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「男性の育休」を再考する~小泉氏結婚を契機にして~

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
果たして小泉進次郎氏は育休を宣言するのだろうか。(写真:アフロ)

自民党が男性の育休義務化を目指す党内議連を発足させ、提言をまとめたのが6月のこと。同じ6月には、男性の育児休業取得率が前年比1.02ポイント増の6.16%(2018年度雇用均等基本調査)になったことが発表され、2020年に13%にしようという国の目標はほぼ絶望的な状況と言える。

これまでも、国、主には厚生労働省が男性育休の取得促進を図ってきたが、その多くが結果として中途半端なものであり、十分な成果を打ち出すことができなかった。もっと早く手を打つタイミングがあったにもかかわらず、目標期限の直前になって「義務化」を持ち出してきた自民党の姿勢は、正直非常に残念なものだと言わざるを得ない。

男性の育休義務化については、これまで筆者は男性の意識啓発を促すことを優先すべきとの思いから、ほとんど言及することはなかった(この記事の最後に筆者がこれまで執筆した育休関連の記事の一覧を掲載しているのでご覧いただきたい)。それは、男性に育休を義務づけるようなことではなく、北欧諸国で導入されているような「パパクオータ制」(男性への育休割当制度)を日本版として整備し、夫婦お互いが育休を取得するように仕向けるインセンティブを講じることのほうが重要と考えてきたからだ。あくまでも労働者側の権利として、男性が育休を取得することの意義を理解し、労働者が主体的に選択できるような環境を整備すべきと考えてきた。

これまでの施策はなぜうまくいかなかったのか

厚生労働省は2009年に施行した改正育児・介護休業法で「パパ・ママ育休プラス」や「パパの育休再取得制度」などを導入し、男性育休の取得促進を図るとともに、翌年には同省にイクメンプロジェクトを立ち上げ、男性の意識啓発に乗り出した。ただ、パパ・ママ育休プラスは夫婦がともに育児休業を取得した場合に、通常1歳までの育児休業が1歳2ヵ月まで延長できるというもの。この「2ヵ月」延長することによるインセンティブ効果は極めて弱く、男性の育休取得率の向上にもほぼ効果がなかった。

2014年には、育児休業期間中の所得補償を強化するために、雇用保険法を改正し、育休取得後6カ月間については育児休業給付金を50%から67%に引き上げた。これにより、社会保険料の免除と合わせて、事実上約8割の所得を補償する形にした。この制度の導入により、北欧やドイツの補償制度と遜色ないものとなったが、取得することへの抵抗感を和らげるものとまではならず、男性の育休取得を加速度的に押し上げる結果にはならなかった。

また、2017年10月には、なかなか解消できない都市部の待機児童対策として、最長1歳6ヵ月までだった育児休業期間を2歳まで延ばすという施策が導入された。ただ、2年間夫婦のどちらか一方だけが取得する形も可能にしたため、実質的には女性が取得するという事態を可能にしてしまい、男性の育休取得にはある意味マイナスに働いた制度を導入することになった。2年間妻が育休を取得すれば、妻の育児・家事の固定化から脱するのは非常に難しくなる。労働者の立場からも2年間もの間、職場からいない状況になることは大きなキャリアの損失となる。

「女性が2年間育休を取得する」ことの重みと、「男性が2年間育休を取得する」ことの重みは、果たして対等なものだろうか。当然、対等のものでなくてはならないが、多くの労働者(特に男性)はそうは受け取らないだろう。

ここ数年、男性の育休取得率は、2016年度3.16%、17年度5.14%、そして今回発表された18年度が6.16%と、徐々に上昇してきているとは言え、微妙な小出し施策が続く形となり、効果は限定的なものに留まった。社会的なインパクトにも欠け、企業・労働者のいずれにも浸透しにくいものであった。「パパクオータ制」についてもっと具体的に検討ができるチャンスがあったのに見過ごしてきた政府の責任は重い。ただ、政府だけの責任ではなく、政界全体の意識の低さがあるのも間違いない(もちろん、この問題に熱心に活動している政治家もいないわけではないが)。

厚生労働省のイクメンプロジェクトの予算でさえ、その年によって多少の変動はあるが、年間数千万円に過ぎない。できることが限られているために、一部の大企業や先進的な取り組みをしている中小企業にはヒットするが、社会的なうねりを起こすまでには至っていない。一時期、筆者もイクメンプロジェクトのメンバーだったこともあり、座長の駒崎弘樹氏や委員の小室淑恵氏、そして担当部局ができる範囲の中で尽力してきたのを見てきたが、取り組みに限界があるとも感じていた。

予算規模の拡大が難しかったのは、育児休業は育児・介護休業法を所管する雇用環境・均等局(旧雇用均等・児童家庭局)が担当する一方で、長時間労働については労働基準法などを所管する労働基準局が担当しているために、連動ができなかったのが大きな要因と考える。「ワーク・ライフ・バランスの実現」といったところで、前者だけの取り組みだけでは、啓発事業の域を超えないからだ。

