文在寅さんの穏やかな老後 右翼団体に妨害される 自宅前で連日抗議「スパイ野郎」「断頭台で切られろ」
韓国南東部、蔚山広域市に隣接する梁山市の自然あふれる小さな村。
そこに韓国右翼団体の拡声器やスピーカーを通した大声が鳴り響く。
「スパイ野郎 この(北の)スパイ野郎が」
「このゴミ野郎」
「ひざまずいて謝罪しろ」
「光化門断頭台に置いて斧でブサっと切り落とさないとこの恨みは晴らせない」
韓国メディア「JTBC」は「これ以外は放送しがたい内容」と伝えた。時に田園風景のなかを打楽器を叩きながらデモ行進し、時に文前大統領の自宅前に立ち止まってこれを続けるのだ。
抗議行動の途中で、家の中にいたキム・ジョンスク夫人が手を団体に手を振り返すこともあった。
するとまたマイクでこう言い返す。
「あの野郎、見てみろ。手を振り返しやがって」
地元住民と右翼団体の間でもみ合いが起きることも。5月中旬から約2週間、この状態が続いてきた。
家の周辺に「朴正煕親子の写真」を飾り駆けつけ…
今年5月9日を最後に退任した韓国の文在寅前大統領の「その後」が穏やかではない。
任期末期には「政界から離れ、忘れられた市民として生きたい」と話していた。故郷の慶尚南道に引っ越し、「猫と過ごし、農作物を育てる。時にトレッキングをし寺院を訪れる」と宣言していたが、これがぶち壊しになっている。
韓国の右翼団体がこれを妨害しているのだ。自宅の前で、スピーカー、拡声器、横断幕を駆使した抗議行動を続ける。
主体は「コロナ19ワクチン被害者の会」。2021年11月に本格的な活動を開始した。5月22日時点で韓国政府疾病庁に対する「ワクチン異常反応」が以下のように届けられているとし、抗議するものだ。「文在寅政権は責任を取ると明言したが、これを守っていない」と。
副作用による死亡者累計1,627人
主要異常反応深刻件数累計18,435人
全体異常反応件数累計469,954人
これに保守系YouTuberが加勢。現地には一部保守勢力から神格化される朴正煕・朴槿恵親子を偶像化した写真や、米韓同盟を強調する写真が散見される。
元々、地元住民のなかでは文在寅前大統領の退任後の引っ越しに賛否が渦巻いていたが、不安が的中したかたちだ。
- 車上の写真には朴正煕元大統領。ボンネットにはアメリカ国旗も掲げられる
地元警察側「騒音基準以下なので手が出せず…」
6月1日、文在寅前大統領の秘書室側が「民事・刑事双方での告訴を行う」とプレスリリースを発行した。「名誉毀損と殺人・放火の脅迫」の2点から集会参加者の4人を訴えるのだと。
そこまではこういった抗議行動が24時間続くという状態だったのだ。
右翼団体側の意気込みには並々ならぬものがある。東亜日報系の「Channel A」の取材に答えた団体員の話。
「文在寅大統領の退任(5月10日)より先にここに来ました。帰る時は、彼が監獄に行くときです。なんなら自分も一緒にぶちこんでください。その時まで諦めません」
また、右翼団体側のやり口は「手が込んでいる」。"集会の自由"を盾にこういった論を展開している。
「朝10時から始め、6時には止めています。法に抵触するものではありません」(「MBC」の取材に答えた団体員)
あわせて、当初は「24時間やり続ける」ために韓国の法に抵触しないこういった方法を取ったのだ。
”7分間85∼90dBの音を出し、その後25分休む”
この手法により、警察は「手を出せず」。
「騒音基準値以下の音なので集会を制限するのが難しい面があって…」(国内メディアの取材に答えた現地警察の次長)
また団体側が行う抗議行動は「すべて警察側に申請済み」。6月初頭の時点で市内10箇所の「教会前での集会開催」も警察から許可を得ていた。
なぜ10箇所なのか。
クリスチャンである文前大統領が「市内のどの教会に通うか分からないから」だ。
さらに団体は文前大統領がよく通っている冷麺の店の前でも集会の申請を行った。
徹底的にやる。そういう姿勢の現れだった。
- 白い家が文大統領の住居
文前大統領の娘、怒る「憎悪と誹謗中傷の排泄」
これに対して"爆発"したのは文前大統領の娘ムン・ダヘ氏。
両親について「家の中に捕らえられたネズミ」「私が守る」とツイート。その状況と思いをこうぶちまけた。
「窓も開けられない。人間バリケード」
「確かめたかった。ぶつかろうという思いをもって(ソウルから両親の家に)来た。子どもである私以外、声を上げるべき存在はいない」
「私が(右翼団体と)拘置所に一緒に行ってやる。そうすればその間くらいは(両親の家の周囲は)静かだろうという激しい気持ちで来たが、現実は惨憺たるもので無力と数的不利しか感じない」
「これは果たして集会なのか? こちらは銃口を向けられ撃たれていないだけ。コーナーに追い詰められ喉元に銃を向けられていることとなんら違いがない。憎悪と誹謗中傷だけを排泄するように叫んでいる」
住民「私もスパイと言われた」
もちろん被害者は文前大統領一家だけではない。
メディアはこぞって「睡眠不足などで病院通いの市民がいる」という点を報道。
農業に従事する女性はこう嘆いた。
「私もスパイだって言われましたよ。暮らしていけないですね」
また市民の男性はこう切り捨てた。
「カネでしょ。抗議行動をやれば儲かる仕組みがあるんでしょ?」
5月以降、住民側から警察に計100件近い抗議や申告が入っているのだという。
こういった事態に、さすがの文一家も「黙ってはいられず」。上記のとおり告訴を決めた。
参考:「猫と一緒に…」文在寅大統領、退任後の田舎ライフを語る 立ちはだかる任期末期の「疑惑」と「強権」
自宅前に黒い風船をかざす作戦に変更も…
その後、警察側から集会の禁止処分が出た。ひとまずは7月1日まっでの13回分の許可が却下へと変更となっている。以下の韓国法が根拠となったのだ。
集会ならびにデモに関する法律(第8条5項)
住居地域で集会により私生活の平穏を侵害する憂慮がある場合、居住者の要請により集会を禁止・制限できる
さらに集会開催の場合も「車輌での拡声器」「過度の侮辱」禁止が条件に加えられた。
これを受け、右翼団体側は「若干マイルドに」なった。代表者数名が現れ、文前大統領自宅前に黒い風船をかざす方法に変更。
横断幕は残っている状態ではあるが…市民もひとまずは、「集会がないので本当に平穏に感じられます」と話すまでになった。
これらが「政治行動」のひとつだとしたら、右翼団体はすでに「メディアを通じて主張が伝わった」という点で一定の目的は果たしたと見たか。
なんとも熾烈な退任後の日々だ。