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BTS兵役へ 韓国で何が起きていたのか "政治家に翻弄された4年間”

(写真:ロイター/アフロ)

17日、BTSのメンバーJINが年内に兵役による韓国軍服務を始めることを発表した。

「免除になるのか」「ならないのか」

2018年7月に始まった議論に終止符が打たれたのだ。

その間、韓国で何が起きていたのか。

BTSとその所属事務所たるHYBEは「大いに振り回された」という面がある。

2018年7月に政治家が話を切り出し、政治家がその気にさせ、政治家がフった。2021年11月以降は時間だけが悪戯に過ぎていった。そして2022年に入るとHYBE側の動揺も見え隠れした。

「公平性」そして「世論」が争点だった。そして結局は「世論の圧倒的賛成」が得られなかったことが「免除」がなかった直接的な原因だ。

今年6月14日には「メンバーが動画を通じ、個人活動に重点を置くことを宣言」という出来事があった。この時の国内最大の通信社「聯合ニュース」の記事内容が状況を言い表しているように感じた。

「通常、グローバルスターたちは1年前にあらかじめ海外ツアーなどを計画するが、防弾少年団は入隊時期の不確実性のため今年の下半期や来年のチーム単位のスケジュールも確定させるのが難しいことと推測される」

17日の発表は、スケジュールが決まらない状況が続く苦しみが終わる時でもあるのだ。

今一度流れを振り返ろう。

金メダルで免除。アジア大会がきっかけだった

発端は2018年7月25日だった。

一人の韓国国会議員による「国防委員会全体会議」での発言がメディアに取り上げられた。

「防弾少年団も国威発揚に貢献した」

直近に行われたジャカルタ/パレンバンアジア大会で金メダルを獲得した男子選手たちが免除となった。もともとスポーツ選手は「五輪でメダル」「アジア大会で金メダル」で「実質免除」が兵役法で定められており、これに沿ったものだ。

この時、"異議"を唱えたのが、現在は保守系「国民の力」に所属し、親尹錫悦派として活動するハ・テギョン議員。

「伝統芸能が免除の対象となっているのに、大衆芸能が除外されるのはおかしい。むしろ公正さに欠ける」

ハ議員は2019年11月にも同様の問題を提起している。メディアでは「BTSが軍に行かなくても韓国の軍事力は落ちない」「BTSは私企業所属の収益のために動いている」といった賛否の意見も見られた。

ここまでの流れで重要なポイントが一つある。

「本人たちは何も言っていないのに、政治家方面が先に提案した」という点だ。

日本ではなかなか報じられないが、「BTSや所属事務所が何かを言い出した」のではない。政治家が先に発言した。

これがBTSの2020年以降のアメリカでの歴史的大活躍により、話がどんどん大きくなっていったというところだ。

2020年には「延長」決定も…

次に大きな流れがあったのは2020年の11月21日だった。

グループ最年長メンバーJINの「入隊時期延長」が認められたのだ。

韓国国会で「大衆芸能で著しい成果を残したものは、(韓国式の年齢)」を対象に「30歳まで入隊時期を延長可能」というする法案が通過したのだ。これにより、2022年の彼の誕生日(12月8日)まで延長となった。

韓国では「BTS法案」とも呼ばれた。彼らの国際的な活躍を受け「なんとかしよう」という声がひとつ、実を結んだ。

しかし、「メンバー全員の免除」となると話が違った。

約1年後の2021年11月25日、この件が韓国国会の軍事委員会でも話し合われたが、結論は「保留」となった。

もっと世論の動向を見なければならない。

これが理由だった。やはりテーマは「公平」。

そしてこの頃から政治家(国会議員)側からの視点も見え隠れするようになる。

「なんとかしたいが、世論のサポートがないとどうしようもできない」

「自分自身の政治家としての人気を考えた時、プラスかマイナスか」

何を話し合っていたのか

では、この「特例」とは何だったのか。

「兵役法の改定」を国会で話し合うことだった。国民の義務に関する法律を書き換えるかどうか、これを巡る4年間だった。

具体的には「BTSが兵役の代わりとして現在の芸能・音楽活動を続けられるよう」と法律を書き換えること。

これを「芸術体育要員」という。現在の対象は以下の通りだ。

芸術=クラシック音楽など伝統芸能での国際コンクール優勝

体育=五輪でのメダル獲得もしくはアジア大会での金メダル

ここにはBTSのような「大衆芸能」で著しい実績を残した者がない。ピアノやスポーツ選手がよくて、大衆芸能がダメ? ここからもうひとつのキーワード「公平」という話が前面に出てくる。

今年4月以降「大きなうねり」

2022年に入るとより政界に揺さぶられる、といった流れになり、そして当事者の感情も現れてきた。

4月2日、発足直前の尹錫悦政権の首相内定者、アン・チョルス氏がHYBE社屋を訪問。会社のトップ”パンPD”ことパン・シヒョク氏らと面会した。

その場では「コロナ禍での公演入場者制限の解除」などが話題に挙がったが、「兵役問題」は言及されず。

しかし、安首相内定者が社屋の外で記者団の取材に対応。「兵役特例は新政府が話し合わなければ」と発言した。

その後、4月10日には所属事務所側の「ぎこちない動き」があった。

グループのラスベガス公演時のHYBEのイ・ジニョンCCO(コミュニケーション統括)による現地会見だ。この時の発言が大きな批判を浴びてしまう。

「兵役問題は会社の方から言及するのは非常に難しいため、限定的に話をしてきましたが、外部では誤解もあるようです。アーティストたちはこれまで繰り返し『国家が呼べば応える』というメッセージを送ってきましたし、その考えに変わりはありません」

