7月に入り、高校野球の地方大会はこれからが本番。それに合わせて、『高校野球ドットコム』というサイトにここ10年ほどの甲子園名勝負を書かせてもらっている(https://www.hb-nippon.com/column/2333-suko2022/15736-20220628no1183)。ここでは、個人的に印象に残った夏の名勝負を、過去10大会のうちから紹介する。

 まずは東日本大震災のあった2011年。優勝したのは日大三(西東京)だが、2回戦では、そこで当たるのがもったいないような顔合わせがあった。金沢(石川)と聖光学院(福島)の一戦である。両チームのエースがエグい。金沢・釜田佳直(現楽天)は、伊勢工(三重)との初戦、152キロを叩きだして5安打完封。聖光の歳内宏明(元阪神など)は、スプリットフィンガード・ファストボール(SFF)を武器に、日南学園(宮崎)から延長10回で16三振を奪っている。

 剛球か、魔球か。高校トップクラスの右腕が激突した。釜田は当時から饒舌で、こう話していた。

「センバツでは初回から飛ばしすぎて、息切れしたところを加古川北(兵庫)打線につかまった。いまはスタミナもアップしていますし、カウントによってはスピードを抑えても打ち取れることを学びました。そのあたりが、成長したところです」

 一方の、歳内。広陵(広島)を5安打完封して衝撃デビューを果たした前年夏から体重は10キロ増え、SFFはさらにすごみを増している。「高校レベルじゃ打てない」とは対戦相手の悲鳴で、福島大会では1試合に換算すると約16の三振を奪った。

 それを、水準の上がった甲子園でも継続するのだから、SFFのキレ味はどれくらいか。「三振は、相手が勝手に振ってくれるだけ」とは本人だが、聖光・斎藤智也監督が「ローテンションで、すみません」というように、釜田とは対照的に口数はいたって少ない。

 それでも、お互いのことを意識していないわけがない。

「去年の夏に甲子園で2勝しているから、実績では相手が上。1回戦の粘り強い投球を見ても、精神的な強さがわかります」と釜田がいえば、歳内はこうだ。「スピードでは、相手がずっと上。ただ、レベルが高い甲子園では、スピードだけじゃ通用しないと思います」。

三振覚悟。バットを振るな!

 2回戦で当たるのがもったいないような投手戦が動いたのは、4回裏だった。相手守備の乱れとバッテリーミスを足がかりに、聖光が1点を先制する。圧巻は歳内だ。140キロ超のストレートとSFFを巧みに織り交ぜ、2回から4回にかけて6者連続三振だ。下位打線にはSFFでカウントを稼ぎ、ズバッと直球勝負。確かに、高校レベルでは手が出ない。

 だが金沢は6回、相手ミスに乗じて積極的な走塁を仕掛け、そこにタイムリーが出て2点。エンジンのかかった釜田も、6回にこの日最速の150キロを計測した。2対1と、金沢がリードして勝負は終盤にもつれそうだ。

 内心、表面張力でぎりぎり均衡を保つコップの水が、あと1滴であふれるような緊迫した投手戦を期待していた。それでも、2人の投球内容は濃い。6回終了時点で2対1でも、ともに自責点はゼロ、被安打3で、歳内の奪三振は9、釜田は8なのだ。だからこそ、ミスがらみの失点がもったいない。

 そして、8回。金沢は先頭打者が四球を得る。この四球が勝敗を分けた、かもしれない。金沢・浅井純哉監督の話を聞こう。

「歳内君は噂通り、高校レベルじゃなかった。攻略には、これしかないと思いました」

"これ"とは、1ボール2ストライクからの"すべて待て"のサインだ。立っているだけ、見逃し三振になってもかまわないという大胆な割り切りは、そこまでボールになるSFFに手を出してしまっていたからだ。三振覚悟でも、バットを振らなければどうだろう。打順は下位、試す価値はある。その結果の、フォアボール。金沢はその走者を二塁に送ると、タイムリー2本でついに歳内を攻略した。

 4対2。8安打2失点、10三振を奪って完投した釜田がいう。「三振の取り方など、歳内君の投球はすごく勉強になりました」。毎回の14三振を奪った歳内は、「守備のミスがあっても、走者を返さないのがエース。でも、あんなにいいピッチャーと投げ合ったのは初めてでした」。実は歳内は、右手人差し指にハレがあったという。タオルで顔をぬぐったのは汗か、それとも涙か。勝敗はついたが、ともに自責点は1だった。