口のきき方を知らない若者たち ビジネス枕詞(クッション言葉)ぐらいは使えるように!
■リアルを好むベテランと、面と向かって喋れない若者たち
「タイパ」を重視する若者たちは、LINEのようなショートメッセージや、ビジネスチャットのような短文でのやり取りに慣れている。
いっぽうベテランは、相変わらずリアルでのコミュニケーションを好む。ビジネスチャットどころか、慣れているはずのビジネスメールでさえ面倒だと思う人も多い。
メールの返事を電話で返したり、
「とりあえず、会って話そうか」
と提案したがる。
とりわけ役職者に、その傾向が強い。リアルのほうが、お互いの「主従関係」をハッキリさせられるからだ。
打合せを始める前に、こんな会話を役職者は期待する。
「どうも、おはようございます。部長。ご無沙汰しております」
「おう。リアルでは、久しぶりだな」
「お忙しいところ、申し訳ありません。お時間を作っていただいて」
「いやいや。部長なんだから当然だよ。半年ぶりぐらいか?」
「はい。お客様の事例勉強会で講義していただきました。あのときに教えていただいた事例は、大変勉強になりました」
「俺はこの道、30年だ。たくさんの成功事例、失敗事例を知っている、何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。やはり事例から学ばないといけないですよね。今後も部長から、いろいろと教えていただきたいです」
「そんなに煽てても何も出ないよ。これからは君たちの時代なんだから、しっかり経験積んで、会社に貢献してくれよ。頼んだぞ」
「はい!」
このような、ヨイショやおべんちゃらを含めた挨拶や世間話を望むものだ。
だが、実際はどうか。だいたいの読者は、今の会話を読んでわかったはずだ。今どきリアルでこんなに喋る若者は、ほとんどいない。
「おはようございます」
「おう。リアルでは、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「はい」
「会ったのは、半年ぶりぐらいか?」
「そうですね」
「お客様の事例勉強会のときに会っただろ。俺が紹介した事例は参考になったか?」
「はあ」
「俺はこの道、30年だ。たくさんの成功事例、失敗事例を知っている、何でも聞いてくれ」
「わかりました」
このように、部長から積極的に話しかけられても、「はい」「そうですね」「わかりました」……といったワンフレーズしか返せないものだ。
部長は物足りないから、さらに喋る。せっかくリアルで会っているのだから、ここぞとばかりに。
「君の上司は、木村君か」
「はい」
「木村課長はどうだ? 私が名古屋支店の支店長をしていたときに入社してきたんだよ。最初は横着だったが、今じゃあ、立派になった」
「はあ」
「この前も、東京本社に来たとき飲みに行ったんだ。そうしたら、優秀な部下が入ってきたと喜んでた。君のことだよ」
「へえ」
「がんばってくれよ。わが社の期待の星なんだからさ」
「わかりました」
こんな会話が続くと、当然、部長は物足りない。だから打合せが終わったあと、
「最近の若いヤツは、『はあ』とか『へえ』しか言わん! どうなっとるんだ」
と、愚痴をこぼすことになる。
だがLINEやSNSといった、テキストベースのコミュニケーションに慣れている若者は、リアルのコミュニケーションに慣れていない。正直なところ、負荷が大きい。
しかも上位役職者を前にしたら、圧倒される。学校でも、先生や先輩に対して、昔よりフラットな関係になっているため、「口のきき方」がわからないのである。
■1分で終わるのに10日もかかる部長の対応
いっぽう、若者は若者で、強い不満を覚えるだろう。
そもそも部長に会ったのは、
「A社に使われた提案書をデータでもらいたい」
と依頼したいだけだったからだ。
上司の課長に尋ねたら「部長に直接聞いてくれ」と言われた。なのでメールでその旨を尋ねたところ、
「とりあえず会って話そう」
と返されたのである。ところがスケジュール調整が難航し、結局打合せは10日後になってしまった。
しかも、打合せはリアルである。在宅ワークを基本にしていたこの若者は、部長に会うためだけに出社を強いられたのである。
実際に、
「A社に使われた提案書を、データでいただきたいのですが」
このように尋ねたところ、
「なんで、そんなことをわざわざ部長の俺に確認するわけ?」
と言われる始末。
「課長に確認したのですが、部長に聞けと言われて……」
「木村が? ったく。そんなことぐらい、自分で判断しろよ」
部長はあきれたようにつぶやいた。10日前にメールでこの旨を書いたのに、部長は読んでいなかったのだ。
「もちろんいいよ。庶務課の吉田さんに言っとくから、データを送るようにする」
そう言って部長は席を立った。ミーティングルームに残った若者は、ひどく疲れた気分を味わった。
「1分で終わることなのに、30分も時間をとられた」
「というか、この答えをもらうのに10日間以上もかかった。意味わからん」
と虚しい気分になった。
■ビジネス枕詞(クッション言葉)ぐらいは使いこなそう!
ところで、ビジネス枕詞(クッション言葉)を使えない若者が増えている。
ビジネス枕詞(クッション言葉)とは、そのまま伝えるときつい印象を与える内容を、やわらかく伝えるために使われる言葉だ。例を書いたほうがわかりやすいだろう。
代表的なビジネス枕詞(クッション言葉)を書き出してみる。
・恐れ入りますが
・お忙しいところ申し訳ございませんが
・もしよろしければ
・ご迷惑でなければ
・お手数をおかけいたしますが
・もし可能であれば
・あいにくですが
・残念ですが
・心苦しいのですが
おそらく、多くの人が、リアルでも、電話でも、メールでも、日常的なビジネスシーンにおいて、よく使っていることだろう。
しかし、若者たちはこのような表現に慣れていない。
LINEなどのショートメッセージでコミュニケーションをとるとき、「サクサク感」が大事だ。サクッと読んで、サクッと返せることがメリットなのだ。だから、ビジネス枕詞(クッション言葉)はよけいなのである。
したがって、リアルでコミュニケーションするときも、ビジネス枕詞(クッション言葉)を使い慣れていない。
先述の話の続きだ。
部長にリアルで会って依頼したのにもかかわらず、2日経っても、データが来ない。庶務課の吉田さんに連絡してみたところ、
「部長から何も聞いていませんよ。どういうことか、お話を聞かせてもらえませんか?」
とまた、リアルでの打合せを申し込まれてしまった。
「私とだけでよければ、今週金曜日の夕方4時から。部長も同席する必要があるなら、再来週の水曜日の朝8時まで待たないといけません。どうされますか?」
苛立った若者は、きっぱりと断った。
「部長から許可をいただいてるんです。いいから送ってもらえませんか。データを」
ネタバレサイトで結論を知ってから映画を観るような「タイパ」を重視する若者なら、苛立つのもわかる。組織のコミュニケーションが、ところどころで断絶されていて時間効率が悪すぎるのである。
しかし、だからといって無礼な言い方をしてもいい、という理由にはならない。ビジネスの現場では、「口のきき方を知らない若者」というレッテルを貼られてしまう。
苛立つのはわかるが、ビジネス枕詞(クッション言葉)を添えるべきだった。
「申し訳ありませんが、すでに部長から許可をいただいてるので、データを送ってもらえませんか。それに大変お忙しいでしょうから、私のためにそんな時間を作ってもらうだなんて、心苦しいです」
こう言えば、角は立たなかった。
庶務の吉田さんからデータが送られてきたのは、さらにそれから4日後のことだった。