男性の育児休業を増やすためには、長時間労働の抑制が一丁目一番地であり、同時に男性の長時間労働を抑制するためには、男性が子育てに関わることへの意識啓発が大きなきっかけとなるはずなのに、ここが具体的な施策としては切り離されてきた。

ようやく働き方改革関連法が今年4月に施行され、長時間労働の上限が設定されたが、労働時間が減った分、自然と家庭に時間を割く男性が増えることになろう。育休を取得することについても、今後あまり具体的な策を講じなくても、取得する側の男性の意識が向上する可能性もある。しかし、いまここにおいて「自然と」を悠々と待てるような状況ではないだろう。だからこそ、政策的なエネルギーを男性の育休など男性に向けていくことが大事なのだ。

長時間労働に上限が設定されたことにより、効率的に働くことが企業に求められる中で、男性の育休を加速度的に増やす施策が導入されることになれば、さらなる業務の効率化へとつながる可能性がある。

「男性の育休義務化」がもたらすもの

大胆な施策を導入するほか術はないという観点からは、今回の「男性の育休義務化」は評価できるが、それだけでは政策的に効果が薄いものになってしまうだろう。

今回の男性の育休義務化については、あくまでも会社が労働者に対して育休取得を促進させるように義務づけられるのであって、労働者に義務づけされるわけではないとのこと。ただ、労働者側にその趣旨が十分に理解されないまま、会社が労働者に対して取得をごり押しすれば、結局、「1週間だけ取得しましたが、どうしていいのかわからず、何もできませんでした」ということになりかねない。両親学級などの取り組みについても指摘されているが、「ただ会社に言われたから取得する」状態にならないようにするためには、義務化を補足する施策は必須だろう。

おそらくこうした義務化論議については、経営者団体はなかなか重い腰をあげないかもしれないが、中途半端なものにしないためにも、男性の育休取得者を多く輩出している企業を参考にしながら、経済界をやる気にさせるようなインセンティブも必要だ。そのためには、先ほど指摘した長時間労働と絡めることも重要だ。

本来、権利である育休が「義務化」されることによって、結果として労働者の主体性を弱めることになるのではないかという懸念を持っている。

同じく労働者の権利である年次有給休暇についても取得率(2017年の年次有給休暇取得率は51.1%)が一向に向上しないことから、この4月から施行された改正労働基準法では、労働者に対して5日分を強制的に付与させるように企業に義務づけた。労働者自身が権利を行使し、「休みたい」と思うから休むのであって、「会社に言われたから、しょうがなく休む」ことは、「心身を休める」という第一義的な役割は果たせているかもしれないが、結果として、会社に「休む」意思を委ねてしまい、労働者の意思はないがしろになっている。

「男性の育休義務化」についても、同じような状態にならないように、労働者が選択する力を削がないように工夫すべきだろう。

「育休」にしろ「年休」にしろ、休みを取った労働者が職場にいない状況が生まれるわけだから、残された労働者が休んだ労働者の分を穴埋めしようと情報共有を図ったりして職場改善に取り組む。育休であれば、法律上は1カ月前に言えばいいことになっているが、実際には会社に申し入れてから数カ月の月日があるわけだから、しっかりと準備をして、結果として、そうした工夫が業務の効率化を進めるきっかけになる。だからこそ、職場にとっても育休や年休が常態的に存在することが大事なのだ。

一方で、「育休」という名称があるために、どうしても「年休」や「有休」と同じようなイメージを持たれてしまう。後者については、1日ボーっとしていても何も問われることはないが、前者はそうはいかない。妻の職場復帰を早めるために、男性が単独で育休を取得すれば、育児だけではなく、家事を1人でこなす環境が生まれるので、否が応でもそのスキルは上がる。以前、「育休」という名称ではなく、育児を専業とする期間として「育専」に変えたほうがいいと主張したのもそのためだ。「育児のために職場を休む」という「職場」を目的語にせず、「育児のために家庭を専業とする」という「家庭」を目的語化することが重要だ。

また、第2子以降で出産直後に育休を取得する場合、これは筆者も1カ月半の育休を取得して経験したことだが、第1子の面倒をみるという状況が生まれやすい。毎日のように、公園や児童館に連れていき、出産直後の妻が上の子の面倒で無理をしないような対応ができる。

しかし、第1子のときは、その期間にもよるが、出産直後であれば、夫婦で育児や家事を共有することになるため、夫婦のコミュニケーションがより重要になる。普段から話し合って進めることが多い夫婦であれば、育児や家事については、お互いのレベルを計りながら、お互いを高めていこうという流れになりやすい。

一方で、妻のほうに育児や家事の主導権があるような夫婦の場合、夫は指示待ち状態に陥りやすい。育児・家事に対する夫のモチベーションが高ければ、妻から夫に指示が飛び、夫のスキルの向上が実感できるようであれば、妻からの信頼度が上がり、育休期間中に育児・家事のスキルを学び、その家庭の中における夫の存在の大きさについて、夫婦で共有することになる。夫が育児・家事において妻から自立できる状態にあると言えるだろう。つまりこれは、子育ての大変さを夫婦で共有するという状況に至ったということだ。

