Yahoo!ニュース

「オーバーステイ外国人にもワクチンを」 在日インドネシア人ら要請の動き

米元文秋ジャーナリスト
大洗町のインドネシア人教会で新型コロナワクチンについて話し合う牧師ら=筆者撮影

 新型コロナウイルスのワクチンの接種対象に、オーバーステイ(超過滞在)の外国人も含めてほしいと要請する準備が、茨城県の在日インドネシア人の間で始まった。海外では対象に含める国もある。これまでのところ、対象者としては明示していない日本政府の対応が注目される。

 背景には、オーバーステイとなった外国人が、日本各地の人手不足が深刻な職場で働いている現実がある。ワクチンの接種を受けていないことが、本人だけではなく、職場や地域にとっても感染再拡大のリスクとなるためだ。

対象は住民登録のある外国人

 日本でのワクチン接種対象には、外国人も含まれる。首相官邸(新型コロナワクチン情報)特設ホームページには次のように記載されている。

新型コロナワクチンは、誰もが全額公費(無料)で受けることができるようにします。外国人も含め、接種の対象となるすべての住民に全額公費で接種を行う見込みです。接種の時期が近づいたら、市町村から、接種のお知らせや接種券をお送りする予定です。

 接種の調整を担当する河野太郎行政改革相も2月2日に自身の英文ツイッターで、住所地の地方自治体で住民登録をしている外国人は接種を受ける資格があるとの趣旨の説明をしている。

「不法残留者8万人超」

 ここで問題となるのは、オーバーステイの外国人だ。住民登録をしていなかったり、登録をしたことがあるが、既にその住所にはいなくなったりしている場合、前記の日本政府の説明にある「住民」「住民登録をしている外国人」には含まれないとも解釈でき、接種対象外とも受け取れる。

 出入国在留管理庁(入管庁)によると、昨年7月1日現在の不法残留(オーバーステイ)の外国人数は8万2616人に上る。不法残留となった時点の在留資格別では、短期滞在が61.8%、技能実習が15.1%などとなっている。

子供たちのため働く

 茨城県大洗町。人口約1万6000人のうち約400人が正規に住民登録をしているインドネシア人だ。同国北スラウェシ州マナドなど出身のキリスト教徒の日系人らが多い。インドネシア人コミュニティーの世話役たちの話を総合すると、この他に約200人のオーバーステイの同胞が暮らしている。

 オーバーステイの6人に話を聞いた。いずれも、新型コロナの感染拡大以前にビザ免除制度を使って入国、15日の滞在期限を過ぎても滞在していると明かした。「住民登録はしていない」という。

 30~60代。「クブン(畑、農場)」や「ゲンバ(建物解体現場)」で働き、6500~8000円の日給を得る。「日本で働いているのは子供たちの教育費を稼ぐため」と口をそろえる。イモ畑で働く男性Aさん(40代)は「日本の皆さんにとても感謝している。ここに来なければ、子供を大学にやることはできなかった」と顔をほころばせた。

 「実習生などとして正規に働くことを考えなかったのか」と6人に質問すると、「もう年を取り過ぎている」という答えが返ってきた。

「コロナも退去も怖い」

 6人は口々に「感染は怖い。ワクチン接種を希望している」と話した。解体現場で働く男性Bさん(30代)は「インドネシアにいた友人を新型コロナで亡くした」と声を落とした。一方で、当局に住んでいる場所が特定され、国外退去となることを心配している。Bさんは「まだ、日本入国時の費用の借金が残っているから」と語った。

 2月末、大洗町内の五つのインドネシア人教会の牧師ら十数人が集まり、オーバーステイの同胞へのワクチン接種を、行政などに要請する準備を始めることを申し合わせた。教会職員の男性は「食品に触れる仕事をしている同胞も多く、感染者が出たら、迷惑をかける恐れがある。接種が必要だ」と指摘した。

米国や韓国では接種対象

 米国や韓国、マレーシアイスラエルでは、「社会全体の安全性も高める」などとして、オーバーステイなどの外国人も新型コロナワクチンの接種対象にする動きが出ている。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、韓国政府は3月2日、在留外国人への新型コロナワクチン接種指針を発表、「不法滞在者など外国人登録番号がない場合、保健所で臨時管理番号を発給し、保健所や予防接種センターで接種する」との指針を明らかにした。

 共同通信の2月15日配信記事によると、外国人約1万人が暮らす群馬県太田市では、感染予防の観点から不法滞在者も居住実態があれば受け付ける準備をしているが、国の対応方針が不明確なのがネックという。

日本政府は未定

 オーバーステイ外国人への新型コロナワクチン接種について、厚生労働省に国の対応方針を尋ねた。

 健康局予防接種室の担当者は「そういう方(オーバーステイ外国人)がいるということについては承知している。対処方法については今後検討という状態」と話した。外国の施策については「そういったことも参考にする可能性はあるかと思うが、結論は出ていない」と述べた。

 太田市が「不法滞在者も居住実態があれば受け付ける準備をしている」と報じられたことについては、「ワクチンの供給が始まっている状況で、市町村としても、そういう検討をしていかなければならない状況だと思う。国としても自治体に対し、何かしらの方針を示すことになると思う」と語った。

(了)

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

米元文秋の最近の記事