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インドネシア人教会でクリスマス 茨城・大洗、コロナ乗り越えた1年 地場産業支える移民社会

米元文秋ジャーナリスト
大洗ナザレキリスト教会で祈るインドネシア人たち=12月25日、米元文秋写す

 茨城県大洗町のインドネシア人のキリスト教会は24、25日の両夜、クリスマスの祈りに包まれた。人口約1万6000人の町内にはインドネシア国籍住民約400人が暮らし、大半が同国北スラウェシ州出身のキリスト教徒で、町内七つの教会(常設は2カ所)を中心に助け合って暮らしている。年末のかき入れ時。地場産業の水産加工業や、周辺地域の農業などの現場から、仕事の後に寒風をついて駆けつける人も多くいた。

 大洗町のインドネシア人社会はことし、新型コロナの直撃を受けた。4、5月にクラスターが発生、インドネシア人感染者は「計約80人に上ったとみられる」(町関係者)。町と県は全町民を対象としたPCR検査を実施するなどし、感染を抑え込んだ。水産加工会社のインドネシア人従業員を含む外国籍住民の新型コロナワクチン接種も順調に進んだ。

 さらに町は10月以降、こうした対策の「死角」となってきたオーバーステイの外国人に対するワクチン接種に踏み切った。厚生労働省が、接種を優先するため、不法滞在者とされる人々についての通報を免除できるとの趣旨の見解を、全国の自治体に通知したことに基づく措置で、これまでにインドネシア人230人以上が接種を受けた。

 感染予防の呼び掛けや、ワクチン接種券交付申請書の集約でも、インドネシア人コミュニティーをまとめてきたのが、教会だ。

倉庫の教会、日系人受け入れの歴史刻む

 教会に入ると、高齢者から赤ちゃんまで幅広い年齢の家族が集っている。大洗町のインドネシア人社会の特徴は、日本人の移民や軍人を祖先に持つ日系人が主体となっていることだ。技能実習生などと異なり、日系人は配偶者や子どもと共に長期の定住が可能で、事実上の移民社会が形作られつつある。

 インドネシア人教会で町内最大の大洗ナザレキリスト教会は、大洗磯前神社近くにある倉庫を改装した建物だ。1998年に大洗町への日系インドネシア人労働者の受け入れが始まった直後、99年に創設された教会の流れをくむ。2017年にこの倉庫を借り、建設作業の心得のある信徒たちが、自力で内装や防音工事を施した。

大洗ナザレキリスト教会に集ったインドネシア人たち=12月25日、米元文秋写す
大洗ナザレキリスト教会に集ったインドネシア人たち=12月25日、米元文秋写す

感染の牧師、オーバーステイ接種に感謝

 ナザレ教会には牧師が3人いる。24日にクリスマスイブの教えを説いていた牧師ジョニー・トレさん(65)は「2000年に大洗町にやってきて、ずっと水産加工場で働いている。朝8時から夕方5時まで。クリスマスは土曜日だが、仕事がある」と話す。

 「何歳まで働くのか」と問うと、「うーん、70歳ぐらいまでかな。職場の日本人は私より年寄りだからね。でも頑張っている。私には孫が7人いる。家族のためにまだまだ働かなければ」と笑った。

 「職場にはインドネシア人が10人以上いる。妻(62)もその一人だ」。妻は日系人。日系インドネシア人家族が定住し、人手不足の地場産業を支えている。

 夫婦は5月、コロナに感染した。妻は咳などの症状があり2週間入院、ジョニーさんも無症状だが自宅待機となった。「家に高校生の孫と2人で残され、寂しかった。料理や孫の世話もあり、大変だった。これまで妻がやってくれていた仕事だ」

 オーバーステイの同胞へのワクチン接種について「日本政府は、ビザがない人も含め、全ての人がワクチン接種を受けられるよう気を配ってくれた。接種ができて、より安全になった」と感謝の言葉を述べる。

 しかし、他の自治体ではなかなか接種が進んでいないもようだ。「大洗町で接種してもらえないか」という問い合わせが、教会関係者に寄せられている。ジョニーさんは「もし、全ての地域で実現すればすばらしい」と語った。

「ずっとここで暮らしたい」若い夫婦

 ナザレ教会日曜学校の子供たちが前に並び、「おめでとうクリスマス」と日本語で歌った。「もうすぐ3歳になる」という娘を抱いた母親のシェンディ・ウォウィリンさん(27)もいた。シェンディさんは「子どもを保育園に預け、農業で働いています。最近は乾燥イモの作業です。家族で一緒に暮らせて幸せです」と話す。

 夫で日系人のルリー・レンコンさん(31)は重機オペレーターとして建物解体作業に従事している。「今、(大洗町の北隣の)ひたちなか市に自宅を新築中だ。来年には入居できる」と顔をほころばせた。シェンディさんは「夫と同じ永住資格を取るため、手続きをしています。ずっとここで暮らしたい」と夢を語った。

ルリーさん、シェンディさん夫妻と娘=12月25日、米元文秋写す
ルリーさん、シェンディさん夫妻と娘=12月25日、米元文秋写す

「来年はコロナ終息してほしい」

 もう一つの常設インドネシア人教会、大洗新ベツレヘム教会は、和食レストランだった2階建て建物を借りて運営されている。2回が礼拝に使われる。

 信徒のコジョさん(49)は「1999年、日系人第2陣として大洗町にやってきた。ずっと水産加工場で働いている」と語る。「仕事は朝7時から夕方5時まで。わた取りが主な業務。朝早く行って、後から来る日本人のおばちゃんの作業の準備をする。そりゃ寒いよ」

 「妻(47)も水産加工場に勤めている。仕事はパッキング。子どもは2人。上の男の子はタラコ加工の工場に就職、インドネシア人と結婚した」。水産加工一家だ。

 「ことしはコロナの影響で仕事が少なくなり、水曜日が休みになった。残業が減ってしまった。来年こそはコロナに終息してほしい」

立役者は休みなし

 大洗町への日系インドネシア人やその配偶者らの受け入れに当たったのは、水産加工会社の元社長でNPO法人代表の坂本裕保さん(71)だ。これまでに北スラウェシ州から約320人を招いた。このほか、南隣の鉾田市で農業に従事する人なども含め、実習生約30人、特定技能の約30人を受け入れた。

 クラスター発生の際は、各教会代表者らを集め、国井豊町長と共に感染対策徹底を念押ししたほか、インドネシア人感染者を乗せる保健所の車を道案内、自宅療養者の体調を管理するなどの活動にボランティアで取り組んだ。オーバーステイへのワクチン接種では町役場と教会との調整に当たり、実現の立役者となった。

 クリスマスの土曜日も次の日曜日も事務所に出ていた。「監理に当たっている実習生が1人失踪してしまいまして。ゲームばっかりやって仕事を休みがちだったそうです」。警察への失踪届など、対応に追われていた。

 「オミクロン株による外国人新規入国禁止で、実習や特定技能で来る予定の22人が入国のめどが立っていないんです」。地場産業の未来を考えると手が休まらない。

コロナ感染者を運ぶため、保健所から派遣された車を案内する坂本裕保さん(左)=5月、米元文秋写す
コロナ感染者を運ぶため、保健所から派遣された車を案内する坂本裕保さん(左)=5月、米元文秋写す

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ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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