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高校野球の「サイン盗み」をどう思う?

楊順行スポーツライター
捕逸を示す「PB」に「?」のフキダシが……(撮影/筆者)

「いまの、おかしいよね?」

 と、取材仲間と目を見合わせる。センバツ第6日の第3試合に、それは起きた。習志野(千葉)と星稜(石川)の2回戦は、小林徹監督が「力が違いすぎる」と苦笑いしていた習志野が、優勝候補を相手に健闘。6回を終わって1対1の同点だ。7回表の習志野は、星稜の守備の乱れに乗じて2対1と勝ち越し、なお2死二塁のチャンス。ここで、星稜・奥川恭伸が二番・小澤拓海に投じた初球を、捕手の山瀬慎之助が捕逸し、二塁走者はゆうゆう三塁に達した。

 ただ、である。捕逸したのは、なんの変哲もない見逃しのストライクで、小学生時代から奥川とバッテリーを組んできた山瀬が捕れないとは、とうてい考えられない。かつてあるプロ野球OB捕手から、「記録上の捕逸は、ほとんどサインミス」と聞いたことがあるが、これも明らかにバッテリー間のサインミスだ。写真は、その試合の僕のスコアブックで、捕逸を示す「PB」にフキダシで「おかしいよね?」という意の疑問符をつけてある。

ひとつの捕逸が象徴する騒動

 結局この試合は習志野が3対1で勝つのだが、星稜の林和成監督(当時)は試合中から、「習志野の二塁走者が捕手のサインを盗み、打者に伝えている」とアピール。奥川は試合後、「サインを変えたので、バッテリーが集中できなかった」と話し、いわゆるサイン盗み対策としてサインを変えたのが、なんでもないストライクを捕逸した理由だとほのめかした。試合終了後には、林監督が習志野サイドに異例の直接抗議。これが大きな騒動の発端となるわけだ。

 で、サイン盗みはあるのか? ないのか? 高校野球ファンは気になるところだが、建前上は「ない」。あらためておさらいしておくと、大会規則では「走者やベースコーチなどが、捕手のサインを見て打者にコースや球種を伝える行為を禁止する」と定めているのだ。

 なんでも、1996年の世界4地域親善大会で、日本チームのサイン盗みがアメリカから抗議を受けたのだとか。さらに98年夏には、PL学園(大阪)と横浜(神奈川)の歴史に残る一戦で、三塁コーチャーの平石洋介(現楽天監督)が、捕手の動きから直球かストレートかを読み取り、打者に声の出し方で伝達(これは本人もそう語っている。ちなみに、PLに代々伝わるかけ声だったとか)。それが功を奏してか、松坂大輔(現中日)を立ち上がりからとらえることに成功した。これらを踏まえ日本高野連では、98年12月の全国理事会でサイン盗みの禁止を決定。ちなみにプロ野球では09年に申し合わせ事項として禁止を定め、社会人野球では06年、全日本大学野球連盟では14年に禁止を明文化している。

 それでも、だ。某スポーツ紙が始めた『サイン盗みを考える』という連載では、元甲子園球児を中心にした座談会を紙面にしており、そこでは過半数が「やってましたよ」と当然のように振り返っている。僕が聞いた元球児も、一人は、

「当然。でも僕は、ランナーから教えてもらうのはかえって気が散った」

 もう一人は、

「やってました。ランナーになったときは"わからない"というシグナルまであった」

 どちらも20〜30代だから、高野連が禁止して以降も、行為自体は日常茶飯だったようだ。

ベンチが見破るスクイズとは違うのか?

 実際に甲子園でも、二塁走者の紛らわしい行為はときどき見かけられ、近年では2013年夏のH高、17年センバツのS高が記憶に新しい。13年には「いっそ、サイン盗みも戦術のひとつと認めたらどうなるか?」https://news.yahoo.co.jp/byline/yonobuyuki/20130825-00027539/と題する一文を、このページに掲載したことがある。次のような大意だ。

【なんらかのシグナルで意思の疎通を図るのは、相手にも見られるリスクを負う。それが盗まれていると疑心暗鬼になるなら、いっそ"なんでもアリ"にして、サイン盗みを逆手に取る対策をするのもいい】

 奥川と山瀬のバッテリーが試合途中でサインを変えたのもそうだし、横浜の場合なら、平石に球種を読まれていることを察した捕手の小山良男(元中日)は、球種による自分の構えのクセを修正。松坂の延長17回完投を導いていた。かつてはこうしたサインをめぐる駆け引きも、試合の構成要素だったかもしれない。ただ、である。フェアプレーの精神からすると、サイン盗みはやはりいただけないよなぁ。知人からは、こんなもっともな指摘もいただいた。

 たとえば、投球寸前の相手野手の動きから球種やコースを判断し、それに対応した打撃をするのはいい。多くの情報を収集し、整理し、そこからとっさに判断するのは個人の力だ。ただ、二塁走者から球種やコースのヒントをもらうのは、いわばカンニング。それは許容できないのではなかろうか……。

 それでも、ちょっと考える。走者三塁のピンチ。百戦錬磨の監督なら、相手監督のクセ、サインの出し方、タイミングやベンチの気配、打者の表情などから、スクイズのサインと見破ることもあるだろう。それを受けたバッテリーが、見事にスクイズ外しに成功……ベンチから受ける指示なら、カンニングには該当しないのだろうか。むずかしいところだよなぁ。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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