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「妻がはだしで助け求めた」と近所のインドネシア人 事件6日前に異変 大洗・全裸男の足跡(3)

米元文秋ジャーナリスト
助けを求めて来た妻はサンダルも履いていなかったという=イメージ(写真:PantherMedia/イメージマート)

 「助けてください。夫がずっとわめいている」―。茨城県大洗町内で全裸の男が車を襲った事件の6日前の深夜、同事件のインドネシア人容疑者A(40)の妻(30代)が、近所の家に駆け込んでいたことが分かった。

 大声でたたき起こされた、この家に住むインドネシア人は、Aの妻の様子について「急いでいたのか、サンダルも履いていおらず、はだしだった」と証言した。「おとなしい」といわれるAに、予兆とも思える異変が起きていたことになる。

 この異変はいったい何を意味するのだろう。Aを直接知る大洗町のインドネシア人たちへの聞き込み取材で、手掛かりを探った。

 本連載「大洗・全裸男の足跡」ではこれまで、「同じくオーバーステイの妻と、生後間もない子供を抱えた」といわれるAが「栃木県の伐採現場や大洗町近隣の畑の仕事を転々とし、ストレスを抱えていたようだ」「帰国を望み、既に入管に出頭していた」などとの証言をつづり、事件に至る経緯の一端を明らかにしてきた。本稿は第3回の記事。前回までの記事は本稿末尾にリンクを記した。

「夜中に怒鳴り、暴れる」

 6月20日深夜、Aに携帯電話を壊されていたという妻は、駆け込んだ近所のインドネシア人宅で携帯電話を借りると、日系インドネシア人のGさん(50代)、Hさん(40代)夫妻に電話をかけて助けを求めた。「早く来て。夫をおとなしくさせて。狂ったようにがなり立てて暴れているの」

 Gさん、Hさん夫妻や周囲の人たちの話によると、夫妻はAに「パパ、ママ」と呼ばれ、慕われていた。夫妻はAと同じインドネシア・北スラウェシ州の出身だが、生まれ育った地域は全く別だ。夫妻の自宅がある建物の別の部屋で、Aが一時期暮らしていたことが縁で、交流が生まれたという。

 GさんらがAのアパートに行くと、戻った妻をAがまた怒鳴りつけていた。Gさんは当惑した。「こんな夜中に大声を出していたら、警察の手を煩わせるような大ごとになってしまう。一緒に行った近所のインドネシア人男性と力を合わせ、Aを確保して、私の家に連れて行った」

「静かに目覚め、子供を抱き上げた」

 AがGさん夫妻の家に連れて来られたのは、翌21日月曜日の午前1時半ごろ。「私たちと話をしているうちに、Aは落ち着いたようで、やがて眠った」とHさんは語る。

 「しばらくしてAの妻から私に『アパートに残っているのは心細い』という電話があった。彼女も子供を連れて私たちの家に来た。私と同じ部屋で眠った」

 「午前6時半ごろ、別の部屋で寝ていたAが目を覚まし、妻子がいることに気付いて驚いていた。眠っている子供を抱き上げ、あやすような仕草を見せた。それから妻を起こし、別の部屋に一緒に行って話し込んでいた。夫婦で問題を解決しようとしていたのだろう。時々涙声が漏れていた」とHさん。

 A夫婦が抱えていたという「問題」について、私が取材した、Aを直接知る人たちの大半は、具体的な話をせず、問題の有無もはっきりしない。いずれにせよ、この騒ぎからは、Aの言動が「ストレスを募らせた」にしても度が過ぎていたことがうかがえ、Aを直接知る人たちは一様に「Aは病気では」との見方を口にした。

「状態悪化、未明に病院へ」

 Gさんは「朝方には、2人の話し方は穏やかになっていた」と話す。Aの状態はよくなっていたように見えた。「でも夜になって、ぶり返してしまった」

 Gさん、Hさん夫妻は、Aのその後の経過について当初、あまり触れなかった。しかし、インタビューが後半にさしかかったとき、意を決したかのように一気に語り始めた。

 「22日の夜、Aは延々としゃべり続け、恐ろしい状態になった。なので、Aを病院へ連れて行った」とGさんは証言した。Hさんは「手がこんなふうに震えていた。手足が冷たくなった」と述べ、自分の手をブルブルと揺らして見せた。

 夫妻によると、夫妻の子供がインターネットで検索し、緊急診療が可能な病院を見つけた。23日未明に病院についてAに診察を受けさせた。医師は、病名を示し、心を落ち着かせる薬と、睡眠を促す薬を処方し、別の医療施設での7月5日の受診を予約してくれた。薬はこの日までの分だったという。

大洗町の漁港、町の水産加工業では多くのインドネシア人ら外国人労働者が働く=写真は記事の事件とは無関係、2020年12月、米元文秋写す
大洗町の漁港、町の水産加工業では多くのインドネシア人ら外国人労働者が働く=写真は記事の事件とは無関係、2020年12月、米元文秋写す

「一安心したが…」

 「Aを連れて帰宅したのは23日午前4時ごろ。薬を飲んでからAは静かになった」と夫妻。「これで一安心だ」と思った。

 Gさん、Hさん夫妻は、親戚でもないAとその妻子を、21日未明から自宅に泊め、丸2日間以上見守り続けたことになる。Hさんは「怖かったが、Aをああいう状態のまま、家に残しておくのはかわいそうでしょう」。Gさんは「私はずっと眠っていなかったが、毎日仕事に行った」。2人とも地場産業の水産加工業の会社に勤務している。

 Gさん、Hさん夫妻の「一安心」は長続きしなかった。「Aは症状が再発した。自分の妻に『出て行け。一緒にいたくない。お前の顔も見たくない』と怒鳴り、殴り掛かろうとした」とHさんは声を落とす。「Aの妻は怖がったため、私たちは23日の夕方、彼女を子供と一緒に別のインドネシア人の所に預けた。Aはその後、ひとりで自分のアパートに帰った」

 事件が起きる3日前だった。

(続く)

【前回までの記事】

妻子と離れ栃木の伐採現場へ コロナ禍ストレス募る? インドネシア人―大洗・全裸男の足跡(2)

【聞き込み】大洗・全裸男の足跡(1) 「おとなしいインドネシア人」がなぜ?

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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