「正確に言いますと、最近の数年間、兵役制度が変化していて、時期を予測するのが難しいため、アーティストが少し苦しんでいるのは確かです。本人たちが計画性をもって生きるのが難しい状況のため、苦しんでいるのは事実です。会社側はアーティストとともに現改定案の処理を鋭意注視しています」

「今回の国会で整理されればいい、という考えでもあります。今回の国会が過ぎ、下半期には国会が再構成されれば時期の定まらない議論が継続されると思うのですが、このような不確実性が困難をもたらすのは事実であるため、早速に結論が出ればありがたいです」

この記者会見では最初に「『国家が呼べば応える』というメッセージを送ってきましたし、その考えに変わりはありません」と断った。

しかし韓国メディアの報道では「苦しんでいる」、そして「今回の国会(4月じゅう)に決めてほしい」という点が切り取られた。

これに対し「なんでそっちが時期まで決めてるんだ」と批判が集まった。

いっぽうこの記者会見について、韓国記者団全員の現地までの交通費、宿泊費などをHYBEが負担していたことが明らかに。ネット上では「出来レース。HYBEにとってはむしろ主張が伝わり、よかったのでは」といった意見までが飛び交った。

なぜ「重大な問題」なのか

他方、これらの発言は、本件に対するメンバー、事務所側のスタンスがよく現れていた。

免除を施していただけるのなら、もちろんそれに乗りたい。しかしこちらからあれこれと言うことは決してできない。決して。

とても慎重で、ナイーブな話なのだ。なぜなら、今回の件は大韓民国の憲法にもかかわる重大な話だからだ。

大韓民国国民の4大義務…国防・納税・教育・勤労

(ちなみに)日本の3大義務…教育(子どもに義務教育を受けさせること)、勤労、納税

日本よりも一つ多い義務が「国防」だ。男性でよく知られるのは「兵役」。その他、女性にも「スパイ通報の義務」や「有事に軍の指示を聞く義務」がある。

韓国での「兵役」への目の厳しさを「納税」に置き換えると、少しだけイメージがしやすいかもしれない。納税義務を履行しない「脱税」には社会から厳しい目が向けられる。なぜか? 話はシンプルだ。

「俺は払ったのに、お前は払わないのか?」

それと同じくらい、あるいはそれ以上に兵役逃れには厳しい目が向けられる。「みんなが若い時の1年以上の時間を捧げる」。しかしこれをやらないとは何事か、と。

韓国芸能人のなかにはかつてアメリカに逃亡した後、二度と韓国入国が許可されない存在もいるほどだ。また、今でも日常的に行かなかった人はちょっと陰口を叩かれたりもする。ふとした時に「あいつ、行かなかったんだよ」と。

兵役は国民の義務。だから厳しい。韓国メディアの報道では「兵役免除」ではなく「特例」あるいは「恵沢(恵み)」という言葉が用いられる。

所属事務所側の苦悩

真意はどうであれ、「スケジュールが決められない」という悩みは本当のことだろう。

しかしそんな心配も政界は意にも介していなかった。

4月18日の「YTN」は「昨年11月以降、この件が国会で一度も正式に話し合われていない」点をスクープ報道した。「公式的な世論収集の手続きすら一度も行われていない」のだ。

理由は「大統領選挙で忙しかった」。そして「世論が盛り上がらないのに公式な議論を開くこともできない」。

日本でもBTSの兵役免除について「過半数が賛成」といった韓国での世論調査結果が報じられてきたが、これでは弱すぎた。直近の特例免除の事例である「02年W杯サッカー代表メンバー」の際にはほぼ満場一致で賛成の結果が出ていたのだ。

さらに、それ以降はむしろ既存の特例対象も削減の方向にある点も「BTS特例」を認めにくい背景にあった。不公平感から兵役期間を過ごした男性たちの士気が下がったのだ。さらに世界的なスピードで少子高齢化が進む韓国社会にあって、兵のなり手が少ないという事情もある。

今年の8月下旬には政府国防省が改めて世論調査を実施しようとする動きもあったが、最終的には実施されなかった。免除賛成過半数、という結果が出てもそれは「支持率としては少ない」という話だったのだ。

11月以降、韓国メディアの間では記事にはならないものの、「大統領の権限で免除」もありうるかと見られていた。今回の「釜山コン」を含め、免除を施した後に「国家的イベント誘致に貢献」という条件をつける方法もありうるのでは、いう見方だ。

いっぽうスポーツ選手の免除を含め、この問題を20年来眺めてきた立場から言うと、8月上旬に報じられた「兵役中でも海外公演可」というニュースは、非常に合理的に見える。なぜか。サッカー選手だって兵役中の選手が幾度もW杯に出場し続けてきたからだ。法的な免除の枠拡大は出来ずとも、兵役中の活動をフレキシブルに考えることは議論しうるのではないか。この点の議論がどうなっていくのか。追って取材していきたい。

2018年5月、ロシアW杯前の最後の国内親善試合に臨む韓国代表。中央の背番号17が兵役中の選手。国軍チームに所属しながらW杯本選にも出場した。筆者撮影
2018年5月、ロシアW杯前の最後の国内親善試合に臨む韓国代表。中央の背番号17が兵役中の選手。国軍チームに所属しながらW杯本選にも出場した。筆者撮影

ウルトラC的な「特例」つまり免除があったかもしれない。しかし国民世論に反してそうなることは望まなかった。いくらグローバルスタートとて、韓国での支持基盤が重要。「スケジュールが定まらない苦悩からの解放」の時は、また韓国にしっかり根を張り、大切に考えていることを表明する時でもあった。

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吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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