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[高校野球]前田三夫・帝京前監督の左打者論②

楊順行スポーツライター
全国優勝3回を誇る名将、帝京前田三夫前監督(撮影/筆者)

 たとえばセンバツ高校野球の山梨学院と報徳学園(兵庫)の決勝では、報徳に4人、山梨に3人の左打者がスタメンに名を連ねました。これだけ左打者が多いと、その対応策として左投手も増えてきます。本当に「左対左は打者が不利」なのか、そこは疑問ではありますが、ことにサイドやアンダースローという変則左腕の外に逃げていく変化球に対し、左打者は総じて苦手にしますね。バットが届かない。早くスタートを切ろうとすると、右肩が開き気味になるからなおさらです。となると、やはり左打者の増えている大学、社会人、そしてプロ野球でも、左の変則投手は貴重になってくる。右投手なら、球速130キロ台では使いものにならなくても、左ならニーズがあるわけです。

 もうひとつ、右投げ左打ちのデメリットを挙げるとしたら、バットを強く振らなくなる危惧があること。一塁方向に半ば走り出すようにして、ちょこんとバットに当てるだけでヒットになるため、味をしめてしまうんです。足の速さを生かすための左打ちですから、それも“あり”でしょうが、金属バットの高校ではまだしも、そのクセが染みつくと、ステージが上がったときに苦労することになるでしょう。

 ときどき考えるのが、もともとの左利きと、右投げ左打ちとの差です。バッティングでは、引き手よりも押し込み手、つまり左打ちなら左手の押し込みがすごく重要になる。もともとの左利きなら、その押し込み手である左が強いのですが、右投げ左打ちだと、どうしても引き手である右が強いし、器用でもあります。すると無意識にそちらを使ってしまい、どうしても左でうまく押し込めない傾向にあるように思いますね。

 その点、もともとの左利きである中村(晃、ソフトバンク)なんかは、押し込み手をひじょうにうまく使いました。そして、柔らかさもあった。右投げ左打ちには、そういう柔らかさが不足している印象があります。それでも松本(高明)に左打ちを勧めたのは、足がめっぽう速いからでした。走力はもちろん、ミートする力も十分あり、振り込むにつれてスイングの力もついていきました。その対応能力が、成功した要因だと思います。

 かと思うと杉谷(拳士、元日本ハム)なんかは、小さいときから遊び半分で、左右両方で打っていたらしい。高校入学後も、さすがに公式戦ではなかったですが、練習試合では「左で打っていいですか」と申し出てくることがありました。見ていると確かに、うまいな、感覚が染みついているな、という印象。そして08年のドラフトで指名されると、さっそく本格的にスイッチ転向に取り組んだんです。

押し込む左手をどう強化するか

 さて、右投げ左打ちの打者が、押し込み手に弱点があるとすれば、どうするか。帝京では、とくにチームのスタート時、押し込み手を意識させるためには長くて重いバット、手首の返しを体感するためには短いバットを使ってバッティング練習を行っていました。さらに、左手1本で打ったり。ただ、押し込み手を強くしたいからといって、左に特化したトレーニングはさせませんでした。スイングに必要な筋肉は、スイングでつけていくというのが私の考えでしたから。

 ところが、左打ちに取り組んだばかりだと、体の使い方がぎこちないものです。それは当然で、右打ちならそこまで何万回もバットを振ってきましたから、ほとんど反射のレベルで体に染みこんでいますが、左打ちで同等のレベルになろうとすれば、やはり何万回に近いスイングをこなさなくちゃならない計算です。するとどうしてもある程度の時間は必要で、翌年に間に合わせるには、遅くても秋のシーズン終了と同時に左打ちに取り組まないととても間に合わないでしょう。

 ですから、3年夏の大会間近になって転向を申し出てきた選手に、「いまからじゃ遅い」と思いとどまらせたこともありました。ただ、プロ野球でスイッチに転向した選手の話では、左で数え切れないほどのスイングをこなすと、ある日突然、「あ、この感覚だ。右のスイングを鏡に映したらこうなるはずだ」と気がつくんだってね。

 私が左打ちを勧めるのは、足はあるけど小柄で非力な、いわば二塁手タイプ。取り組んでいる段階でチェックするのは、まず打つ感覚ですね。体に“間”ができるか、つまりボールをきっちり呼び込めるかどうかを見ます。投球を見送るにしても、ばたばたとせっかちに見ているようでは、左打ち転向には見切りをつけたほうがいいでしょう。右ならできていたことが、左でもできるとは限りません。こればっかりは、練習で簡単に身につく感覚ではないですから。

 左打ちに挑戦するにあたっては、本人の希望を聞き、そのプロセスでは進捗具合を確かめ、コミュニケーションを密に取りながら進めていくべきです。まずは「やってみないか」と左打ちを提案してみて、興味がないようなら強制はしない。逆に本人から「左で打っていいですか」といってきたのなら、それを受け入れ、かりになかなかモノにならなくても、長い目で見る。そしてタイミングを見て、話し合いながら別の練習法も工夫し、試してみる。選手が疑問を持ちながらの取り組みでは、効果は上がりません。

 私の背中は、右と左で筋肉のつき方がまったく違うそうです。長年ノックをしてきたからでしょうか、右側の筋肉量が圧倒的に多い。バランスが悪いんですね。ですから選手には、右利き左利きに関係なく、スイングなら両方向をやらせました。右打ちのプロゴルファーが左で素振りをしたり、右投げのダルビッシュ投手がたまに左で投げたりするでしょう。あれは、筋肉にかける負担のバランスを少しでもよくして、故障を防ぐ意味もあると思いますが、それと同じことです。

 それにしても、野球のスタイルには流行りすたりがあるものです。イチローがブレークする以前、高校野球の右投げ左打ちといえば、松井秀喜タイプが多かったように思います。後ろ足重心の、スラッガーです。それが00年代になると、前足に重心をかけるイチロータイプの左打者がかなりの比率を占めてきた。もちろん、あの打ち方でも長打は打てるんですが、それにはタイミングの取り方が相当むずかしい。それよりも、ゴロを転がして内野安打を狙おう、というスタイルですね。確かに一理あるため、非力だけど俊足の高校生に受け入れられたんでしょう。

 ただ、これは見た目の感じながら、高校野球ではかつてより右投げ左打ちが目立たなくなったように思います。いま、プロ野球で右の長距離砲が求められていることと無関係ではないでしょう。ですが、WBCで大谷翔平があれだけ活躍すると……また、右投げ左打ちが増えてくるかもしれませんね。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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