なぜ残念な上司ほど、部下をやたらと褒めるのか?

(※写真はイメージです)(写真:アフロ)

残念な上司は晴れの日でも傘を持ち歩く

 雨が降ってきたら傘を差せばいい。雨の種類によって、差す傘を変える人はほとんどいません。ただ、傘を差せばいいのです。傘は同じでも、傘の差し方を変える人もいないと思います。ただ、それと同じように「褒め方」を考えてはいけません。

 上司が、部下を褒めて効率的にマネジメントすることを、私は「ホメジメント」と名付けています。

(※参考:部下に達成グセをつける「ホメジメント」の効果

 部下を正しく褒めることで、部下の成長スピードは確実にアップします。しかし大事なのは正しく褒めること。有名なマッキンゼーの問題解決フレームワーク「空・雨・傘」で考えてみます。

1)空 → 空を見て(事実)

2)雨 → 雨が降りそう(解釈)

3)傘 → 傘を持っていく(行動)

 空を見て、雨が降りそうだから、傘を持っていく――。これだけのことですが、非常に重要な判断プロセスです。やたらと部下を褒めればいいと思っている残念な上司は、天候に関係なく傘を持ち歩くような人。「事実」と「解釈」のプロセスが抜けています。

承認欲求に対する過剰反応

 昨今、「承認欲求」に関する議論が増えています。そして「人間だもの承認欲求を持つのは当然だ」「承認欲求が強すぎるのはおかしい」と両極端な記事や主張も散見されるようになりました。こういった極端な論調が出現した場合、ほとんどが「レベル感」や「シチュエーション」を省略して主張し合います。ですからどちらも間違っていないにもかかわらず議論が噛み合わないため、堂々巡りを繰り返します。職場での議論にもよくある話ですね。

 どのようなシチュエーションで、どのようなレベル感の承認をするのか/承認を求めるのか。こう考えていけば、正しい答えが見つかりやすいでしょう。

褒めるレベル感

 私は現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。したがって上司が部下に対する「褒める」シチュエーションについて考えるきっかけがよくあります。部下のパフォーマンスを上げるために、上司の声掛けは非常に重要だからです。

 レベルを10段階で表現し、そのうちのいくつか例を書いてみます。

● レベル1 → 「ありがとう、と部下に言う」

● レベル2 → 「すごいね、驚いたよ、と部下に言う」

● レベル5 → 「模範社員だと朝礼や会議などで、他の社員に触れ回る」

● レベル7 → 「組織に不可欠な存在だと同僚たちと噂する。人事考課も最高レベル」

● レベル10 → 「これまでなかった社長賞を、この部下のためだけに創設する」

 それぞれのレベル感が正しいかどうかではなく、ニュアンスが伝わればと思います。いわゆるレベル7ぐらいが「ハイパフォーマー」。レベル10までいくと、数社に1人いるかどうかの「トップパフォーマー」ですね。

 これを読んでいるあなたなりのレベル感を考えればよいでしょう。重要なことは「褒める/褒めない」の2極で受け止めてはならない、ということです。「傘を差す/差さない」とは違いますから。

褒めるシチュエーション

 続いてシチュエーションについて考えてみます。

■ 上司に言われたとおりの期限に資料を提出した。

■ 自分の仕事ではなかったが、残業して他部署の仕事を手伝った。

■ お客様のニーズをいち早くキャッチして先回りし、物流手配をし、先方から当社の社長へお礼の電話が入った。

■ 組織内で有志を募り、早朝1時間の朝会を開いて、経営の勉強会を5年以上主宰している。

■ 10年以上、営業成績がトップで、会社の営業利益の2割以上を1人で稼ぎ続けている。

 それぞれのシチュエーションで、どのようなレベル感の褒め方をするか。たとえば、上司に言われたことを1度やっただけで、人事考課が最高レベルになったらどう感じるでしょうか。昼から小雨が降りそうだというのに、朝から雨合羽を着込んで出勤する人のようです。

 10年以上、目標の3倍以上の結果をたたき出しているトップパフォーマーが、上司から「ありがとう」の一言しかもらえなかったらどう感じるでしょうか。嵐が来ているのに、小さな折り畳み傘だけ持って外に出ようとしている人と同じです。

 どちらも褒めたことには変わりませんが、貢献レベルと承認レベルがマッチしていません。

褒めるときの2つのポイント

 ポイントは2つです。

● 水準

● 期間

 と覚えておきましょう。

 組織に貢献した水準、度合がどのレベルに達しているか。そしてその水準の貢献がどれほどの期間、持続しているか。この「かけ算」で承認レベルは高くなっていきます。長期間にわたって、とても高い水準の貢献を組織にもたらす人は評価されて当然です。反対に、当たり前のこと、やるべきことを1度や2度やっただけで承認されることはないのです。上司から「お疲れさま」と言われることはあっても、「ありがとう」「よくやった」などと声をかけられることはありません。

 こう考えると、会社に入って1年や2年の若い人たちは、それほど大きな承認はもらえません。もし強い承認欲求があり、満たされたいなら、相応のレベルの貢献をすべきでしょう。

 貢献レベルと承認レベルがマッチしていないと、人は「認知的不協和」を起こします。そうすると論理思考が衰え、何をやってどのような承認をされるのかがわからなくなってきます。ひどい場合は、思考が反転してくるのです。本来は「貢献して承認される」はずなのに、「承認されないと貢献できない」という思考になる、ということです。

「過剰承認」を勧める管理者教育?

 昨今、管理者研修では「もっと部下を褒めなさい」「もっとお互い認め合って絆を深めなさい」と教えられることが多いようです。部下を褒めることに慣れない上司には良い教育だと思います。しかし貢献レベルに見合わない褒め方をすると、部下は正しく成長しません。

 日ごろから気を付けるべきことは、相手の存在に対する「承認」であって、相手の成し遂げたことへの「承認」ではないのです。褒められない部下でも、承認はできる、ということです。

 普段から部下や同僚に関心を寄せ、挨拶・雑談を繰り返しましょう。これは家族や地域社会に対することでも同じです。相手が組織に対して何も貢献していなくても、存在自体を承認することはできます。「認知的不協和」を起こすこともありません。要するに「無視」「無関心」の反対をすればよいのです。

 承認飢餓に陥っている人は、家族や世間、職場から「無関心」「無視」されているという意識があるのでしょう。愛の反対は無関心ですから、普段から「愛情」を得られないということです。