しかし、夫の育児や家事に対するモチベーションが低ければ、当初は、妻から夫に対して「あれやって、これやって」と指示が飛ぶかもしれない。しかし、期待に応えられない夫に対して次第に不満を持つようになり、育休期間もあれよあれよと過ぎてしまい、「夫には家庭内の役割を振るのは面倒」という状況が生まれ、夫が妻の信用を勝ち得ることなく、育休から職場復帰をしてしまう。育休期間が短ければ短いほど、夫はその期間中に妻の信頼を得る必要があるわけだから、相当頑張る必要があるだろう。復帰をしてしまえば、育児・家事がほぼ妻に固定化され、育休期間が妻の不満を醸成させるものとなり得る、かもしれない。

そうならないためにも、夫のモチベーションを高めた上で、育休へと送り出さなければならない。男性の意識啓発なしに、ただ企業への男性育休の圧力を高めれば、企業自体もやっつけ仕事になるおそれがあり、取得率自体は向上するだろうが、何の意味もない期間になるかもしれない。

また、男性の育休義務化の議論に際して指摘されることだが、所得をいかに補償するかという問題がある。育休期間中は、雇用保険の財源から育児休業給付金が支給されるが、8割まで所得補償が叶うものになっているとは言え、妻が専業主婦の場合であれば、夫の収入に頼るしかない。一定期間とは言え、会社から「取れ取れ」と急かされた上で、収入も減ってしまうということになれば、自分の意思で取ろうと思った場合よりも、収入が減ることへの不満は高まることになる。こうしたことがないように、例えば、取得後1カ月については社会保険料の免除と合わせて、100%補償にするなどの施策も必要になろう。

育休を意思表示できる大切さ

自民党の小泉進次郎・衆議院議員がフリーアナウンサーの滝川クリステルさんと結婚するというニュースが飛び込んできた。滝川さんは現在妊娠中で来年1月に出産する予定という。

数年前、当時自民党の国会議員だった宮崎謙介さんが育休取得を宣言したが、残念なことにその後女性問題が発覚し、育休を取得することなく、国会議員を辞めるに至った。育休に対する社会的なイメージを悪化させるような出来事になってしまった。

今回、国会議員だけではなく、社会に対して強い影響力がある、小泉進次郎氏が育休取得を宣言すれば、宮崎さんのとき以上のインパクトがあることは間違いないだろう。もしかしたら自民党の「男性の育休義務化」施策よりも、そのほうが社会的な雰囲気を盛り上げるためには有効かもしれない。

もちろん取得しないという選択肢もある。国会議員は労働者ではないのだから、異なる対応もあるだろう。通常国会の大事な時期と重なるかもしれない。育休を取得すれば、その間の採決に参加できない状況になるかもしれない。国民の代表たる国会議員の姿勢としては、大きな反発もあるかもしれない。しかし、そんなことは、突貫工事で重度障害者の参議院議員を迎え入れたように、やろうと思えば、代理採決を認めるなど、何でもできる。重要な法案の採決だけ出席して、それ以外は欠席するということでもいいだろう。小泉氏自身が「人間・小泉進次郎」の存在を語ってくれたように、生まれたばかりの子どもとじっくり1カ月や2カ月向き合うことは、2度と経験できない。「人間・小泉進次郎」が向き合うしかないのだ。採決することだけが国会議員の意思表示ではなく、「男性が育休を取得する」という意思表示のほうがいまの日本にとっては重要ではないか。

自民党が「男性の育休義務化」を推し進める中で、今後の小泉氏の選択に注目したい。が、もう一度言うが、取得しないという「選択肢」もある。

労働者にとっても同様だ。育休取得の有無を意思表示できる、選択できる環境を整備することが最も重要なのだと思う。「取りたい」と思っている人が「取る」と意思表示できるような施策が必要なのだ。是非、すべての国会議員を巻き込んで議論してほしい。

【これまで筆者が男性の育休に関連して執筆した記事の一覧】

◎男性の育休はたったの2.30%!?スタートから刷り込まれる「子育ては母親」の価値観

 2015/6/26(金)付

◎「育休」ではなく「育専」へ~「一億総『育専』社会」の実現を~

 2015/12/29(火)付

◎いまこそ冷静になって考えたい『育休』を超えた『育専』社会を

 2016/2/18(木)付

◎男性の育児休業取得率が'過去最高’の2.65%~まったく喜べない'過去最高’への危機感を~

 2016/7/27(水)付

◎いまこそ男性の育児休業の取得に本腰を入れるときだ

 2016/11/5(土)付

◎「単なる育休延長」で男性の育休は置き去りに~パパクオータ制導入は当分見送りに~

 2016/12/30(金)付

◎100人中3人しか取得しない男性育休の現状

 2017/7/1(土)付

労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。2003年3月日本大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者を経て、12年7月から2年間ファザーリング・ジャパン代表。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、内閣官房「「就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針」に関する有識者懇談会」委員、厚生労働省「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。3児のシングルファーザーで、小・中・高のPTA会長を経験し、現在は鴻巣市PTA連合会会長。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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