成している。

「例えば、能楽師が動いた後の軌跡を可視化し、さらにそれを立体的に飛散させることで、怨霊である平知盛の動きを強調しています」と福地氏。

明治大学の福地健太郎准教授。(著者撮影)
明治大学の福地健太郎准教授。(著者撮影)

 こういった技術を構築するにあたって、どういった点が困難になるのだろうか。

 能舞台上での演出では、背景に立体映像投影用の特殊スクリーンを利用し、また照明の明るさも下げられているため、これまで同氏が舞台の演出で使っていた可視光カメラが利用できない。そこで、今回は遠赤外線カメラを用い、演者の体温を利用して動きを認識する手法を採用したとのこと。

「能楽師は能面を着用しており、さらに知盛の場面では戦装束を身にまとっているため、遠赤外線カメラを使っても能楽師の全貌を掴むことは困難です。そのため、今回は身体の動きのごく一部を利用しました」(福地氏)

伝統芸能と科学技術をどのように組み合わせていくのか

 そもそも、能のような伝統芸能と科学技術を組み合わせて演出していく場合には、どのように打ち合わせていくのだろうか。

 これは、舞台ごとにやり方が異なるとのこと。福地氏が舞台演出で関わるのは、演目全体というより、一部のダイナミックな場面の演出を盛り上げる目的がほとんどだそうだ。「まずは、こちらの技術でできることを演出家の方に見ていただいた後に、ではこれを生かした演出はどんなことができるか、というのを、お互いにアイデア出ししていくというやり方が多い」とのこと。

 そのようなやり取りの過程で、提案された課題に対して、それが技術的に可能かどうか、可能だとしたらどのくらいの精度や確実さで実現できるのかを見定めていくのが、科学技術の知識に加えて経験を要する箇所になってくるという。

今回は能を「分かりやすく」する試み

 そして、今回の取り組みの目指す先はどこであるのか。

 福地氏によると、

「能というのは非常に面白い様式で、観客に『ああ、分かった』と思わせる場面が極端に少ないんですね。人間って辻褄の合っている状態が好きで、バラバラの出来事でも、それがひとつの物語でつながっているように見えるとすごく安心するし、そこに喜びを感じたりする。能はその点、舞台上に具象的なものは少ないし、背景はどの演目でも同じだし、表情もほとんど変化しないしで、初見だとさっぱり分からない。でも、本当に分からないだけの舞台なら、とっくに消えていてもおかしくない。何かそこに、人間ならではの認知の仕組みと美意識に引っかかるところがあるのではないかと思っています」

 今回の立体映像と能の融合の取り組みは、どちらかというと能を「分かりやすく」する試みであり、初心者向けと言ってもよい。その一方で、能をよく知っている方にはあまり評判が芳しくないという点も否めないとのこと。

「そのような中で、演出を足したり引いたりしながら、能の魅力の境界条件を探っていきたいと思っています。そうした取り組みを通じて、例えば小説の登場人物に恋してしまったり、誰もいない舞台の上に人の存在を感じてしまったりするような、人間の豊かな想像力の源を探っていければ」と話していた。

能面型立体眼鏡は観客が舞台に入り込みやすくするため

能面型立体眼鏡をかけながら能を観劇する観客。(画像:福地氏提供)
能面型立体眼鏡をかけながら能を観劇する観客。(画像:福地氏提供)

 ちなみに、立体映像を見せるにあたって「能面」を観客にかけさせる、というアイデア自体も面白い。これにまつわる秘話をお願いしたところ、

「立体映像と能の組み合わせは、2016年にシンガポールでの公演(演出・宮本亜門)で実施しているのですが、この時からすでに能面型の立体眼鏡を使用しています。能に限らず、演劇を観る時に立体眼鏡をかけるというのは珍しい体験ですので、そこに何かしら理由をつけてあげると観客にとっても舞台に入り込みやすくなります」(福地氏)

 そういった意味でも、能面型立体眼鏡をかけながら能を観劇するというのは、面白い試みでもあるだろう。

(画像:福地氏提供)
(画像:福地氏提供)

 8月に上演した3D能のアドバンスト版を、10月27日(金)に明治大学駿河台キャンパスのアカデミーホールにて上演する予定とのこと*。「8月のように本格的な能舞台が使えない分、さらにいろいろな工夫を施していますので、ぜひご期待ください」ということでインタビューを終えた。

(この記事は、JBPressからの転載です。)

お茶の水女子大学 理学部 准教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).日本学術振興会特別研究員PD, RPD(筑波大学), 明治大学総合数理学部 専任講師,専任准教授を経て,現職.未踏ITのPM兼任.専門はヒューマンコンピュータインタラクションおよびコンピュータグラフィックス.子ども向けにITを使ったワークショップを行うなどアウトリーチ活動も行う.著書に「AI世代のデジタル教育 6歳までにきたえておきたい能力55」(河出書房新書),「スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子 (ネット社会の子育て)」(ジアース教育新社),「縫うコンピュータグラフィックス」(オーム社)ほか.

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